第16話:クブカ領にて

「助かりましたよ、クブカ殿」

 そう言ってアポロニオは破顔した。


「いやいや、救国の英雄アポロニオ殿の窮状とあればこのクブカ、何をおいても手助けいたしますぞ」

 そう言って笑うのはこの一帯の領主をしている小太りの男、クブカだ。


「私のために新しい聖棍まで用意していただき、本当にありがとうございます」


「何を仰られますか!偉大なる姫君の願いであればこのクブカ、身を削ってでも果たしますぞ!むしろこの程度のものしか用意できなく心苦しいばかりです。あぁ!我が領民にもっと信仰心があれば!」

 お礼を言うサラにクブカは大仰に首を振って答える。


「しかしどういうことですか、クブカ殿?領地内で盗賊どもをのさばらせておくなどインビクト王国にあってはならぬ事ではないですか」


「いやいや、あやつらには私としても困っておるのです」

 そう言ってクブカは禿頭をハンカチで拭った。


「あいつらときたら普段は町民、村民を装って尻尾を出さんのですよ。おかげであの一帯は盗賊街道とか呼ばれる始末で、ほとほと手を焼いておるのです」


 あれから一週間、アポロニオ一行は道すがら差しのべられる助けの手を一切拒否して歩き続け、へとへとになりながらクブカの屋敷にたどり着いたのだった。

 一週間ぶりに風呂に入り、すっきりした三人はクブカと共に食卓を囲んでいる。


「……まあ良いでしょう。テオフラス討伐後にこの私自ら奴らを捕らえ、磔刑にしてやりましょう」


「おお!アポロニオ殿にそう言っていただけるとは心強い!このクブカ、一切の協力を惜しみませんぞ!しかし、普段は町民の姿をしている盗賊どもの事をよくご存じですな。やつらとの間に何かあったのですか?」


「何もないっ!……いや、道すがら奴らの噂を聞きたものでね。徒歩で旅をしてきたのも我が国の現実を知るためでもあったのですよ」


「なるほど、流石は救国の英雄アポロニオ殿!」


「しかし我々には逆賊テオフラスを討つという目的があります。そのためにはなるべく早く魔界に行く必要もあるのです。どうでしょう?クブカ殿のところにある馬を何頭かお貸しいただけないでしょうか?あとできれば路銀も少々お借りしたいのですが」


「もちろんですとも!他ならぬアポロニオ殿の頼みです、このクブカにお任せください!」


「ありがとう、さっそく明日にでも出発しようと思いますので」


 ようやく柔らかなベッドで寝られるのに、もう出発かよ。

 モブランは鶏肉の香草焼きを口にほおばりながらげっそりした。

 この一週間、モブランはアポロニアとサラの荷物を抱えて歩くという奴隷のような扱いを受けてきたのだ。


 サラとアポロニオが宿の一番高い部屋で休んでいる間、モブランだけ一番安い部屋のペラペラのベッドで寝ていた。


 モブランの渡した銀貨も一週間の旅ですっかり使い果たされていた。


 明日どころか二週間は羽を伸ばしたい気分だ。


「お安い御用ですとも。ところでその件とは全く関係がないのですが、少し困ったことがありましてね」

 そんなモブランの気持ちをよそにクブカとアポロニオは楽しげに会話を続けている。


「今年我が領土は酷い不作に見舞われておりまして、国へ治める税にも苦心する有様でして。申し上げにくいのですが、その……」


「そんな事なら問題ありませんとも。この遠征が終わったら国王にはクブカ殿の献身をしっかり報告しますよ」


「本当ですか!ありがとうございます!」


「その代わり、路銀の方もしっかり頼みますよ。なにせ今回の遠征には姫君であるサラもいるのですから。遠征とはいえ姫君に相応しい過ごし方をしなくてはなりませんからね」


「クブカ様、御父上、いえインビクト王から今回の我々の遠征について何か報せは来ていませんか?」

 サラが食事の手を休めてクブカに尋ねた。


「いえ、特に何も。先ほど魔法通信を使ってお三人方が来られたことをお伝えしましたが何も返信は来ておりませぬな」


「そうですか……」

 サラは残念そうにうつむいた。


「安心するんだ、サラ!ここで馬さえ手に入れば魔界まではすぐだ!さっさとテオフラスを倒して帰ろうではないか!」


「……そう、ですね」

 アポロニオの激励にサラは言葉少なに頷いた。


 むしろ今すぐ帰してくれよ。

 モブランは頭の中でそう呟き、豚肉のワインと香辛料煮込みに取り掛かった。


 三者三様の思いを乗せ、夜は更けていくのだった。


 そして翌日。


 アポロニオとサラ、モブランはクブカの用意した馬に乗り、颯爽と屋敷を後にした。


「……ふんっ、若造が調子に乗りおって」

 アポロニオが見えなくなったのを確かめてクブカは怒りで鼻を鳴らした。


「散々飲み食いした挙句に路銀として金貨五枚に銀貨百枚もよこせだと?英雄だか何だか知らんが足下を見おって!」

 そう言って地団駄を踏む。


「クソ!とんだ出費だ!ふざけおって!これでは赤字ではないか!」

 クブカは怒りで禿頭から湯気を出しながら部屋に戻った。


「さっさとこいつを売り払って金に変えねばならんな」

 そう言って壁に立てかけていた剣を取り上げる。

 それはアポロニオの聖剣アルゾルトだ。


「しかし、儂と盗賊街道との関係に気付いてはいないだろうな?」

 クブカはそう独り言ちた。

 まあいい、あれほど単純な男だったら気付くわけもないだろう。


 この剣を売れば少なくともアポロニオたちに巻き上げられた金は回収できるはずだ。

 そう考えるとクブカの留飲も少し下がるのだった。

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