第14話:ブレンドロット
テオとヨハンはブレンドロットの町への道を歩いていた。
ブレンドロットの町はテオの屋敷から歩いて1時間行ったところにある湖の畔に広がる小さな町だ。
「なんでわざわざ歩いていくのさ。魔法が使えるならぴゅーって飛んで行けばいいのに。ぴゅーって」
「足で歩くのもいいものですよ。今日はいい天気だし。それに空を飛んでいては見つからないものもあるからね」
そんなことを話しながらやがて二人はブレンドロットの町へ到着した。
湖の畔に沿って伸びる大きな通りにはレストランや八百屋、魚屋の他に魔法具屋や魔法薬店も並んでいる。
獣人やエルフ、コボルトといった様々な魔界の住人が石畳の敷かれた通りを埋め尽くさんばかりに行き来している。
「安いよ、安いよ!今なら炎の魔晶が百グラムたったの銅貨五枚だ!」
魔晶屋の店頭で猪頭の獣人が威勢よく呼び込みをしている。
「今朝、湖で獲ったばかりの魚だよ!まだ動いてるのもいるよ!」
魚屋では人魚の女将さんが風呂桶に浸かりながら魚の宣伝をしている。
「これはなかなかの活気ですね」
「ブレンドロットはこの辺じゃ一番大きな町なんだ!おいらもここにきて食料を調達してたからこの町は庭みたいなもんだよ」
感心するテオにヨハンが胸を張った。
「じゃあとりあえずどこかで食事でもしながら回る所を決めますかね」
そう言って辺りを見渡すテオの肩に突然何者かの腕が被さってきた。
「兄さん、この町は初めてかい?どこか探してるんなら案内するぜえ?」
それは狐頭のひょろりと痩せた獣人だった。
灰色のシャツにオリーブ色のベストを着、濃い茶色のズボンを履いている。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺っちの名前はキッツ・ネイサン。親しい連中はみんなキツネって呼んでんだ。この町でガイドをしてるからよろしくな!あんたの名前は?」
そう言って馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「食事がしたいならあそこの湖畔亭がお勧めだぜ!俺っちの紹介だって言ったらまけてくれるよ。飲みだったらゴブリン通りにある魔神の酒蔵って店がお勧めだ」
「それとも兄さん……ひょっとして女がご所望かな?こんなに明るいのにお好きだねえ!それだったらコボルト通りの全ての女揃いますって店に顔が効くから紹介するぜ?」
「いや、私はそういうのにはあまり」
「ちょっとちょっとちょっと、さっきからなんだい!」
初対面で旧知のように絡んでくるキツネにヨハンが食ってかかった。
「テオにはおいらが案内からあんたなんか無用だよ!さっさと消えて他の田舎もんを相手にしてな!」
「おーこわ。お邪魔みたいだから退散しますかね。よお、テオってお方、そんなジャリガキにゃ案内できないようなところに興味があるんならいつでも俺を頼ってくんな!」
「ばーか、ばーか、さっさと消えろ!」
ヨハンの悪態を背にキツネは手を振って通りに消えていった。
「やれやれ、凄いところですね」
面食らったようにテオが口を開いた。
「この辺はああいう奴が多いんだよ。この町は人界とも近いし魔界と人界両方から色んな人が来るからさ、ああいう奴がこの町になれない人間を食い物にしてんだ。テオも気を付けた方が良いよ」
「ともかく、どこかに腰を落ち着けましょう。さっきのキッツという人が言っていた湖畔亭にでも行ってみますか。お金ならありますから」
そう言ってテオが懐をまさぐる。
「ヨハン、財布は君に渡していたっけ?」
「おいら知らないよ。テオが持ってるんじゃないの?」
「はて、今朝ここにメリサからもらった革袋を入れておいたはずなんだけど……」
「まさか、あいつ!」
叫んでヨハンが通りを振り返るが既にテオは雑踏の中に消えていた。
「あ、の、や、ろ、う~!地獄に落ちろ!スライムに生きたまま溶かされて食われちまえ!三日ムカデに噛まれてのたうち回って死ね!」
地団太を踏み、ありったけの悪態をつくが財布は帰ってこない。
「どうすんのさ、テオ!全財産すられちゃったら買い出しどころかご飯だって食べられないよ!」
「まあまあ、そう悲観したものでもないですよ」
そう言ってテオは懐から紙を一枚取り出した。
それを器用に折って鳥の形にする。
「これは式神という極東国に伝わる魔法の一つで、それに私なりのアレンジを加えています」
そう言って肩についていた小さな毛を摘まんでその紙の鳥の中に入れた。
先ほどのキツネの毛だ。
手のひらにその鳥を置き、詠唱する。
式神の鳥がまるで生きた鳥のように羽ばたき、空を舞った。
そしてゆっくりと飛んでいく。
「食事の前にまずは財布を取り戻すとしますか」
二人は式神の後を追って通りを抜けていった。
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