第5話:謀略の異端審問

 三日後、グリフォンを乗り継いでインビクト城に着いた時、テオは完全に衰弱しきっていた。


 そのまま引き立てられるように王の間へと連れていかれる。

 そこにはインビクト王、法務大臣、魔道士協会長といった国の重鎮が揃っていた。

 そしてかつて一緒に旅をし、魔王を倒した仲間たち、アポロニオとサラも。


「魔道士テオフラス・ホーエン、お主がなぜ呼ばれたのか分かっているな?」

 テオが王の前に出されると法務大臣が口を開いた。


「まったくわかりません。なぜ私がこのような目に遭わねばらないのですか?」

 ふらふらになりながらもテオは必死に抗議した。


「テオフラス・ホーエン、お主には禁忌の疑がかけられておる」

 魔道士協会長バーゼル師が口を開いた。

 その眼は汚らわしいものでも見るようにテオをにらみつけている。

 バーゼルとテオはもともとそりが合わなかったが、今はそれが如実に表れている。


「馬鹿な!私が何をしたというのですか!」


「白々しい真似を!これを見てもまだ言えるか!」


 バーゼルが手をあげると、衛兵たちが近づいてきた。

 その手に抱えているのは、まだ目覚めないルーシーだった。


「そ、それは!」

 それを見てテオは全てを悟った。


「このインビクト王国、いや、人界では魂をもてあそぶ行為としてホムンクルスの製造は禁忌とされておる!テオフラス・ホーエン、貴様魔族に魅入られたか!」

 バーゼルが吠えた。


「ま、待ってください!確かにホムンクルスの製造は禁忌とされています。しかし、これは魂とは何か、肉体とは何かを追及する研究なのです!この研究を続けていけばいずれ我々はどんな病をも克服することができるのかもしれないのです!」

 テオは必至で弁明した。


「若造がつけあがりよって!病を根絶するなど、大言壮語を吐くでない!この魔道士の面汚しが!たった今から貴様は王国魔道士協会より追放じゃ!」



「そ、それだけではありません!この研究は我々人間と魔族が何故存在するのかという永遠の謎をも解き明かすかもしれないのです!魔族のことをもっと知ることができれば和解だってできるはずです」


「馬脚を現しおったな!魔族と和解するじゃと!貴様、やはり魔族と通じておったのじゃな!この痴れ者が!」

 バーゼルが更に激昂する。


「もうよい」

 インビクト王が手でバーゼルを制した。


「国王、お願いです。弁明をさせてください!」

 テオは必死で国王に言いすがった。


「確かに私がした事は国の法を犯したかもしれない。しかしそれも国を思ってのことなのです!人類はまだまだ脆弱ですが、いずれ魔族とも対等に渡り合えるまでに進化できるはずです!これはそのための研究なのです!」


「テオフラス・ホーエンよ。お主は確かにこの国を救った偉大な魔道士だ。それは余も認めよう」

 王が口を開いた。


「しかし、この所業は決して許されるものではない。人が魂を作る、これは決してあってはならぬ事なのだ。お主がした事は既に魔族の所業と何ら変わることはない」


 よって……、と王は続けた。


「ここにテオフラス・ホーエンが神の教えを冒涜した、神意冒涜罪サクリレッジを犯したと認め、この者とその創造物であるホムンクルスに火刑の判決を下す。これは今この後すぐに行うものとする」




 ぐにゃり、とテオの足元が崩れた気がした。

 神意冒涜者、この国で最も重い罪で一切の酌量はなく、可能な限り速やか極刑を執行される事になる。


 この僕が火刑?今この場で?


 そんな、そんなことが!!


 テオはすがるような気持で辺りを見渡し、アポロニオとサラに気付いた。

 二人とも複雑な表情でテオから目を背けている。


「アポロニオ殿、サラ様、どうか、どうか一緒に魔王と討伐した仲間として国王陛下を説得してください!私を救ってください!お願いします!」

 テオは藁にも縋る気持ちで哀願した。


 しかし、二人の表情が変わることはなかった。


「テオフラス」

 アポロニオがテオを見つめた。

 その眼は一緒に旅をしていた時に見せた頼れる勇者の眼ではなかった。

 まるで見てはいけないものを見るような眼だった。


「君は確かに素晴らしい魔道士だ。君がいなければ魔王を倒すこともできなかったかもしれない。だが、これは決して許されるべきことではないんだ」

 そう言って悔しそうに唇を噛む。


「何故?何故なんだ?テオフラス?何故こんな魔族も顔をそむけるようなおぞましいことができるんだ?君は本当にあの偉大なる魔道士、頂点バーテックスと呼ばれたテオフラスなのか?」

 叫ぶようにそう言うとアポロニオは顔をそむけた。


「残念だが、僕には何も出来そうもない。できることなら、己のしたことを後悔し神に懺悔しながら逝ってくれ。それが友として最後に言える言葉だ」


 そんな……


 テオは憔悴した顔でサラを見つめた。

 国王の娘であるサラなら、そんな表情だった。

 しかし、サラは悲し気にかぶりを振るだけだった。


「テオフラス様……残念ながら僧侶である私には何をすることもできません。これも私の力が至らなかったため……魔に魅入られたあなたを救う事が出来なかった……未熟な私をお許しください」


「サラ様……」


 はっきりとテオは悟った。

 自分はもう終わりなのだと。

 あれほど苦楽を共にし、命を救いあってきた仲間も今は己に顔を背け、テオに罪があると信じ切っている。

 何故だ、何故こんなことに?


 その時、テオは人影の中に見慣れぬ人物がいる事に気付いた。

 テオと魔道学校で同期だった男、今は魔道士協会副長を務めている魔道士、モブラン・ソノタだ。


 その時テオははっきり分かった。

 この男だ、この男が自分を告発したのだ。

 モブランという男は優秀ではあるがそれ以上に妙に愛想がよく上昇志向の強い男だった。

 テオにも馴れ馴れしく近づき、研究を一緒にしようとしきりに勧誘してきたものだ。


 モブランのような人間が苦手だったテオはなるべく距離を置こうと思っていたが、魔王を倒して気分が高揚していたのだろうか、魔道士協会で行われた祝賀会の時にしつこく今後のことを聞いてきたモブランについつい魔道士の究極の目標を目指したいと漏らしてしまったのだ。


 魔道士の究極の目標、それは当然命を作る事だ。

 それは禁忌だと分かってはいても全魔道士にとって暗黙の了解だった。

 あの時からテオを陥れる算段を練っていたのだろう。


「モブラン、まさか君が……」

 振り絞るように言葉を出す。


「なんのことでしょうか?」

 モブランは素知らぬ顔でいやらしく笑った。

 自分の前を走る人間が膝をつくのを見たような顔だった。


「私は神の教えを守る魔道士としての義務を果たしただけですぞ」


「貴様、貴様あああああ!!!!!!!」


 引き立てられながらテオは絶叫した。


 この日、魔道士テオフラス・ホーエンは禁忌を犯した罪で火刑に処されることとなった。

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