勇者になった僕

サトクラ

勇者になった僕

「おめでとうございます!貴方様が第126代勇者として選ばれました!!」


 朝早くに遥か遠くの首都から馬を走らせやってきたという伝令は、村のみんなを広場に集めると声高らかにそう言った。

 俺の前に片膝をつきながら。俺を見上げる伝令の目元は銀色に鈍く光る甲冑に遮られ見ることはできないが、その口元は大きく弧を描いている。


 −−−勇者はある日突然現れる。生まれも経歴も不明な彼は、しかし絶大な力を持ち、この国に繁栄をもたらすだろう。


 この国に古くから伝わる御伽噺の一節が頭によぎった。ほとんど全ての国民が幼少期から繰り返し聞かされるそのお話は、その実国王が代替わりするごとに現実となるシンデレラストーリーだとまことしやかに囁かれていた。勇者は富と名声を手に入れる。よくある話だ。

 ただ現国王の治世が60年ほど続く今となっては、真実を知る人は一握りしかいない上に、仮にいたとしてもその大多数がボケているという信憑性に欠ける結果となってしまっている。


 いや、

 というのも、この俺の目の前で跪いている伝令が馬を走らせやってくる3日も前に、国王崩御の号外が村に届いたからだ。

 長く続いた平和だけれど代わり映えのしない時代の終わりに、村のみんなはどこか浮ついていたのを思い出した。誰も彼もがあの噂の真偽を気にしていたのだ。本当に勇者は現れるのか?いつ?どこに?この数日間の話題はそればっかりだ。


 そんな最中で伝令のあの言葉である。集められた村人たちもようやく事態が飲み込めたのか、次々に祝福の言葉をかけながら俺の肩を叩いていく。母はよほど驚いたのか過呼吸になりながら泣き濡れているし、父はいつものしかめっ面を更に厳しくしながら母の肩を抱いていた。そうした中々に賑やかな周囲の様子を、少しも気にすることなく伝令は言葉を続けた。


「勇者に選ばれた貴方様にはもちろん拒否権もございます。ただし、勇者となられた暁には充分な資金援助と老後の安全を国が保証いたします。さあ、どうなさいますか?」

「もちろんっ!俺、勇者になります!!」

「ありがとうございます。では、がございますので明日の昼すぎに首都に向けて出発いたしましょう。よろしいですか?」

「はい!」


 伝令の事務的な言葉でようやく自分が勇者に選ばれた、という実感が湧いてきた。俺が、勇者。悪を倒し、弱きをたすく、国に繁栄をもたらすという勇者。そんな偉大な存在に選ばれるなんて。

 感動と喜びに浸っていると先ほどよりは落ち着いた様子の両親が左右から抱きついてきた。両側からぎゅうぎゅうと抱きすくめられて、2人の温もりに包まれながらこれからの幸せを想った。

 国からの資金援助もあるというし、最初の数年は両親を連れて旅に出るのもいいかもしれない。元々我が家は裕福ではなく、俺はもちろん両親もこの村から出たことはなかったから。


 その日の夜は村を挙げての大宴会となり、俺は村中の男達にお酌され続けた結果、早々に酔い潰されて寝落ちてしまった。


 ◇


 ふと、鼻をつく異様な臭いで目が覚めた。何故か割れるように痛い頭を押さえながら辺りを見回すと、銀色の甲冑に身を包んだ男の人がにこやかに笑いながらに話しかけてきた。


「勇者様、おはようございます。が整いましたので、首都に向け出発いたしましょう。」

「勇者様?が?」

「はい。貴方様は昨日、神によって勇者に選ばれたのでございます。」

「はぁ、そうですか。」


 彼は何が可笑しいのかニヤニヤと口元を歪ませながら、これまでの経緯とこれからの予定を話してくれた。曰く、国王が代替わりする時に滅ぶ土地に勇者が現れること。勇者は出自経歴が不明なため、国で保護し老後まで面倒を見てくれること。これから自分たちは新しい国王陛下に挨拶に行き、その後はこの世に蔓延るを倒してまわること、などなど。


 のため点在する家屋に火を放ちに行った彼を待ちながら、説明された事柄を反芻する。この世に蔓延るっていうのが何なのか正直見当もつかないけど、彼は僕の力なら余裕で倒せると言ってるし、好きなものを好きなだけ買っていいみたいだから最悪金の力で何とかしよう。僕って天涯孤独みたいだし、どっかで野垂れ死んでも誰も悲しみゃしないから気楽にやれるしね。


 しかし、のために火を放って何もかも焼き尽くしてしまうなんて、疫病でも流行っていたのだろうかこの土地は。こわいね。

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