その二
トタタと朱の傘を伝う雨。それはまるでお琴の音色のよう。滴り落ちる雨だれは、透明な水晶の玉簾だ。普段は青みがかった色白の灯里の肌が、ほんのりと朱が差して見え、それがまたそこはかとなく色香を漂わせる。野苺みたいな唇は、いつもより更に赤みが差して格別に美味そうだ。丸みを帯びた大きな鳶色の瞳は、いつも生き生きとキラキラ輝いているけれど、こうして和傘の明かりを通して見ると、微かに紫色がかった│
「今年の梅雨入り、思ったより早かったね」
心なしか、そう語りかける灯里の声質までが平安時代の貴婦人のように奥床しく御簾の奥から聞こえて来るかのようだ。萌黄色の半袖ワンピースは初夏のクローバーで作られ、ベージュ色のローファーは麻で編まれたように見える。
(これが、先代の言っている事なんだよな。竹と和紙の相乗効果というか、和傘の成せる妖術の一つだよなぁこれも)
内心で、そう苦笑いしつつ令和は隣に並んで歩く彼女に笑顔を向ける。目と目で微笑み合う二人。灯里は右手で髪を掻きあげた。さらりさらさら、と絹糸のような鳶色の髪が音を立てて靡くような気がした。その仕草の一つ一つが、どことなく洗練されて見えるのだ。尤も、茶道や華道共に師範代の資格を持つ彼女の事だ。その全てが和傘のかける魔法だとは言い難い。
東條灯里は代々続く和紙職人の長女だ。立花家の作り和傘に使用する和紙は、古くから東條家の物を使用している。東條家の家業は、長男が跡を継ぐ事に決まっている。
灯里は来年短大を卒業後、一年間花嫁修業とやらをした後に令和の元に嫁ぐ事になっていた。あと、およそ二年……。
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