褒められたい日本人

坂口隆彦

褒められたい日本人

褒められたい。あらゆる日本人からその気持ちがあふれ出してから久しい。資本主義の暴走により、会社という所属を奪われた日本人は、所属したい気持ちに振り回されていた。

 まず人々が取った手段は、人を褒めることで交換対価として褒めてもらうという方法だ。これは最初、とても上手く回った。あなた、素敵ね、あなたもね、という会話がそこここで交わされた。

しかしすぐに行き詰ることになった。与えたよりも多く貰おうとする者が続出したのだ。奪われるのを恐れ、誰も人を褒めなくなった。

 次に流行ったのは、自分を卑下し、それを否定してもらうことで自らの承認欲求を満たすやり方だ。そんなことないよ、という言葉がその年の流行語大賞になるほどに人々はお互いの卑下を否定し合った。

 しかしこれもまた上手くいき続けることはなかった。自分に対して否定的な言葉を履き続けることに、人々は疲れてしまったのだ。

 人々は彷徨った。誰も褒めてはくれないが、何とか自分を規定したい。世界につなぎ留めたい。価値があると思いたい。

 爆発した思いは新たな制度を生み出した。公平性を規すために、承認は第二の通貨として管理されることになったのだ。生まれた時にポイントを配布され、善行を行えばポイントが配布され、悪行を行えば減らされる。人々は癒されたいときにポイントを使い、人から承認や賞賛を受けることが出来た。ポイントを使う申請をすると、ある男性は難航した商談が上手くまとまり、ある女性は望んでいた美貌を手に入れた。その仕組みは誰も知らない。

 ひっそりと政府に部署が出来、何らかの暗躍をしているものと思われた。自分にふさわしい賞賛が手に入る限り、人々に不満はなかった。不満を言えばポイントが減ったから、人々はさらにその制度を褒めたたえるようになった。

こうして、承認社会主義の時代が幕を開けた。


ある男は、生まれた時からポイントを溜めていた。人は生きていれば人との衝突を避けられず、怒ったり貶したりでポイントを削り合うが、男はそれをしなかった。ただひっそりと社会の隅で生き、言われたことだけをこなし続けた。

雨にも負けず、風にも負けず、(中略)みんなにでくの坊と呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず、そういう男だった。

人々は彼には欲がないのだと思った。しかし彼には野望があった。世界で一番大きな注目を浴びるのだと胸に火を燃やしていた。

ある日彼はチャンスを見つけた。巨大隕石が日本に落下するというニュースが流れたのだ。今こそこの膨大にため込んだポイントを使い果たす時だと彼は思った。

周りの人々も期待をした。きっと彼が日本を救うのだと思った。

彼が政府に申請書を出すところを固唾をのんで見守った。承認が受理されると、彼の体は光り始めた。彼が歩けば旧約聖書の預言者が歩いたように人の波は割れ、携帯端末のカメラが向けられた。それだけでも彼の心は大いに擽られ、さらにその先への期待に胸を膨らませた。

俺は救世主になるのだ!

彼が叫ぶと彼の体は赤く燃え上がり飛び立った。ぐんぐんと上昇するにつれ、彼の体は膨張していく。ついには丸い球体になった。彼があっと思った時には彼の体は隕石よりもおおきくなり、隕石にぶつかってその軌道を逸らした。

彼の体は爆発し、後には何も残らなかった。

その雄姿は人工衛星が捉え、彼の死の瞬間はセンセーショナルに報道された。悪口を言ってポイントを減らされたくない人々は、英雄的行動だと褒めたたえ、彼は世界で一番賞賛された男になった。


祖母はぱたんと絵本を閉じて僕に言った。

「求めすぎれば、身の破滅を招くんだよ。」

祖母にそのお話を呼んでもらった時、僕はなんとまあ、ありきたりな教訓だな、とだけ思った。明日もダンスレッスンがあるというのに、祖母の自己満足の読み聞かせに付き合う僕にはきっと多くのポイントが配布されるのだろう。

大河ドラマ出演が決まってから、急激に仕事は忙しくなった。

祖母が出ていくと、僕ならきっとこうすると思って、爆死した彼の手であろうところにピースサインを書き足した。

目立つことは最高だ。僕はその絵本を枕の下に入れて眠った。

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