第38話 窓際クランのお風呂

 そやなただ湯船といくつかのオケだけがある浴室。

 フィーの母親が綺麗好きだったため、湯は一日中清潔なものが貼られている。

 それを可能にしている魔道具はフィーの母親が父親にねだった数少ない品らしい。


 よく母親と一緒に入った湯船に、今日はフィーとレイラが浸かっていた。


「はぁーーー。気持ちいい」

「・・・フィー。おじさんみたい」

「な!?おじさんってなによ!」


 フィーはざばっと湯船から立ち上がりながらそう言った。

 その様子を見て、レイラはクスクスと笑っていた。


「何笑ってるのよ!」

「・・・ごめん。フィーとこんな風に話せる様になると思わなかったから」


 レイラのセリフを聞いて、フィーは少し考えた。

 たしかに、少し前の自分だったらレイラとお風呂に入ろうとは言わなかっただろう。

 フィーはゆっくりと湯船に浸かりながら「そうね」と言った。


 二人はユーリが来るまでは微妙な関係だった。

 同じクランで過ごす仲間だったのに、まるで他人のようだった。


 二人で最近のことを思い出し、少しの間、静寂が続いた。


「ねぇ。レイラ?」


 そんな言葉で静寂を破ったのはフィーだった。

 レイラはゆっくりとフィーの方を見た。


「・・・なに?」

「ユーリと何かあった?」


 レイラはギクリとした。

 さっき、書庫で話したときのことを思い出したからだ。

 レイラは出来るだけ平静を装って答えた。


「・・・どうしてそう思うの?」


 フィーはレイラの方を見た。

 すこし不安そうなレイラの瞳にフィーが写っていた。


「今のレイラ、少し前の私と同じ顔してる」


 レイラは手の中にすくったお湯に自分の顔を写して見た。

 赤い瞳が目立つ、自分の嫌いな顔だ。


「ユーリが来てから、ほんと大変よね」

「・・・?どういうこと?」


 唐突に何か語り出したフィーにキョトンとした顔で聞いた。

 言葉ではユーリのことを攻めているようだったが、その声にはどこか愛おしさと喜色が含まれていたからだ。


「ユーリが来るまでは、ただ大剣を降って敵を倒すことだけ考えていればよかった。きっと、クランが解体になっても、『紅の獅子』の再興だけを考えて、探索者をやってたと思う」


 フィーは天井を見つめながら続けた。

 少し前の自分のことを思い出しているのかもしれない。


「でも、ユーリが来て、クランが動き出して、レイラと仲直りして、今のこのクランをなくしたくなくて、大剣を手放して、レオが戻ってきて・・・」

「・・・」


 レイラは静かにフィーの話を聞いていた。

 フィーはそんなレイラの方を見ずに自分の手を見た。

 短剣に変えたことで、今までなかった場所にタコや豆が出来ている。

 逆に大剣を持っていたときにあったタコは柔らかくなってきていた。


「クランが大切で、お母さんとの思い出が大切で、ユーリやレイラが大切で。ユーリが来てから滝さん大切なものが増えた。大切なものが増えすぎて一番大切なものがわからなくなる。今までは一番だったものが気付けば一番じゃなくなってる」

「・・・」

「はは。私何行ってるんだろ?何言ってるかわかんないよね」


 フィーは真っ赤な顔をしていた。

 自分でも恥ずかしいことを言っているとはわかっていた。

 でも、口下手なフィーはうまくレイラに気持ちを伝えられなかった。


「・・・たしかに、何行ってるかはよくわからなかった」

「そうよね」


 フィーは顔の半分くらいまで湯に浸かってしまった。


「でも、フィーの気持ちはわかった気がする」


 フィーはさらに真っ赤になった。

 そして、恥ずかしさに耐えきれなくなった、湯船から立ち上がった。


「あー。のぼせちゃった。私でるね!」

「・・・うん。フィー」


 出口の近くまで行ったフィーをレイラは呼び止めた。

 振り向いたフィーにレイラは不器用な笑顔で言った。


「何?」

「・・・ありがとう」

「お礼なんていいわよ」


 そう言ってフィーは扉に手をかけた。


「あ、それから」

「・・・?」


 フィーは扉を開けながら、一度レイラの方を振り返った。


「わたし、レイラの氷、綺麗で好きよ」


 レイラはきょとんとした顔をした。


「・・・そう」

「それだけ」


 フィーは今度こそ、ほんとに浴室から出て行った。

 レイラは一人で湯に浸かりながら考えていた。


 ***


 書庫でユーリは調べものの続きをしていた。

 すると、部屋にレイラが入ってきた。


「・・・ユーリ。少し話がある」

「レイラ?」


 風呂上がりで湿った髪のままのレイラが部屋にやってきた。

 少し上気した頬が色っぽかった。


 少し前にあんなことがあったのだ、意識せずにはいられない。


 レイラはユーリから少し離れたところにある椅子にストンと腰を下ろし、意を決したように顔を上げ、ユーリの方を見た。


「・・・ユーリはもしかしたら気づいているかもしれないけど、私は火の魔法が使える」

「そっか」


 ユーリは読んでいた本を閉じた。


「・・・驚かないんだね」

「まあな。『爆炎のレイラ』とか呼ばれてたし、炎系の何かがあるんじゃないかとは思ってた」


 ユーリは読んでいた本を置いてレイラの近くの椅子まで移動した。

 そしてレイラの顔を見つめた。


「別の無理する必要はないぞ?ジャイアントビッククラブを倒すのはフィーをアタッカーにしても何とかなる」


 レイラは意を決したように顔を上げてふるふるとかぶりを振った。


「・・・フィーは短剣に持ち替えて頑張ってる。私も、苦手を克服したい」

「そっか」


 レイラがなぜ火の魔法を使わないかユーリは分からなかった。

 レイラの真剣な瞳にユーリはうなづいた。


「なら、明日、アタッカーはレイラに頼む」

「・・・わかった」


 その後、ユーリはレイラと少し作戦の話をした後、それぞれの部屋に戻った。

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