君は可憐なご主人さま

なぎの みや

なでしこの趣味

 一月も半ば。普通ならば正月気分も抜けて、平常運転へと気を引き締め始めるであろうこの時期。桔梗ききょう神社じんじゃへと登る石段の麓にポツンと佇むこの家のリビングダイニングは、世間の情調じょうちょうに反してだらけきった空気が流れている。


 玄関の角松も仕舞われ、以前は15日まで飾られていた神棚の正月飾りも早々に片付けられた、いつも通りの我が家。部屋の中央を陣取るのは、この部屋の唯一の熱源である旧式の丸型石油ストーブ。その上に置かれたヤカンのお湯は控え目な沸騰を維持し続け、らんの間の柱に張り替えられたばかりの八咫烏やたがらすの札までその蒸気を届かせている。


 そんな半永久的に繰り返されそうな情景を薄目で見つめながら、俺は間もなく終わる安寧の時間を堪能しようと、惰眠をむさぼっていた。


「たっだいまー!」


 よく通る、それでいて決して甲高くもない声。引き戸が開けられる音には不思議と混ざらない澄んだ声がこちらまで響いてきた。帰って来たか――


「お帰りなでしこ。母さんなら出かけたぞ」


「おー、パパ帰ってきてる。お帰りー。お伊勢さんたのしかった?」


「おう、全然楽しくなかった。偉いさんの相手ばっかりで、酒だって何の味もしなかったわ。だから明日のどんど焼きまで、父さんはなんもしたくねぇ」


「そっか、宮司さんもたいへんだー。あ、アルトもただいまー」


 つん、と小鼻あたりを軽くつつき、「ふにゃん」と、欠伸あくびのついでにしたような返事に目を細め、なでしこは小脇に抱えた段ボール箱をストーブの1m先にゆっくりと下ろした。


「……で、新年早々今度は何を拾ってきた?」


「えっへへー、八幡宮に初詣行ったら、鳥居の下で寒そうにしてたんだー。だからあそこの禰宜ねぎさんに段ボールもらってきたんだよ。パパによろしくだって」


「小島の奴か。後で礼言っとかなきゃな。つーか神社の娘が他所の八幡宮に初詣行くんじゃねぇよ。うちでしろうちで」


「だってー、三が日はわたしもここのお手伝いしたから、その時に今日一緒に行った友達はうちに来てくれてたんだもん」


 反論しながらも自身もストーブの前に陣取ったなでしこは、段ボールの中でごそごそ動く物をワシワシと撫でている。


「友達って、いつもの二人組だろ? ――記憶に無いな。いくら忙しくても、あれくらい騒がしい子達なら来たら気付きそうなもんだけど」


「んーん、二人とも、元旦は同じクラスの男の子と二人で、別々に来てくれてたよ」


「中学生にもなると色々あんのな。ついこの間までランドセル背負ってたってのに。……そんで、それどうするつもりだ?」


「んー、どうしようかなー。一応里親探して、ダメならうちの新しい家族に仲間入りだね」


「お前、そんな簡単になぁ……まぁ自分でやるなら文句は言わんが」


 段ボールの中から取り上げられて彼女の膝で丸くなる、フサフサの毛に大きな耳と尖った鼻の生き物。……こいつは正直、俺とは反りが合いそうにない。


「どちらにしても、やっぱり一度は病院で診てもらった方がいいぞ。それくらいは出してやるが、後の餌代やらは自分の金でなんとかしろよ。というか俺、犬は苦手なんだけどなぁ……」


「だいじょぶだいじょぶ、すっごい良い子だから、きっとパパにも懐くよ。それじゃ、この子の餌代稼いでこよっと。後で見に来てね、パパ。――アルトもおいでー、ご飯だよー」


 なでしこは小さい頃から動物を拾って来ては、うちで飼い始める。そろそろ動物どうぶつ言ってないで、色恋沙汰のひとつでもあっていい年頃なんだが、それどころか未だに父親にべったりだ。まぁ、こいつに変な虫が寄り付くよりは幾分ましか。


「もう飼う気満々じゃねぇか。――出来たら言ってくれ、それまで昼寝しとくから」


「はーい」


 そう言ってなでしこは、段ボールに戻した毛玉を抱えて自室へと消えていった。

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