ギコの受難④

「無事に帰ってきてくれて嬉しいよ! もう! 俺は! お前を! 離っさないっ!」


 ひっしとフサが胸に抱いているのはお空の星になった筈の携帯電話だ。今現在、俺の眼前には野郎が携帯電話と熱い抱擁を交わしているというとてつもなくシュールな光景が広がっている。


 思わず110番してしまいそう、っていうかあれ通報した方がいいんじゃなかろうか?まったく、人の家でなんちゅう台詞を吐きやがるんだか、このフサ毛は。


 大人な俺は目の前のアホ一匹を絶賛スルー中である。あまり深く考えないのがコツだ。


 そういえば、どうして空に消えた携帯電話がフサの手元にあり、しかも無傷なのか、普通の人なら疑問に思うことだろう。


 理由は至極簡単で、フサは自分が触れたことのある物の現在地が分かる能力、俺の隣でニコニコしているしぃは物や人を正常な状態に戻す能力を持っているのだ。


 この二つを組み合わせれば、失くした携帯電話も完璧な状態で持ち主にお届けよ、ってな具合である。


 こういう何かしら超常現象じみた能力を持つ人間は、少ないながらも確かに存在していて、単純に能力者、または能力保持者と呼ばれている。


 俺がイマリの正体を知ってもさほど驚かなかったのは、幸か不幸かそういう奴らが俺の周りに多いからだった。


 しかし、俺の周りに多いからといって能力者事体が多いかというと決してそんなことはない。統計によると大体七万人に一人、といった非常に低い発現率なのだが、この町にはあっちに一人こっちにも一人、といった具合に、どういう訳か能力者が多いのだ。


 五十年ほど前から徐々に現れだしたこの能力者という人種については、『いることは知ってるけどあんまり馴染みがない存在』として皆に受け入れられている。


 世界中の学者が発現の条件や発動のメカニズムを調べているらしいが、今もってさっぱり分かっておらず、知るかよバーカ!と半ば匙を投げている状況なのだった。


 そういう能力を持っちゃってる人たちが何故か俺の周囲に集まってくるので、常識はずれの事態が起こることも多々あるのだ。至ってノーマルな俺にとっちゃ頭が痛い話である。


「現場はここか弟者よ?」

「間違いないぞ兄者よ」


 ああ、どうやら頭痛の種が増えたようだ。玄関のドア越しでもはっきり聞こえてくる声に、俺は頭を抱えたくなる衝動に駆られた。


「突入!」

「yes sir!」


 ドバーン!と近所迷惑な騒音を立てて、玄関のドアが縦(ここ重要)に開いた。

 倒れたドアを踏みしめ、シャキーンとポーズを決めるのは二人の人物。


「「流石ブラザーズ参上!」」


 見事にハモった流石ブラザーズもとい流石兄弟は、シャッキーン!とポーズを組み替えた。


「「で、修羅場はいずこに?」」

「人ん家のドアぶっ壊しといて一言目がそれかよバカ野郎ども」


 しぃがいればドアくらい修復できるからって無茶苦茶しすぎだお前ら。


「ってあれ? しぃは?」


 いつの間にかしぃがいなくなってるぞ?おかしいな? さっきまで俺の隣にいたのに。


「しぃさんなら、お客さんが増えたわ~って言いながら台所にお茶淹れに行きましたけど」

「この状況で!?」


 どんだけマイペースなんだ彼女は……。いや、天然入ってるのは分かってたことなんだけどね。


「むむ? 見慣れない人物がいるぞ弟者」

「そうだな兄者」


 発言したイマリに流石兄弟が今更ながら気付いた。相変わらずポーズを決めながら。


 ちなみに荒ぶる鷹のポーズをしてる緑髪が君島流(きみしまながれ)こと兄者、蟷螂拳のようなポーズを取ってる水色髪が君島石(きみしませき)こと弟者である。


 弟者が眼光鋭く兄者を振り仰ぐ。


「もしや、情報にあった三角関係の一角では?」

「何? ではあれがギコの恋敵……。なるほど、なかなかの強敵のようだ」

「色々と待てお前ら」


 流石兄弟が来ること自体は知っていたからそれは問題ない。いや、問題は必ず起こるんだけどそれに関しちゃもう諦めてるからいいんだ。


 しかし、


「なんでお前らが修羅場がどうとかの情報を持ってやがる?」


 しかも色々と間違った認識で。


「何を言うギコよ」

「情報提供者がいるからに決まっているだろう」

「情報提供者? 誰だ?」


 そんな誤情報を流したのは。


 兄者と弟者の視線がすいと滑り、同じ方向を示す。二人の視線の先を追ってみれば……。


 携帯電話を片手にグッとサムズアップするフサがいた。


「お前かよ!!」


 ものすごくいい顔をしていて腹立たしいことこの上ないです。


「まだ懲りてねえのかお前は。それで、どこまでばら撒いたんだ?」


 返答によっちゃそのケータイ、逆間接で折りたたむぞこんにゃろう。


「まあまあ、怒るなって。安心しろ。流石兄弟にしか送ってねえから」

「本当か?」

「ああ、マジだ」


 そうか、こいつも流石に懲りたということか。最悪の事態にはなってないことに、俺は安心した。明日学校に行ったらクラスの連中の好奇の視線に晒された、なんてことになったら俺は立ち直る自信がない。


「心配性だなギコよ」

「どんな噂が流れようとも胸を張っていればいいではないか」

「そうだそうだー! 器が小さいぞギコー!」

「誰のせいだと思ってんだアホ兄弟。あとさりげなく混ざんな茶色」


 意地でもポーズを崩さない流石兄弟+ポージングに混じって悪態をつく茶色。いい加減に部屋ん中に入れよ恥ずかしいから。


「カ……カッコイイ……!」

「お前もこんなもんに目を輝かせるんじゃねえ!」


 むっちゃ混ざりたそうな顔して、イマリはアホ三人にキラキラした目を向けていた。こいつの美的センスは大丈夫なのだろうか。

 はあ、と俺が溜め息を吐くと、


「お茶が入ったよ~」


 しぃがのほほんとした声と共に台所から姿を現した。


 かくして、いつものメンバーが我が家に揃うことになったのであった。

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