ギコの受難②
俺の魂を込めた説得(所要時間30分)によって、なんとかしぃの誤解を解くことは成功した。
いやほんと、彼女が常識ある人でよかったです。
しぃは俺の隣の部屋に住んでいて、割と気軽に互いの部屋を訪ねる仲だ。そんな人間に妙な誤解をされたままでは、気まずいにもほどがあるだろう。
「お前、名前は?」
とりあえず最悪のパターンを回避した現在、再び場所は俺の部屋に戻る。
不法侵入少年はテーブルの前で恐縮して正座、しぃは台所でお茶を入れていて、少年の向かいに座った俺は 渋々、しょうがなく、非常に遺憾ながらも、彼の事情を訊いているというわけだ。
「あ、はい。イマリ、といいます」
イマリ。ふうん。なかなか個性的な名前だな。
「匿ってほしいっていうのは、一体どういうことだ?」
腕組みをして威圧感を醸し出しつつイマリに尋ねる。
「……これを見て下さい」
ちょっと躊躇したイマリは、神妙な口調とともに垂らしていた前髪を掻き上げた。露になった額の中央に、なにやら白くて小さな突起物が見える。
「お前それ……」
それは、どこからどう見ても角だった。もちろん普通の人間に角など生えているはずがない。
「まさか――」
思い至った事実に、俺の声が若干の震えを帯びる。
イマリも俺が何かを察したと気付いたらしく、緊張で身体を強張らせた。前髪で再び角を隠し、俺の言葉を待っている。
ごくりと生唾を飲み込んだ俺は、恐る恐る自分の予想を述べた。
「コスプレ?」
「違います」
光の速度で否定された。そりゃもうきっぱりと。俺のボケを躊躇なく切り落とすとは。こやつ、なかなかやりおるわ。
という冗談はこのくらいにするとして。
「じゃあ、何なんだその角」
「本物の角ですよ、これは」
そう言ってイマリは居住まいを正し、
「単刀直入に言います。僕は、世間一般でいう鬼と呼ばれる存在なんです」
相変わらず真面目くさった表情で、厳かに自身の正体を明かした。
テーブルを挟んで交錯する視線。
そして部屋を包む沈黙。
台所の方から、しぃの陽気な鼻歌が聞こえていた。
「それで?」
「え?」
疑われる、もしくは否定されると思っていたのだろう。平然と言葉を返すと、イマリは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
ぶっちゃけ、俺の周りには常識をどっかに置き忘れたような連中ばかりなので、俺の感覚もだいぶ麻痺しちゃってる感じなのだ。
だって、何もないところから光る剣を取り出す奴とか普通にいるし。いちいち心の底から驚いてたら身が持たないのである。
「それが俺の部屋に忍び込む理由にどうつながるんだ?」
「え、えぇっと……。今日が何の日か、覚えてますか?」
「今日?」
問われた俺は、壁に貼ってあるカレンダーに目をやった。
二月三日。
「節分の日だな」
言って、ん?と俺は首を傾げる。
鬼と節分。
節分と聞いて真っ先に思い浮かべるフレーズといえば、『鬼は外、福は内』だ。
「お前、もしかして追い出されたのか?」
「というより、追い出される前に逃げてきたんですけどね……」
俯いてしょぼくれるイマリ。まるでイタズラして叱られた子犬のようである。
「そうかい。まあ、とりあえず大まかな事情は分かったよ」
「分かってくれましたか!」
声を和らげる俺を、イマリは若干の期待を込めた目で見つめてくる。
「しかし! お前を泊めることは出来ん」
「そ、そんな……」
断言した俺は、床に置かれた買い物袋を引っ張ってきて、がさごそと中身を漁った。
菓子パン、ジュース、晩飯の食材。
そして、目当ての物を袋から取り出し、どんとテーブルに置く。取り出したのは袋詰めの大豆だ。
「残念だが、今夜ここで豆まきをやることはもう決定事項なのだよイマリ君」
テーブルに肘をつき、指を組んで目線をやや落とす、という権力者っぽいポーズで重々しく言ってみる俺。
この後、節分にかこつけて騒ぎたいだけの野郎どもが俺の部屋に集まってくることになっているのだ。
なぜ俺の部屋なのか、とかは尋ねるんじゃないぞ。数の暴力ってのは、俺一人抗ったところでどうにもならねえんだ。………多数決って卑怯だよなぁ(遠い目)。
一応は形だけでも豆まきをするだろうから、イマリを泊めることは出来そうにない。
「ということだ。巻き込まれないうちに――」
帰った方がいい、と続けようとして視線を上げると、テーブルの向かいにイマリの姿がない。
「……なにやってんだお前?」
見ると、イマリはいつの間にか部屋の隅っこに移動していた。壁に背を押し付けて小刻みに震えており、その視線はテーブル上の落花生に注がれている。
「……」
俺は大豆の詰まった袋を手に持ち、
「そぉい!」
ぽーんとイマリに向けて放り投げた。
「うっひゃあ!」
と悲鳴を上げてそれを避けたイマリは、即座に反対側の壁まで避難した。冷や汗を流してかたかた震える様はなんとも哀れである。俺が先ほど投げた袋を拾い上げると、びくっと肩を揺らした。
本気で豆が恐ろしいらしい。
いっそこれで追い出してやろうか、なんてことを考えながら、天敵を警戒する小動物のようになってしまったイマリと対峙していると。
「悲鳴みたいな声がしてたけど、どうしたの?」
お茶を淹れ終えたしぃが、お盆をもって台所から現れた。
全身マナーモード状態のイマリと、イマリにやたら警戒されている俺を見比べて、彼女は不思議そうに首を傾げた。
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