少女探偵
「初めまして、わたくし
そう言って握手を求められた教授はそれを返しながらも刑事の連れてきたお客様の幼さに唖然としている.......様な気がした。
「ど、どうも.......君が私に色々と質問したいと言う.......探偵ですか?」
そう言って教授は傍に立っている目の細いおっとりとした顔の男とその横の池照刑事に交互に目配せした。
「もちろん。その通りです.......私は唯のボディガードですのでお気になさらず」
そう言って恭しく一礼した
「早速ですけど、教授にお会いしたら聞きたい事があったので良いですか?.......あと、他のゼミ生の方々にも」
「.......え?....ええまぁ.......答えられる事であれば.......構わないよね?」
そう言って、笑顔.......らしきものを顔に浮かべると周りのゼミ生に振り返ってそう声を掛けた。
そこにいたゼミ生は口々に了解の意を表明した。
それを見て満足そうに頷いた少女は第一の質問を開始した。
「まず最初に教授のお話の中に度々サイコパスは人格的に破綻者では有るけれども優秀な頭脳を持っているというようなニュアンスの事が書かれているんですけど、これはどの様なエビデンスがあるのでしょう?」
「え?.......エビデンス?.......いや、そういう確かなものはないが......」
「そうですか.......私の考えではサイコパスというのはある種の病気の様なものでどんな人でも風邪をひく様にその人の能力には関係ないと思います」
「.......病気?」
「強いていうなら、どんなに過酷と思える環境であっても、時に冷静に自らの利益を優先する事ができるサイコパス的な冷徹さが理知的と勘違いされるかもしれません」
「.......なるほど」
「それと、羊たちの沈黙で登場する様な頭の良いサイコパスが有名になり過ぎたのも世間に誤解を与えた一因かと推察します」
「.......ま、そうかもしれないね。わたしも、そんなつもりで書いた気はないんだが、優秀な過去の偉人の中にサイコパスが居たかも知れないという前提の中で勘違いさせる表現があったのかもしれない」
「確かに、その洞察には一目置きましたがもうひとつ」
「なにかね?」
「サイコパスは死を恐れないという部分があるのですが.......」
「それも、おかしい?」
「はい.......教授自らがサイコパスは人間の中にある動物的な衝動に起因すると言ってますね」
「ええ.......まぁ」
「だとすると矛盾すると思うんです」
「なぜ?」
「動物は自殺しません」
「.......な」
「自殺しないどころか、自分が助かる為に子供を食べてしまう場合もあります」
「.......たしかにそういう事例もあるが」
「もちろん、種の存続という所から考えると母乳の出る母親が生き残った方がより生存確認が上がるという計算にはなりますが.......人間に置き換えるとサイコパスですね」
「.......そうなるね。しかし、やはり動物的な.......と言っても動物と人間では違うのではないかな?」
「動物は種の保存が第一目的ですが人間のサイコパスは自らの欲求が第一目的になりえるという事ですか?」
「まぁ.......そういうことだ。つまり、自らの欲求の為に命を投げ出す事も.......」
「それは考えづらいです」
「.......なぜ?」
「命が無くなればもう欲求を満たせないからです」
「.......なるほど」
「確かにサイコパスやサイコパス的な性格の強い人達のなかには一見みずからの命をぞんざいに扱っている様に見える事があります.......が」
「.......ちがうと?」
「はい.......とんでもないほどの精神的なタフさでギリギリまで自分の欲求を追いかけてるだけで、生を諦めてる訳ではないと思います」
「.......なるほど」
「冷たい海に投げ出されても、最後まで冷徹に自分が助かる方法を考えることが出来て、そのためにはどんな芝居も嘘も強靭な利己主義でやってのける.......サイコパスが生を諦めるのはおそらく死んだ後でしょう」
「.......まるで、君」
「なんでしょう?」
「見てきた様な事を言うんだね」
「.......すみません」
「いや、確かに.......君の言った可能性も十分に考察されるべきだとは.......思う」
教授は言葉を選びながらそう答えた。
「もうひとつサイコパスが命知らずの様に思われる要因があります」
「.......ほう」
「それは、圧倒的な自己肯定感。あるいわ楽観主義です」
「確かにサイコパスは戦場に出て活躍する人が多いというが、その多くは死を恐れないのではなく.......死ぬと思ってない、ということかな?」
「その通りです。戦地という危険な場所に行っても他の誰かが死んでも自分は特別なので死なないという確信がある」
「根拠の無い確信だね」
「確かに根拠はないですが、教授のおっしゃる動物的な感覚で考えると少し理解できます」
「ほう.......どのように?」
「例えば野生の動物が天敵に襲われて絶体絶命のピンチを迎えたとした場合を想定します」
「ふむ」
「そこで、足がすくんで動けなればほぼ生存は絶望的ですが、自分だけは特別に助かると考えると生存率があがります」
「.......なるほど。確かにそうだね」
「それゆえにサイコパスは何回も警察に捕まりそうになっても反省しません」
「捕まりそうになったという自己否定より、それでも捕まらなかったという自己肯定感が勝ってしまうからだね?」
「そうですね.......サイコパスにとって精神的なダメージというものがほぼ存在せず、どんな状況でも自分だけは大丈夫だという感覚と多幸感があると言われています」
「確かに.......あるいみ、自殺者を食い止めるにはサイコパスを見習う必要があるのかもしれないね」
「見習う.......ですか。確かに.......ところで、教授は多幸感を感じた事はありますか?」
「随分と直球だね.......まぁ、正直に答えると.......なくはないかな」
「..............やっぱり」
そう言うと、
高そうなワンピースがヒラリと舞い直ぐに元に戻った。
「今回の事件を難しくしているのは.......サイコパスという見えないロックが掛かっている事です」
少女は後ろをむいたまま、そう宣言した。
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