第二の証言


「教授のことですか?」


「はい、突然で申し訳ありませんけど、なにか噂話程度で構いませんので」


おなじ学内にあるレストランの外に設置されたプラスチック製の白いテーブルと椅子に座っている女学生の向い側の席に腰を降ろしながら先程の刑事が話を切り出した。


「そうですねぇ、あの通りちょっと変人ぽいところもあるんですけど三十代で教授になったほどですからそれも込みで女生徒からは高い人気がありますね」


「女学生に持てていたということですか?」


「はい」


「では、特定の誰かとお付き合いしていたとか言うことはありましたか?」


「え?いえ、特定の彼女っていうよりはもっと奔放な恋愛観をお持ちだとうかがってます」


「奔放なというと?」


「平たくいうと女性関係が忙しかったみたいです」


「そうなんですか」


「はい、そうみたいです。わりと悪くない顔ですし」


「あの、へんな事を聞きますけどあなたは教授の事をどう思ってました?」


「え?私?まさか!ありえません」


「なぜでしょう?同じゼミなら会う機会も多いでしょう?」


「私は彼が居ますから……同じゼミに」


「あ、なるほど。それは失礼しました」


「いえ」




「では事件のあった七月七日はやはり彼と一緒に居たのですか?」


「いえ、その日は彼にすっぽかされたんで同じ境遇の子と遊んでました」


「その子とお話できますか?」


「え?あ、ごめんなさい、名前を知ってるのかと思ってびっくりしました」


「え?」


「いえ、その子は園子そのこって言うんですよ、花園の園に子供の子です」


「なるほど」


「なんなら呼び出しましょうか?」


「え?良いんですか?」


「もちろんです。イケメンな刑事さんが居るって言えば必ず飛んで来ますよ」


そういって、重要参考人の教授と同じゼミ生の森居蘭は微笑んだ。



「それにしても……」


友人の園子を呼び出した後、森居蘭は思案顔で呟いた。


「なんでしょう?」


どんな小さな事でも聞いておきたいという様な姿勢で刑事が聞いた。


「あの教授に限って人をあやめるなんて…信じられません」


「なぜ、そう思えるんです?」


「それは……太宰治なんですよ」


「え?なにが?」


「ちょっと風貌が太宰治に似てると思いませんか?」


刑事は教授を思い出す事に成功したが太宰治がどんな風貌であったかを思い出すのに少し手間取った。


「あっ……言われてみれば…」


「でしょう!」


森居は共感してもらった嬉しさで声が大きくなった。


周りの数人の学生が一瞬立ち止まってこちらを見たので恥ずかしそうに体をすくめて小声で続けた。


「やっぱりそう思いますよね?」


「ええ……しかし、太宰治に似てるからと言って人を殺さない理由にはならないかと…」


刑事は淡々と返した。


「いえ。それがあるんです。あの風貌は偶然似てるって事じゃなかったとしたらどうですか?」


「はい?」


「つまり、わざと!似せていってるんですよ!」


森居蘭はまた少し興奮して声が大きくなりだした。


「まぁまぁ、落ち着いて……もしそうだとしても、やっぱり殺人を犯さない理由にはなりませんよ」


刑事は冷静に返す。


「信者なんです」


「え?」


「太宰治の」


「誰が?」


「教授に決まってるでしょう?」


「なるほど……それで?」


「つまり人間失格の信者」


「はい」


「つまり……自殺願望があるようなナルシストなんですよ」


「……なるほど…面白い」


「でしょう?」


刑事は自殺願望がある人間をナルシストといった森居の考えを面白いと言ったのだか敢えてそこは説明しなかった。





「…しかしだとしても殺人を犯さない理由にはなり得ませんよ」


刑事は興奮気味の森居を諭すように続けた。


「え?でも、自殺願望がある人が人を殺すなんてあり得ますか?」


「自殺願望と他殺願望はけっこう表裏一体なところがありますよ。自分を殺したいから無差別殺人をして死刑になりたいって奴もいますし……そういう人間の中には自己顕示欲と自殺願望と報復願望が全て叶ってしまう無差別殺人はとても都合が良い訳です……その犯人の願望実現の一旦をマスコミやらインターネットが加担してると言っても良いかもしれません。本まで出版してあげた人達も居ますしね」


森居蘭は目を点にして刑事を見ていた。


「どうしました?」


「いえ……刑事さん…まるで先生みたいだなって」


「そうですか?」


刑事は少し照れて痒くもない頬を掻いた。


「……で、でも!」


「はい、なんでしょう」


「今回は無差別殺人ではないですよね?」


「確かに」


「それに犯人は名乗り出てこない」


「はい」


「だとすると先程の刑事さんの言われたケースとは違ってくるかと思われませんか?」


「確かに違いますね」


森居は犯罪心理学のゼミ生としてなにか反証してみたい様だった。


「しかしだとしてもやっぱり殺人を犯さない理由にはなりません」


「なぜです?」


森居は納得いかないというよりは興味津々といった顔で聞いて来る。




刑事は女学生のキラキラとした目を正視できずに少し反らしながら応え始めた。


「ええと……つまりですね」


「はい」


「例えば本当に教授が太宰治の信者であり自殺願望があったとします」


森居はウンウンと首肯いた。


「もしそこで誰かと惹かれ合っていたとします」


「恋人ってことですか?」


「呼び方は自由ですがそんな誰かがいたとした場合どうするでしょう?」


「無理心中をする?」


「無理心中という線もありますがそれだと殺人になってしまいますね。この場合殺意がない証明ですので合意の元の心中と考えましょう」


「あ、そうでした」


「お互い合意の上の心中であった、ところが相手だけ死んでしまい自分が生き残ってしまった」


「……あぁ、なるほど」


「つまり殺人願望はなくても結果的に殺してしまうケースというのはあるんですよ」


森居蘭はなにやら腕組みをして深く頷いたあとに熱のこもった声で言った。


「流石は本職の刑事さんですね」


「いえ」


綺麗な女学生に、なにやら熱い視線でジッと見つめられると流石の刑事も少しばかり照れた。


堪らず目を泳がせるとその視線を遮る様な影が現れた。


「おまたせ」


鈴原園子であった。






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