第1の証言
西湖学園の中庭を一人の学生と一人の刑事が並んで歩いていた。
都内の一等地に構えているそのキャンパスには珍しく多くの植樹がされており、それらの新緑が実際の日差しを遮る効果と同時に目にする人々の精神的な清涼感をもたらしていた。
「教授の評判ですか?もちろんよいですよ。話も面白いですし授業もわかりやすいですし」
「そうなんですか」
学生の言葉に淡白に応える刑事。
「だれか特別に親しい人はいませんか?どうもイマイチ教授の交遊関係が不明瞭でしてね」
「特別に親しい人ですか?それは聞いたことがないですね。教授は誰にも平等で贔屓することもない。それが人気の一端でもありますからね」
「なるほど」
「だから逆に誰かをとりわけ憎むなんて事もなかったと思いますよ」
「そうですか」
「それに先程も言ったとおり教授にはアリバイがあります」
「一昨日の午後九時から深夜にかけて教授といたと言うのは本当なんですか?」
「もちろんです」
そう言って中岡は男子学生にしては長めの髪をかきあげる様な仕草をすると
「まぁ、偶然ですけどね」
と付け加えた。
「なぜそんな時間に教授と?」
「え?卒論を見てもらってたんですよ」
「卒論ですか、そんな遅い時間に?」
「はい、教授はいつも喜んで見てくれますよ」
刑事はなるほどと頷きながらも何かちょっとした違和感を覚えた。
「あの、変な事を聞く様ですが……彼女などはいらっしゃらないので?」
「え?それは、私がということですか?それとも教授のことですか?」
「どちらもです」
「たしかに居ませんけどなぜそんな質問をするんです?」
「いえ、そんなに深い意味はないんですよ。何となくその日は近くで花火大会があったのでそちらに参加する人が多いかなと思いまして……特に決まった相手が居た場合ですが」
「はぁ……七夕花火大会の事ですか?残念ながらそういうイベントにはあまり参加するタチじゃないのでね。何が面白いんですかね?ま、刑事さんの言う決まった相手でもいれば別なんでしょうけどねぇ」
そういって中岡は不貞腐れた様に言った後、何かに気がついた顔をした。そして
「あ、でも……教授がどうかはわかりませんよ。もし居たとしたら教授には悪いことをしましたね」
と付け加えた。
「そうですか、話がズレてしまいましたね。すみません」
そういって刑事は少し愛想笑いをした。
「あ、そういえば、小耳に挟んだのですが。教授が自らサイコパスであるかの様な事を言ったという噂があるんですが」
刑事は思い出した様に話題を変えた。
「サイコパス.......あぁ、講義の事ですか?」
「講義?」
「ええ、それはおそらく大学教授の行ってるサイコパス講義の話でしょう.......知らない人が聞くと誤解されてしまいますね」
「えーと、つまり、講義の最中に自分からカミングアウトされた.......?」
「いえ、全然違います!」
中岡は少し怒ったように言うと、ヤレヤレといった仕草をした。
「大学教授の講義は内容が砕けてるというか.......語りかけたり考えさせるタイプなので態と聴衆の興味を引くような言い回しをするんです」
「ほう.......つまり、なんらかの.......」
「ジョークですよ」
「なるほど」
「おそらく、犯罪心理学を専攻される前は行動心理学なども研究されてらしたらしいですからその辺のロジックも使われているのかと」
「なるほどねぇ、ロジックですか」
「いや、本当に.......確かにあの通り表情に乏しくて掴みどころの無い性格ですけど、講義の面白さには学内外から定評があるんです。たまに、一見して学生ではないとわかる人も聴きに来てますし」
「学生以外の人が講義を受けれるんですか?」
「ええ、うちの大学は
「それはすばらしい」
「まあ、受講態度によっては摘まみ出されますけどね」
「なるほど」
「まぁ、そんな訳でその発言も教授のユーモアの一端で、直に受講していれば誰でもその事はわかりますよ」
「ふむ。そうですか……わかりました、長々とありがとうございます」
「いえ、また気になる事がありましたら何時でもどうぞ、教授の身の潔白なら喜んで証言しますから」
「それはどうも。中岡さんは教授のゼミ生でもあるんですよね?」
「はい、そうです」
「つまり専攻は……なんでしたっけ?」
「犯罪心理学です」
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