第30話 世界への反逆
屋敷へと戻ってくる。
そして俺たち三人が扉を開けると、ルーナ先輩が飛び出してくる。
「アイリス様ッ!! それにみんなも! 無事だったのねッ!!」
思い切りアイリス王女に抱きつくが、彼女がスッと手を掲げるとルーナ先輩は気を失ってしまう。だらんと体から力が抜け、まるで抜け殻のようだった。
そしてアイリス王女はバルツさんに告げる。
「バルツ。話は私がするから、ルーナを連れていってあげて」
「かしこまりました」
バルツさんは気を失ったルーナ先輩を屋敷の中へと連れていく。その姿を俺はじっと見つめる。
はっきり言って、まだ彼女たちの立ち位置がわからない。
ルーナ先輩をここで気絶させたということは、話を聞かせたくないということ。つまりは今回の件はアイリス王女とバルツさんのみが独自に動いていたのか……と推測する。
「……ルーナ先輩は大丈夫なのですか?」
「えぇ。魔法を使って、ちょっと
「そうですか……」
特に続けて何かを言うことはなかった。
現在のアイリス王女の雰囲気は、今までのものとはかけ離れている。
明るくて天真爛漫な人間。たとえ魔剣と一体化しているとしても、毅然と振る舞うことのできる精神力を持っている……と俺は評していた。
王国に密入国を繰り返していた二年前から、アイリス王女には目をつけていた。
噂をかき集め、入念に準備をした。もちろん博打的な部分はあったが、それでも何とか目的を成し遂げることができると思っていた。
グッと右手をにぎしめる。改めて妖刀を展開できるだけの準備はしておく。
すぐに戦闘になっても戦えるように。
「さ、入って」
「失礼します」
いつものように一礼をして、俺はアイリス王女の自室へと入っていく。幾度となく入ったことのある部屋だが、今日はやはりいつもと違う感情を持って入室する。
それと同時に──アイリス王女が冷然と告げる。
「
その右手にはいつの間にか真っ白な剣が握られていた。サイズとして分類するならば、
その漆黒の中には禍々しい緋色の
俺もまた妖刀を有しているため、ある程度はその耐性がある。しかしこれは、俺が今まで経験した中で最も禍々しい
「──ふふ。ようこそ、私の世界へ。サクヤ」
その表情は楽しそうなものに思えるが、どこか冷たいものに見えた。
周囲の世界は死の匂いで満ちている。彼女を中心として顕現する人間のような存在。それは赤黒く染まっており、ドロドロと何かを滴らせていた。また出血でもしているのか、溢れ出る鮮血はあまりにも生々しい。
この空間は【魔剣──
あまりにも凄惨な景色に俺は息を飲むが、妖刀を展開することはなかった。それは、アイリス王女から敵対の意志を感じていないからだ。
おそらくは攻撃するのならば、すでにもうしているはずだ。つまり彼女が何をしたのか、それは……。
──試している? それとも、この世界を俺に見せたいだけなのか。
そう考えていると、アイリス王女がニコリと微笑みながら話しかけてくる。
「どう、私の世界は?」
「……あまりにも死の匂いに満ちています」
「そう。この世界は死を具現化した場所。これを展開した時点で、普通の人間なら発狂して死ぬわ。これを耐えることのできる人間は、【
スカートを翻して、彼女は告げる。俺に宿る、その秘密を。
「あなた、生きているけど生きてないでしょう? 厳密には時が停止している、というべきかしら?」
「……」
正直に話してしまっていいのか、迷う。そうして考えていると、アイリス王女は後ろに手を組みながら俺の前を歩き始める。
「警戒しているのも、無理はないわね。でも分かって欲しいの。私はずっと、あなたを待っていたのだから」
「待っていた、ですか?」
「口調は今は別にいいわよ。フランクいきましょう?」
そう言われるので俺は率直に尋ねてみることにした。
「……俺のことを知っていたのか?」
「えぇ。二年前に【
流石にその時から把握されていたとは考えておらず、少しだけ驚いた表情を浮かべてしまう。
そしてアイリス王女は話を続ける。
「あなたが私のことを探っていたように、私もあなたのことを探っていた。だから今までずっと試したのよ。あなたが本当に使える人間かどうか、ね」
その言葉を聞いて得心する。俺は入念に準備をして、彼女の護衛として雇われたと思い込んでいた。しかしそれは、全て彼女が準備したことなのだ。利用するつもりが、逆に利用されていたということか。
今回ばかりは、素直に認めるしかないだろう。俺は彼女の掌の上で踊らされていたと。おそらく、王国にあった噂は故意に操作していると見た方がいいだろう。
全てはきっと、この瞬間のために彼女も二年前から準備していたのだ。
「……俺がすんなりと受け入れられたのは、そのためか」
「えぇ。普通に考えて、あなたのような出会ったばかりの人を護衛に雇うわけがないでしょう? だからこそ、噂を流して待っていたの。サクヤがやって来るのを」
その瞳はあまりにも冷たい。
じっと俺の双眸を射抜くようにして、彼女はピタリと静止する。
「それで今回の件で確信したわ。あなたと私の目的は同じだと」
今回の件、というのは俺がベルターと戦うことを意味しているのだろう。つまるところ、俺は全てアイリス王女の掌で転がされていたということだ。
認めるしかなかった。ここまで来てしまえば、俺の計画は全て筒抜けであったと。それを理解した上で、改めて問いかける。
「俺の目的を分かっているのか?」
「そうね。あなたはただ、私利私欲のために【
俺の体には一族全ての人間の魂が宿っている。そして千年の時を超えるために、この体の時間はすでに停止している。たとえ心臓に刃を突き刺されようとも、俺が死ぬことはない。
俺が死ぬのは、この世界から全ての【
「どうやら、本当に分かっているようだな」
「単刀直入に言うわ。あなたの目的は、この世界からすべての【
問いかけてくる。
その問いに対して、なんの躊躇いもなく俺は答えた。
「そうだ。俺の、俺たちの一族の悲願はこの世界から全ての【
「やっぱり同じ。私の目的も【
「なるほどな。おおよその目的は理解できた。それで、俺を今後も利用しようということか?」
アイリス王女が言いたいことは、おそらくは協力関係だろう。だからこそ俺は敢えてそのような言葉を言った。
仮に協力するとしても、それは利害関係で成り立つものだ。決して情などに
俺には一族全ての悲願が宿っているのだから。
時雨一族の無念、怨念、意志を継いでいるからこそ選択を誤ってはいけない。
「そうよ。その代わり、こちらも情報を提供するわ。それに私は【
──どうやら、あの探りもバレていたようだな。
内心でそう考えるが、悪い話ではなかった。もともと、彼女の【
しかし、アイリス王女と組めば動きやすくなるのは間違いなかった。それに学生という身分も動きやすいしな。何よりも自由な時間が多いのが魅力的だ。
「他の【
「【魔剣使い】に関しては、ベルターしか知らないわね。ただし、魔剣側が
「……」
「私の【魔剣──
どうやらそのことも含めて、彼女は多くのことを把握しているようだった。
「あぁ。俺はすでに全ての妖刀を保持している。五本の妖刀は全て俺の支配下にある」
「それで、今回の件で魔剣を一本回収。私の魔剣もあるから、残り七本の聖剣と五本の魔剣を集めればいいだけ。どう? 悪い話ではないでしょう?」
「……」
俺も知らない情報を彼女は持っている。それは純粋に今後絶対に必要となるものだろう。
俺が相手をするべきなのは、【
それでも戦うつもりだったが、彼女の協力があればさらにそれは容易になるだろう。
【聖剣使い】と【魔剣使い】。それぞれが組織を作り上げて戦っているのは、ある種当然のことだ。
もちろん俺複数の【
ならば俺が取る選択は──
「分かった。協力関係になることを認めよう」
「ふふ。サクヤならきっと、そう言ってくれると思っていたわ」
スッと手を伸ばしてくるアイリス。この手を握った瞬間、始まってしまう。
それは予感だった。
しかし、もう俺に後に戻るという選択肢はなかった。彼女と共にこの世界に反逆する。それこそがきっと、一族の悲願に繋がっているのだと信じて──俺は……いや、俺たちは進んでいく。
「これからよろしくね。サクヤ」
「こちらこそ、よろしく頼む。アイリス」
力強い握手を交わす。
始まり。
これはまだ、始まりに過ぎない。
聖剣、魔剣、妖刀。
この世界に残存する【
今はまだその序章に過ぎなかった──。
†
第一章 原初の刀剣──トリニティ── 終
第二章 破滅の
・あとがき
というわけで一章終了です。いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんでもらえたのなら幸いです。
実は本作はポイントが伸び悩んでいたので、一章で打ち切り完結させようかな……と思っていました。しかし、まだ物語もこれからということで更新頻度は落ちますが、頑張って続けてみようと思っております。まぁ私も不完全燃焼なので……(笑。
また、応援してくれる方もいるようなので!(本当にありがとうございます……!)
また、もしここまでの物語が少しでも面白いと思った方は、是非ページ下部の【★で称える】から、応援していただければ嬉しいです。一人最大★を三つまで入れることができます。
本当に皆様の応援が大きな励みになりますので、是非ともよろしくお願いいたします!
それではまた二章で!
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