第21話 予兆



 入学して学院にも慣れてきた頃。


 学生たちにやってくるのは……中間試験だった。


 中間試験。それは今まで学習した範囲をテストするというものであり、一年生たちは初めてのテストということもあり緊張感に包まれている。


 そんな中、アイリス王女と俺は一心不乱に勉学に励んでいた。


 図書室で勉強をしているのだが、そこにはルーナ先輩もいた。彼女は俺たちの勉強の進度を確認するために、放課後にこの図書室にやってきて欲しいと言ったのだ。


 この王立フレイディル学院は、かなり広い。王国の中央にあるというのに、その広大な土地はこの学院がそれだけ特別ということを意味している。


 図書室もまた、もはや図書館と形容した方がいいくらいだ。


「……」

「……」

「ほら、サクヤ。そこ間違っているわよ」

「あ。すみません」


 消しゴムで指摘された箇所を消す。そして新しい数式を展開していく。指摘されたことで自分の間違いをしっかりと認識し、俺はすぐに正しい答えを導き出すことができた。


「うん。それでいいんじゃない」

「なるほど。やっぱり、ルーナ先輩はとても聡明ですね」

「ほ、褒めても何も出ないわよ……っ?」


 くるくると髪を人差し指に巻き付ける。顔も少しだけ朱色に染まっており、照れているのは明らかだった。



「二人とも、仲が良さそうね……」



 じっと目を細めてアイリス王女は、そんな俺たちの様子を窺う。


「思ったけど、ルーナってば最初はサクヤにすごーく厳しかったのに、今はとっても甘いわよね……」

「そ、そんなことはありませんっ! それに、アイリス様が見ていないところで、厳しくしているんですっ!」


 嘘である。


 最近のルーナ先輩は完全に甘い。それはただ甘やかしているわけではないのだが、俺に対して厳しさもあるが優しさもあるというか。


 ともかく、以前よりも俺に対しての接し方が変わってきているのは間違いなかった。


「そうなのサクヤ?」


 アイリス王女によるついきゅう。


 それに対して、俺はどのように動くのか。


「……」


 まずはすぐに応えることはない。ただ、隣にいるルーナ先輩がギュッと机の下で手の甲をつねるのだ。


 それに視線で訴えかけてくる。


 ──正直答えたら、許さないわよ……?


 と。


 冷や汗が流れる。それに、俺は気がつけば二人にギュッと挟み込まれるような形になっていた。


 ぐぐぐと迫ってきて、サクヤに対して圧力をかけるルーナ先輩。それに対して、ニコニコと微笑みながら彼の横顔を見つめるアイリス王女。


 選択肢。


 ここで選択を誤れば、何かが終わってしまうと。主に、今後の俺に対するルーナ先輩の扱い的なものだが。


 そこで俺は、圧力に屈することにした。


「はい。アイリス様が見ていないところでは、厳しくご指導いただいています」

「そうなの?」

「はい」


 毅然とした態度で、さらっと嘘をつく。しかし、背に腹は変えられない。こればかりは、アイリス王女に嘘をつくしかないという結論に至ったのだ。


 実際のところは、アイリス王女が見ていないところでも割とルーナ先輩は優しく接しているのだが。


「ふ〜ん。ま、そういうことにしておきましょ」

「はいはい。アイリス様。早く勉強に戻ってください。正直なところ、サクヤは言語の問題があるだけで頭はいいです。アイリス様よりも、良い点数を取ると思いますよ?」

「え……っ!? そんなに!?」


 焦る。


 実は知っているのだが、アイリス王女は夜は読書をしているも、その間に夜食を食べたりなど自由奔放なのだ。


 その一方で俺は勉強に励んでいたので、少しずつ差が縮まって来ている……というところだ。


「が、頑張るわっ! サクヤに負けないようにっ!」


 そう言うと、アイリス王女は再びノートへと視線を向ける。そして彼女もまた、問題に熱心に取り組むのだった。


「どうやら、アイリス様は負けたくないみたいね。サクヤも頑張りなさいよ」

「ははは……頑張ります」


 その後。三人は熱心に勉強に取り組むのだった。



 †



 深夜。


 屋敷の自室で、俺はノートに今まで自分が手に入れた情報を整理していた。



「……さて、どうすべきか」



 俺がこの王国にやってきた目的。さらには、アイリスの護衛になった目的。それらを考慮して、今後はどのように立ち振る舞っていくべきなのか。


 一人でそれを考える。


 俺にはもう、頼れる仲間いない。


 時雨一族の生き残りはもう……俺しかいないのだから。


 俺が抱いているのは、一族の悲願を達成するという使命。



「サクヤ、まだ起きてるの?」



 ノックの音がする。ノートを千切ると、魔法で一気に燃やして跡形もなくその紙を消失させる。


 扉の方へと向かうと、ルーナ先輩と向かう合う。



「すみません。明かりが漏れていましたか?」

「うん。ちょっとね。前から気がついてたけど、邪魔するのも悪いかなって思ってたけど……大丈夫、無理してない?」

「はい。大丈夫ですよ」

「そう、それならいいけど。体調は崩さないようにね。そ・れ・と──」


 人差し指を立てると、彼女は優しい声音で告げる。


「あんまり無理しなくてもいいのよ? あなたは十分に頑張っているのは、知っているんだから」

「──ッ」


 声を漏らさないように、表情かおにでないように、極めて冷静になるように努める。だが、この拳は痛いほどに握り締められていた。


「ありがとうございます。今日はもう、寝ることにしますね」

「えぇ。しっかりと休んでね」

「はい……」


 扉を閉じる。


 ルーナ先輩の足音が遠ざかっていく。その音が完全に聞こえなくなると、扉にもたれかかるようにしてその場に座り込む。


 そして俺は、天井を仰ぐようにして見つめる。


「俺は……」


 ボソリと呟く。


 この王国に来るまでは、どんな手段を持ってもその悲願を果たすと決めていた。それがたとえ、誰かを騙すことになったとしても。


 しかし俺には、確かな良心が残っていた。残ってしまっていた。


 非情になるべきなのは、分かっている。理性の部分では、アイリス王女、ルーナ先輩、バルツさんを騙し続ければいいと理解はしている。それに、仮にバレてしまってもいなくなってしまえばいい。


 別にこの屋敷にいることが絶対条件ではないのだから。



「揺らぐな。俺は絶対に……」



 成し遂げるのだ、と言い聞かせる。


 だがどうしても、この屋敷の人の暖かさを思い出してしまうのだ。東洋からやってきた自分を受け入れてくれた。はっきり言って、こんなに上手くいくとは思っていなかった。


 いやむしろ、上手くいき過ぎている。


 それが逆に、俺の心を追い込んでいたのだ。


「……大丈夫だ。俺は、やれる」


 再び机に向かう。座り込むと、ノート開いて改めて今の情報を整理する。



聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ

彷徨亡霊レヴナント

原初の刀剣トリニティ



 それらの情報を、ノートに書き込んでいくとじっとそれを見つめる。


 すでに【原初の刀剣使いトリニティホルダー】による戦いは始まっている。ここ数日の間に起こっている彷徨亡霊レヴナントの動きは、その予兆だと俺は分析していた。


 【聖薔薇騎士団ハイリッヒローゼンナイツ】だけではない、別の存在が動いている……と俺はすでに予想していた。


 あとはどのように盤面を運んでいくのか。それを考え込むと、結局朝まで起きているのだった。


 【原初の刀剣使いトリニティホルダー】による戦いが本格化するまで、時間はもうあまり残されてはいないのだろう。



 



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