第23話 異変の始まり
今日は見渡す限りの曇り空だった。
王国は地形的な理由もあって、曇り空であることが多い。晴れは決して珍しいわけでもないのだが、どちらかといえば曇りの日の方が多いのだ。
今日の空は曇り模様だが、その色はいつもよりも暗く濃いものになっている。
大雨が来そうなことは自明だった。
「あーあ。今日は雨が降りそうね」
「そうですね。傘はアイリス様の分も持ってきていますので、大丈夫ですよ」
「えー、別に一本でもいいんじゃない?」
「どうしてですか?」
早朝。通学途中で俺たち会話をしながら歩みを進めていた。
そして、アイリス王女はピタッと俺に寄り添うのだった。その肩を俺の体に押し付けるような形で。
「だって、こうしてぴったりとくっつけるでしょ? それに私、相合傘ってちょっと憧れだったの」
「からかうのはお止めください」
そう言って、俺はスッと距離を取る。するとアイリス王女は、むぅ……と頬を膨らませるのだった。
「もうっ! 最近のサクヤはなんだか私に冷たいと思うの。改善を求めますっ!」
「……えっと。具体的には?」
付き合いは短いが、ほとんど一日を一緒に過ごしているということもあって、俺たちの距離感はかなり近くなっている。
内心で少し面倒だな……と思うがいつものように接する。
「う〜ん。もっと私に甘くする、とか?」
「はぁ。でも、ルーナ先輩にはアイリス様を甘やかすなと言われているんですが」
「が、がーん! いつの間にそんな教育がっ!!?」
大袈裟に頭を抱える。
もっとも、彼女の普段の言動を見ればあまり甘やかすと調子に乗ってしまうので、今ぐらいのバランスがちょうどいいと思っているが……。
「でもそうですね。ルーナ先輩は厳しいので、自分がバランスを取りましょう」
「本当っ!?」
キラキラと輝くような瞳で、じっと俺のことを見つめる。
「はい。具体的には、帰り道に少し買い物するくらいでしたら」
「やったーっ! じゃあ今日は、放課後に二人でデートに行きましょうっ!」
「デートですか?」
「うん。男女が二人でお出かけするのは、デートって言うのよ!」
「そうですか……」
その言葉に対して何か思うところがあるが、俺は少しだけ考えるような素振りを見せてすぐにそれに答える。
「分かりました。あまり遅くならないように、気をつけましょう」
「やったーっ!」
と、話をしている間にもポツポツと雨が降ってくる。
すでに学院の目の前まで来ていたので、そのまま走って校舎の中へと入っていくのだった。
「はぁ……結局、物凄い雨になっちゃったわねぇ」
「そうですね」
大雨。それはまるで、バケツをひっくり返したかのような土砂降り。
昼休みになった今は、いつものように屋上が使えないので空き教室で昼食を取っていた。
「それにしても、最近はサクヤの噂もあんまり聞かなくなったかもね」
「そうですね。むしろ、今の話題になっているのは──」
「
「噂でも、また行方不明者が出たとか」
その噂が途絶えることはない。それは不安もあるのか、学院ではここ最近絶えず
それに加えて、行方不明者が出ていると言う噂もある。
この王国に暮らす生徒たちが怖がってしまうのも、無理はなかった。
「しかし、【
「そうね。【
「何か懸念が?」
アイリス王女の表情は、少しだけ真剣味を帯びていた。そして彼女は、自分の胸中を吐露する。
「いえ。これは予感なのだけれど、何か起こる前触れのような気がして」
「前触れ、ですか」
「えぇ。でも、私のただの直感だから気にしないで」
そして俺たちは昼食を終えると、そこにはちょうどルーナ先輩がやってくるのだった。
「サクヤ、ちょっと話いい?」
「はい。なんでしょうか」
「今日はちょうど、あなたの
「あ……そうでしたね」
チラッと隣にいるアイリス王女を見ると、彼女も口に手を当ててすっかり忘れていたという表情をしていた。
「放課後は私がアイリス様と一緒に戻るから、サクヤが受け取りに行って。支払いは前払いで済ませてあるから」
「分かりました」
昼休みが終わる間近なので、ルーナ先輩は用件だけ伝えると足早に教室へと戻っていく。そこに残された俺たちは、残念そうに言葉を漏らす。
「あーあ。今日の放課後は、デートの予定だったのになぁ……」
「でも、今日は大雨だったのでちょうど良かったのかもしれません」
「ま、それはそうかもね。また晴れの日に、デートしましょ?」
「はい。分かりました」
†
放課後になった。
サクヤはルーナにアイリスのことを預けると、すぐにグレンのいる鍛冶屋へと向かった。この大雨だが、受け取るなら早くしたほうがいいと言うことでルーナは彼に言ってくるように提案したのだ。
現在は、ルーナとアイリスの二人で屋敷へと戻っている最中。
「なんだか、ルーナとこうして二人でいるのは久しぶりな気がするわね」
「そうですね。サクヤが来る前は、ずっと一緒にいましたが今は彼の方が一緒にいる時間は長いかもですね」
「そうね。あ! そういえば、ルーナはサクヤこと、どう思ってるの?」
「は、はぁ……っ!?」
明らかに動揺している。傘を持つ手が少しだけぐらつくが、すぐに冷静になるように努める。
「べ、別にサクヤはただの同僚で、後輩です。最近はちょっとその……良いやつだなとは思いますけど、それ以上のことは考えていませんっ!」
「へぇ……そうなのねぇ……」
ニヤニヤと笑いながら、顔を赤くしているルーナを見つめる。主人のアイリスとしては、ここ最近は特に二人の仲が良くなっているのを感じ取っているのだ。
だからこそ、二人きりの時に追求してみたが予想以上に面白う反応が返ってきたようだった。
「アイリス様こそ、サクヤのことを気に入っているようですが?」
と、逆にルーナも同じように攻めてみることにした。彼女もまた、アイリスが少しだけ恥ずかしがるに違いない……と思っていたが、それは違った。
その場に立ち止まると、アイリスはただ呆然と虚空を見つめる。
「アイリス様? どうかしたのですか?」
様子がおかしいと言うことで、すぐに側に近寄る。
「いえ。サクヤのことは気に入っていますよ。えぇ、本当に彼は優秀ですよね」
いつものような笑顔はなかった。それは、無表情でまるで感情の宿っていない人形のようだった。
このようなアイリスを見たルーナは、一体どうしたのかと驚いてしまう。
それと同時に、彼女たちに近づいてくる存在がいた。この大雨の中を、悠然と進んでくるその人間は──かかりつけの医者である、ベルターだった。
この大雨にもかかわらず、スーツにシルクハットを着用していた。
「ベルターさん? 今日は定期検診の日でしたか?」
「ルーナ=シャレットさん。ご無沙汰しております。そうですね、今日は定期検診の日ですよ」
「え……でも、まだ一ヶ月……経って、な……い……?」
暗転。
その視界が回転すると、気がつけば彼女は地面に寝転がっていた。水溜りに体を落とし、そのまま雨に濡れ続ける。
無残にも転がっていく傘は、その役を果てしていない。
「ルーナっ!!?」
と、大声を上げるが次の瞬間にはアイリスも同じように気を失ってしまった。
そこに残るのは、ただ笑みを浮かべるベルターのみ。そして彼は、アイリスだけを抱えるとそのまま闇の中に消えるようにして大雨の中を進んでいくのだった。
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