第18話 偏屈な鍛冶師


 三人で向かう先は、中央機関塔セントラルタワーからそれほど遠くはない。ただし、その場所は目立つようなところではなかった。


「あれ、こっちだったかしら」

「どうかしたんですか?」

「ちょっと道が」


 もらった地図を見ながらルーナ先輩が唸っていたので、俺はそれを確認するとすぐに目的地を把握する。


「ルーナ先輩。こっちですよ」

「え……分かるの?」

「えぇ。地形を覚えるのは得意なんです」

「まだ王国にきて一年くらいでしょ? すごいわね」

「ははは。そうかもしれませんね」


 そして三人で進んでいくと、目的地があるのはどうやら路地裏のようだった。

「路地裏ですね」

「本当ね。一見すると、お店があるとは思えないわね」

「とりあえず行ってみましょう」


 しかし、その心配は杞憂だった。


「大丈夫よっ! とりあえず、みんなで行ってみましょう! みんなで行けば怖くないわよっ! ふんふ〜ん♪」


 相変わらず機嫌がいいのか、アイリス王女は再び鼻歌を刻み始める。そんな彼女の様子を見て、ルーナ先輩は少しだけ微笑む。


「なんだか、あそこまで上機嫌なアイリス様は久しぶりに見たかも」

「そうなんですか?」

「サクヤはまだ半年程度しか一緒にいないしね。アイリス様はいつも明るく振る舞ってるけど、きっと辛い時もあるはずなのに……」


 それが意味しているのは、呪われた聖王女カースド・プリンセスのことだろう。すでに、【魔剣──死の白剣タナトス】は聖女の力で完全に封じているというのに、敬遠される始末。


 今も道ゆく人たちは、アイリス王女だと気がつくとソッと目を逸らす者もいる。


「でもね。サクヤが来てから、アイリス様は本当に楽しそうなの」

「それは……そうだと、嬉しいのですが」

「ふふ。その、私も──」


 何かを言いかけたが、先に進んでいるアイリス王女が後ろを振り向くと大きな声を上げる。


「おーい! 二人とも遅いよーっ! はやく、はやくーっ!」

「もう。今日は本当にご機嫌なんだから」

「ははは……」


 そうして二人は小走りでアイリスの元へと向かっていくのだった。



「暗いわね」

「そうですね」

「でもなんだか、ドキドキしないっ!?」

「それはアイリス様だけです」

「えーっ!? ルーナにはこの冒険心が理解できないのね……っ!」


 俺たちが辿り着いたのは、先ほど話していた路地裏だった。建物が入り組んでいるのは当然だが、この道はかなり細い。そもそも、道として機能しているかも怪しいところである。


 微かに光は入ってくるが、それでも暗いことに変わりはない。それに、湿度も高いのかじめじめとしている。


「あったわ……」


 発見したのは、扉だった。そこには、【鍛冶屋グレン】という札がかかっていた。


「グレン。ここの店主らしいけど、間違いないわね」

「それでは入りましょうか」

「なんだかワクワクするわねっ!」


 ルーナ先輩が先頭で室内へと入っていく。扉を開けると、カランカランと小さなベルの音が響く。


 路地裏と同様に薄暗い場所だった。明かりは灯っているが、それは必要最低限。逆にそれがここの雰囲気を独特なものにしていた。


「すみません。誰かいませんか?」


 凛としたルーナ先輩の声が響くが、誰も反応はしない。その一方で、俺とアイリス王女は壁に展示されている魔法剣ウォンドを見つめていた。


「見てみて、サクヤ! すっごくキラキラしてるわね!」

「はい。一目見ただけでも、その切れ味がわかるようです」

「こっちは真っ黒な魔法剣ウォンド! 禍々しいオーラが見えるようだわ!」

「うーむ。材質は何からできているんでしょうか」


 そうしていると、奥の方からドスン、ドスンと大きな音が聞こえてくる。それは間違いなく、人の足音だった。そして中から出てきたのは──。



「客か……?」



 ドワーフ。ゴーグルを頭につけ、作業服は油と炭で所々黒い。あごに蓄えた髭はかなりの量だ。身長はドワーフということもあり、俺たちの半分程度。


 しかし、そのドワーフには圧倒的な迫力があった。それは鍛え抜かれた筋肉がそう見せているのだろう。


「はい。グレンさんでよろしいですか?」

「……あぁ」


 返事は簡素。おおよそ、客商売をするような接客ではない。だが求めているのは接客というサービスではなく、要求された魔法剣ウォンドを作ることができるかである。


 特に気にすることなく、ルーナ先輩は話を続ける。


魔法剣ウォンド特別生産受注オーダーメイドをお願いしたいんです」

「ほぅ……それならば、中央機関塔セントラルタワーに行くがよい。あそこには腕利きの鍛冶師スミス がおる」


 ボソッと呟くようして吐き捨てるグレン。彼は別に何がなんでも客が欲しいというわけではないのだろうか。


 だからこその無愛想な態度、ということか? もっとも、態度はそれほど大きくは変化しないのだが。


「私たちが欲しいのは、耐久性の高い魔法剣ウォンドなんです。魔力が百以上でも壊れないくらいの」


 その言葉を聞いた瞬間、彼は大きく目を見開く。


「……魔力が百以上でも壊れない、じゃと?」

「はい」

「お主が使うのか?」

「いえ。彼です」


 促されるようにして俺はグレンさんの前に出てくる。そして、丁寧に一礼をすると自己紹介をする。


「シグレ=サクヤと申します」

「……ふむ。手と体を見せてみい」

「え?」


 俺の許可を取る前に、彼はぺたぺたと体を触り始める。まずはその両手から。


「ふむ……異常な魔力を持っておる」

「分かるんですか?」

「わしにはな。で、体つきも見ようかの」

「はい」


 近くにあった椅子に座ると、グレンさんはさらに俺の肉体を確認していく。どこにどの程度筋肉がついているのか。また、その質はどの程度なのか。様々なことを確認していく。


「……なるほど、の。どうやら伊達や酔狂で特別生産受注オーダーメイドにきたわけではないと」

「はい。もし良ければ、お願いできませんか?」


 俺の言葉に対して、グレンさんが返したのは──


「条件付きで、許可しよう」

「その条件とは?」

「……作った魔法剣ウォンドのメンテナンスに定期的に来い」


 それには俺だけではなく、三人ともに唖然としてしまう。


「えっと。それだけでいいのですか?」

「ばっかもんッ! それだけとはなんじゃッ! 今時、魔法剣ウォンドを整備しないもんが多すぎるっ! こちらも魂を込めて作っとるんじゃ。それくらい当然であろう」

「わ、分かりました」


 その後。詳しい金額の話はルーナ先輩がすることになった。アイリス王女は莫大な財産を持っているとはいえ、管理しているのはルーナ先輩である。彼女としても、アイリス王女に任せていては大変なことになるからと思っているからということらしい。


 もちろんアイリス王女もまた、ルーナを先輩信用して任せているのだ。


「ねね。サクヤ」

「はい。どうかしましたか、アイリス様」

「よかったね。作ってもらえることになって」

「はい。本当にありがとうございます。アイリス様にはいつもお世話になってばかりで」

「いいの。いいの。私も、サクヤにはいつもお世話になってるからね」


 ニコリと笑みを浮かべる。


 その笑顔を見て、彼はいつも思う。本当に美しくて、可憐な人であると。





「──でも、サクヤの力は本当の意味では魔法剣ウォンドには適してないけどね。そこは仕方ないよね」





 今までのものとは違い、それはとても冷たく凛とした声音。まるで世界が一気に凍り付いたかのような言葉。


 あまりにも唐突だった。


 その意味が分かるのは、俺だけだ。なぜならばその真実を知っているのは、俺だけしかいないのだから。



 ──どうして、そのことを? まさか気がついているのか?



 焦りと動揺が走る。だが俺は、それを決してを表に出さないように努める。


「それはどのような意味──」


 でしょうか、と言葉を続ける前にアイリス王女はそれに割って入った。


「あ、ルーナが呼んでるわよ。行ってきたら?」

「……はい」


 どこか釈然としないまま、俺はルーナ先輩とグレンさんの元へと向かう。


 その後ろでアイリス王女がどのような表情をしていたのか、それは誰にもわからなかった──。


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