第7話 俺とメイドと子猫ハート


 あれから数ヶ月が経過し、ここでの生活も慣れてきたところだった。勉強の日々は本当に大変だったが、おかげで最近は学院の入試問題もかなり解けるようになってきた。


 俺にとっては入試は全て外国語なので大変なのだが、これもルーナ先輩の教育のおかげである。本当に感謝しかない。


 今はすっかり冬になり、本当に寒くなってきた。もう少しで年も明けるので、あっという間に時間は過ぎるものだと思った。


 ふと外を窓越しに見つめると、今日は雪が深々しんしんと降っていた。



「ん……あれは?」


 夜。


 まだ深夜ではないが、すでに夕食も終わり就寝する時間となっていた。勉強だけではなく俺にはこの屋敷の家事などもしている。今日はそれも特にないので、ちょうど寝ようと思っていた。


 自室は屋敷の中でも少し狭めの部屋だ。アイリス王女には「もっと大きな部屋でいいのに」と言われたが、そこは遠慮しておいた。



 そして自室へ戻る矢先、俺は何かおかしなものを見つけたのだ。


 近づいていくと、そこにあったのは──



「メイド服、だよな?」



 そう。そこにあったのは、間違いなくメイド服だった。それも、ルーナがいつも着用しているもの。メイドはそもそもルーナ先輩しかいないので選択肢は他にはないのだが。


 しかしそれがどうして、廊下に無造作に散らかっているのか。



 ──もしかして、洗濯して落としていった……とか?



 しっかりとしているルーナ先輩が落としていくなど信じがたいが、そのように考えるしかない。


 そして突然、メイド服の謎の膨らみがゴソゴソと動き始める。咄嗟のことで身構えるが……それはどうやら杞憂だった。


 そう。そこから出てきたのは、アイリス王女と出会う直前に見かけた猫だった。確かあの時の猫は、俺のことを懸命に引っ張っていたが……。



「あ、あの時の猫? でもどうして、ルーナ先輩のメイド服の中から……?」



 瞬間。


 ぼふん、と魔素マナ が煙のように出現する。その猫を中心にして起きた出来事に唖然とするが、目の前に現れたのは──ルーナ先輩だった。


 しかしいつもと違うのは頭には猫の耳、臀部からは尻尾が生えていたのだ。


 もちろんその姿は──服など着ているはずがなかった。



「きゃあああああああああああ──────────っ!!」



 その悲鳴は、屋敷中に広がるのだった。



 †



「ご、ごめんなさいっ!」


 ルーナの部屋に案内された俺は彼女から謝罪をされている最中だった。


 裸を見られたことは恥ずかしいようだが、俺に非はないということで怒られることはなかった。もちろん俺はすでに見てしまったので、すぐに謝罪はした。


 ルーナ先輩は無駄に騒ぎ立ててしまって申し訳ない……と言って、懸命に頭を下げている。


 また、あの後にアイリス王女とバルツさんもやってきたが事情を知っているようで、俺たちを二人きりにしてくれた。



「えっと。こちらこそ、間が悪くて申し訳ありません」

「い、いやその……べ、別にいいのよっ! は、恥ずかしかったけど……っ!」



 すでに服を着ているルーナ先輩だが頭にはまだ猫耳が残っており、それがぴょこぴょことせわしなく動いていた。


「先輩は、もしかしてその──」


 と、俺が尋ねる前に彼女は説明を始めた。


「分かってると思うけど、その。私には、妖精猫ケットシーの血が混ざっているらしいの」


 妖精猫ケットシー。それは確か、亜人の一種だ。基本的には猫の姿をしているが人間の血と混ざっているハーフもいると言う話は耳にしていた。


 どうやらルーナ先輩はそれに当てはまるようだ。


 だが、らしい……とはどう言うことだろうか。


「らしい、ですか?」

「……いつか言おうと思っていたけど、私は孤児だったの。それでアイリス様に拾ってもらって、今ここにいるの。家族のことは、全く知らない。だから、らしい……としか分からないの」

「そうでしたか。すみません、そのようなことを言わせてしまって」


 言いたくないことを言わせてしまって申し訳ないと思って、俺は頭を下げた。


「ちょっと、別にいいってば。もう割り切ってるし。で、本題に戻るけど……体調が悪い時とか他にも要因はあるかもしれないけど、たまに猫になっちゃうの」

「それであの日は……」

「そう。もともとはアイリス様と一緒にいたんだけど、逸れちゃって。その時に猫になって、襲われているを知って近くにいるサクヤに助けを求めたの」

「そうでしたか」


 あの日の猫が何か伝えようとしているのは分かっていたが、流石にそれがルーナ先輩とは夢にも思っていなかった。

「ともかく、今後はその……今日みたいなことがあるかもしれないから注意しておいてね」

「分かりました。心に留めておきます」


 ルーナ先輩はまだ恥ずかしいのか、顔が赤いままだった。それにその耳もまだ忙しなく動いている。


 俺はただじっと、その動きを視線で追う。それはもはや無心だった。


「も、もしかして触りたいの?」

「あ。すみません。ちょっと、気になってしまいまして」


 俺は昔から動物が好きだった。転生する前も実家では猫や犬を飼っていた。それに他の動物とも心を通い合わせていた。そのようなこともあって、ルーナ先輩の耳には引きつけられてしまう。


 そして、彼女は少しだけ俯くと思いもよらないことを口にするのだった。



「ちょっとだけ、触ってみる……?」



 視線を合わせずに、もじもじとしながら小さな声を漏らす。そう提案されるとは思っていなかったがこれはいい機会だ。ちょうど触ってみたいと思っていたので、お言葉に甘えることにした。

「いいのですか?」

「……まぁ、別にいいけど。減るもんじゃないし、触りたそうにしているし」

「では、失礼して」


 その手を伸ばすと、猫耳に躊躇なく触れることにした。もふもふのその耳は本当に素晴らしい触り心地だった。俺はただ無心になってその猫耳を触り続ける。



「んっ……あっ……ちょ、ちょっと触り方が……あんっ!」



 妙に色気のあるつややかな声が思わず漏れているようだが、すでに没頭している俺にはほとんど聞こえなかった。


 そして一心不乱に触り続ける。


「なるほど……本当に一体化してる。これは興味深いです。それに、すごくもふもふです。とてもいい感触ですね。って、あれ……」


 気がつけば、その場にぐったりとルーナ先輩が倒れていた。「はぁ……はぁ……」と声を漏らして、顔を真っ赤に染めていた。耳まで赤くなっているようで、全く気がつかなかった。


 その後。

 

 俺はルーナ先輩の猫耳に触れることを禁止されてしまう。


 彼女曰く、それはあまりにも危険すぎる……とか。


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