生後61日目②

 道を歩く。


 レンガ造りのオシャレな家が立ち並ぶ。


 もう人々は寝静まっているのだろう。窓の灯はおろか街灯さえもついていない。


 それでも微かな月明かりを頼りに歩いていく。


 すると、一軒の民家の前に人影を見つける。


 近づいてみると楽しそうな談笑の声が聞こえてくる。


 革のベストからはみ出した腕が筋肉質な強面男と、モヒカン頭がよく似合うクレイジーなチンピラ顔のアホそうな男。


 二人共『今さえ良ければ全て良し』とでも言いたげな刹那的な眼で友を見て笑っている。その姿はなんだか悲しげで、それでもなんだか温かい。


 ……そっか、こいつら、死ぬ前の俺みたいなんだ。


「おい、おめーらよー?」


「「は?」」


 気が付くと俺は二人に声をかけていた。


 その声に二人は抜群の呼吸でギロリと同時に振り向いてくる。


「「……え? 赤ちゃん?」」


 あ、そうか……、俺今赤ん坊なんだっけ? 混乱させちまったか。



「あ、……いや、まぁ色々あって俺、まだ生後2ヶ月でよぉ?」


「いや、でよぉ、っていわれても……」


 モヒカンの男が困惑しながら頬を掻く。


「いや、え? なんで、いや、……っていうかダメだろそんな小さい子がこんな時間に外出たらさ!」


 強面な男が慌てながら言う。


「嫌なんで赤ちゃんが喋ってるんだ」とか、ふむ、「なんでこいつ歩いてるんだ」とか、「態度デカすぎだろ」とか色んな疑問があろう中、真っ先に心配が出てくるなんて、こいさては顔に似合わずいいヤツだろ。


「いや、まぁ聞けよ、俺ぁよ? もう家にゃ帰らねーんって決めたんだ! だから問題はねぇんだよ」


「いやいや、帰ろーよ! お母さん心配してるって!」


 モヒカンがわたわたと慌てて手をふる。真面目か。


「まぁ待よモヒカン! 俺だってよ? 親を心配させんのが良くねぇことくらいはわかんよ? けどよ? おめーらだってわかんだろ? 人に心配かけねぇために、人にメーワクかけねぇために、テメェのやりてーこと全部我慢してよ? されたくねーこと我慢され続けてよ? そんなんで生き続けんのがどんだけ馬鹿らしいかってよ?」


「……いや、………メッチャわかるけども!」


 強面が両手をオーバーに広げながら叫ぶ。……こいつらノリいいよさそうだ。ちょっと気持ちよくなってきた。


「いやいや、それでも流石に赤ちゃんは家帰んなきゃだめだろ!」


 モヒカンがもっともらしいことを叫ぶ。真面目か。……いや普通か。


 普通ってのは強い。何せ大多数の人間に指示された価値観だ。そいつを覆すには、相手の立場に立って考えてる必要がある。


「テメェよ? それでもモヒカンか?」


「え?」


「いいか? 見た目がどーとかよ? 年齢がどーとかよ? そんなもんにどれほどの真実が詰まってるっつーんだよ? マジに大切なことってのはよ? そーいうんじゃねーべ? 大事なのはよ? いつだって感じるってことなんじゃねーのか? オメーもわかんだろ? 腐ってもモヒカンのハシクレならよ?」


 身振り手振りをオーバーに混じえた俺の熱弁に、モヒカンは狼狽える。よし、あともう少し。


「……あ、あんたの言うとおりではある、……ではあるんだけど」


 ……ふっ勝ったな。


「だったらよ? テメェはわかってくれんだろ? テメェが自分でやるって決めたことを、他人からの印象だけでやれ無理だとか、まだ早いとかやめた方がいいってとか言われた時の苦しみをよ?」


「……う、わ、わかる」


 と、今度は強面の方が頷く。


「だったらよ? そんな態度とられた時の奴がよ? 何言われたってもう止まらねぇってことはもっとわかんじゃねぇのか? なぁ」


 と、俺が一息に言うと、2人は揃ってコクコクと頷く。


 ……ふっ、まぁこんなもんよ。


「そんでよ? 俺ぁ今からやりてぇことがあんだよ。そんでそれをオメーらにちっと手伝ってもらいてぇんだけどいいか?」


「あ、いいよ、何?」


 モヒカンは二つ返事で頷く。善人か。


「ちっとよ、いや、かなり悪ぃことなんだけどよ?」


「「…………」」


 二人はツバをごくりと飲み込む。


「おめーら、俺に、離乳食を食わせてくれ」


   🍼次回:傷だらけの漢🍼


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