受勲式

 

 数日後──。



「では、オリバー・ルークトーズを『公帝国騎士団、近衛騎士団所属、栄誉騎士』として任命する。異議ある者は?」

「異議なし」

「異議なし!」

「異議なし」

「異議なし!!」

「異議なし」

「異議なし!」


 ちっ。

 と、内心舌打ちする。

 順番に、鸚鵡おうむ返しのように宣言していく騎士団団長たち。

 場所は帝都、公帝城の一室。

 先日のお茶会の出来事と、本来呪解には呪いをかけた厄呪魔具が必要だというのにそれを無視して公帝にかけられた呪いを呪解して見せた事を称えられ、オリバーはその長ったらしい役職の騎士に任命される事となった。

 勲章が一つと、騎士証を頂く事になったのだ。

 辞退は許されず、もし辞退しようものなら家に多大な迷惑がかかる事だろう。

 身内の多くが国の中枢にいる以上、それはどうしても出来ない。

 マルティーナ伯母とやたら瞳を輝かせるクローレンス、にやにや笑うハルエルと満足そうなジェイル。

 身内の伯母と幼少期からのつき合いがあるクローレンスは分かるが、一度しか会った事のないハルエルとジェイルの……この信頼度の高さは一体なんなのだろう?

 彼らは公帝と違って『魅了』の効果はとても薄かったはずだ。

 おかげで際立つ、ルネーシスとアーネストの仏頂面ときたら……。


「では、騎士証を」

「拝命します」


 心底嫌だが、公帝の命では逃げられない。

 襟に着けられた二つのピンバッチ。


(……ハァー……旦那様になんて言えば……)


 ステータスは今のところ、騎士団に「確認させろ」と言われていない。

 それが絶妙に不気味ではある。

 まあ、オリバーの了承を得ずともギルドにあるデータを取り寄せて閲覧する事など、騎士団には簡単だ。

 公帝はそこまで頭がよくない……ではなく回らなさそうなので、騎士団の団長たちはすでにオリバーの基礎レベルは把握している事だろう。

 そうでなければアーネストあたりが本気で立ちはだかっていたはずだ。

 ……彼は実力主義なところがある騎士なので。


「むふむふ、では、あとの事はジェイルに聞くとよい。では早速茶でも飲もうか、オリバーや」

「!? え? い、いえ、陛下とお茶など、恐れ多くて無理です」

「そう言うな〜! 余がよいと申しておるのだから、ほれほれ」

「っ」


 なにが悲しくてでっぷりしたおっさんとお茶をしばかねばならないのか。

 というか、今し方「あとの事はジェイルに聞け」と言っておきながらお茶に連れて行こうとするのはどういう事だ。

 困惑していると、横に立っていたエルヴィンとエリザベスが一歩前に出てきた。


「父上、それよりも彼の仮面を外させてください」

「!?」

「そうよそうよ! わたくしたち、今日こそ仮面の下を見られると思って参列したのよ」


 動機が悪質である。


「あらあら、まだそんな事をおっしゃってましたの? 殿下たち。オリバーの『魅了』は『誘惑』と相まって凶悪なレベルなんですのよ。殿下たちは国を守る立場。エルヴィン様は次期公帝。オリバーのために国を傾けられては困ります。やめてください」

「伯母上〜!」


 よくぞ言ってくださった。


「私も反対です。殿下方。異常状態耐性スキルのある私ですら、オリバーの素顔には膝をつきたくなりましたからな」

「ジェイル団長!」


 ありがとうございます、ありがとうございます!

 と、感動だ。

 でももっと言ってやって欲しい。

 この公太子と公女、顔がまだ諦めていないぞ。


「恐れながら、ぼくもやめた方がいいと思いますね。殿下たちが『魅了』を受けて彼に執着してしまう事になると、マルティーナ殿のおっしゃる通り国が傾いてしまいかねません。彼の『魅了』は魔法スキルによるものではないので、一時的なものではないんですよ」

「そうですわ! 幼い頃からのオリバー様を存じ上げているこのクローレンスが言うので間違いありません。オリバー様の魅力は『魅了』や『誘惑』だけに留まらないのです! オリバー様の魅力は顔だけでなく、そのお優しい性格や愛らしい笑顔、周りへの細かな気配り、魔物に対しても怯まない勇敢さ、年々培われていく誇り高さ、醸し出される気品、自ら囮になる事も厭わない自己犠牲精神の尊さと……どれを挙げても素晴らしく……真面目な性格や時々意地悪してくる年相応なところとか、容姿だけではなく性格も……」

「クローレンス、その辺にしなさい。貴女の年齢でオリバーをそこまで褒めてくれると、伯母さんちょっと複雑な気持ちになるわ」

「ヒェ! も、申し訳ございません、お姉様!」

「「「…………」」」


 これにはオリバーだけでなくハルエルやジェイルも複雑そうな顔をした。

 ハルエルに至っては小声で「だから婚約者も作らずにいたんじゃないだろうな?」とジト目でクローレンスを睨んでいる。

 クローレンスとオリバーは一回り歳が離れているのだ。

 それなのにこの、狂信的なまでの言動。


「まあ、このように年々悪化していく事が多いんです」

「悪化!? 人聞きが悪いですお姉様!」


 実際その通りだ、クローレンスの症状は間違いなく悪化している。

 ああ、もっと早く厄呪魔具をつけておけばと頭を抱えたくなった。

 ここにも、オリバーの顔で人生を狂わされた女性がいたのだ。

 この歳でまだ婚約者がいないなんて完全な行き遅れ。完全に売れ残りである。

 オリバーが【世界一の美少年】でなければ、彼女は幸せな結婚をして騎士団を寿退団出来ていたかもしれないのに……ああ、なんという事だろう。

 気がつけばクローレンスはもう二十八……。

 女の盛りが終わった、貴族女性としては致命的な年齢である。

 ちらりと公太子と公女を見ると顔を見合わせている。


「「でもやっぱり見たい!」」


 好奇心は公太子と公女の人生を狂わせたいらしい。

 頭を抱えるオリバー。

 だいたい、そんな息子と娘を止めるどころか横に並んでワクワクしているでっぷりしたおっさん……ではなく公帝陛下もいかがなものだろうか。

 お前がそれ以上『魅了』されたら本当に国が傾くからやめて欲しい。


「異常状態耐性を上昇させておきましょう」

「了解だ。マルティーナ殿、手伝ってくれ」

「ハァー……仕方ないわねぇ? エリザベス様は女性なのですから、なおの事気をつけてくださいよぉ?」

「もう、分かったわよ! 異常状態耐性上昇魔法かけておくわよ!」


 オリバーとハルエル、マルティーナの『異常状態耐性上昇』のバフを三重がけ。

 エリザベスは自分にそれをかけたので、四重がけ。

 果たしてこれで、傾国けいこくの冒険者になるのは回避出来るのか……。


「……絶対やめた方がいいと思うんですけど」

「くどいわよ! ここまでしたのだから、さっさと素顔を見せなさい!」

「…………」


 パーティーの時ほど人の目が多いわけではない。

 異常状態耐性もつけた。

 とはいえ、抵抗感は拭えない。

 だがそれを理由に断れる相手ではないので、諦めて紐を解く。


「「「………………」」」


 ルネーシスやアーネスト……オリバーの素顔を初めて見る者も目を見開いて息を飲む。

 耐性を上げてなお、『誘惑』による効果、美醜の感覚に訴えて『魅了』へと導く。

 相乗効果というやつだ。


「お、おお……本当に綺麗ね……! まるで芸術品のようだわ……」

「ほぉーん! やはり美しい〜! 何度見ても、美しいのう〜!」

「…………」


 思わずエリザベスと公帝から顔を背ける。

 ウキウキしたおっさん……公帝の顔を見ているのもなんとなくつらいものがあったのだ。


「た、確かに……。魔法の『魅了』のような、纏わりついて媚びるような感覚がまったくない」

「称号の付随スキルか。これほどの効果威力のある称号持ちとは……。一体どんな称号だ?」

「ぇ」


 横から聞こえてきた質問に思わず潰れたような声で聞き返してしまう。

 質問をしてきたのはアーネスト。

 身長は騎士団団長中最高だろう、二メートルはある。

 ガタイもよく、鎧姿が誰より様になっていた。

 左には縦に傷が入り、険しい顔つきがマグゲル伯爵の持つ『威圧』のような効果をもたらす。


「……そ、その質問は答えないとダメですか」

「あ、こら! なにどさくさに紛れて勝手に仮面をつけ直そうとしているのよ!」

「エ、エリザベス公女殿下、もうお許しください。これ以上は本当に御身によろしくありません」

「あーん!」


 もう見せたのだからいいだろう。

 と、仮面をつけ直す。

 どうやら異常状態耐性のおかげで思ったほどのダメージはお互い負わずに済んだらしい。

 とはいえ、アーネストの鋭い眼差しは、逸れる事がないので……答えないといけないのだろう。


「……生まれつき【世界一の美少年】という称号がありました……」

「なんと」

「なんとー」

「……そ、そうか」


 聞いておいてその反応はいかがなものか。

 まだ「なんとー」とゆるく反応してくれた、ジェイルとハルエルの方がマシな気がする。


「生まれながらの称号か……それに付随するスキルが『魅了』と『誘惑』とは……幼少期から苦労したのではないか?」

「は、はあ? いや、意外とそうでもな……」

「それはもう、大変だったわよ。地元の『トーズの町』にいる時はいいわ、でも『クロッシュの町』にお祖父様の誕生日パーティーなどに呼ぶとそれはもう変なのが湧いて沸いて! 伯母さん、時々物理的にはっ倒してたのよ」

「伯母上!?」


 そんな事初めて知った。

 いくら大貴族令嬢で騎士団団長とはいえ、他の貴族を物理的にはっ倒してたは大丈夫なのだろうか。

 というか伯母が物理的にはっ倒さねばならないような変なのが、自分の周りに湧いていたのも初めて知った。

 オリバーは知らず知らずのうちに、身内に守られていたのだろう。

 それを知って、なんとも言えない気持ちになる。

 本当に自分は運がいい。

 こんな優しくて強い家族に守られて、今まで無事に生きてきたのだ。


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