あなたのために【後編】


「体は血流を良くすると正しい形に戻るのよ。若いから治りが早いわね」

「は、はあ?」

「でもまだこれからよ!」

「え?」


 ビクトリアの言う通り、これは序の口であった。

 次にメイドたちが持ってきたのはコルセットなどの下着。

 きりきりと腰を締め上げ、太腿やお尻、二の腕から背中、とにかく全身のありとあらゆる肉をすべて胸へと集中させる。

 その作業については……あまりにも凄惨な表現となるので乙女の秘密とさせて頂こう。

 まあ、普通に摘んで移動させるのだが。


「ッ──!」


 ……めちゃくちゃ痛いのだ、これ。


「くっ、なんという絶壁! お肉も少なすぎて持ってこれるものがない! 仕方ないわね、予定変更よ。詰められるだけ詰めて盛るわよ!」

「「「はい!」」」

「は、はひっ!?」


 胸の下の方に、パットが詰められていく。

 無理やり集めた胸の脂肪が、絶妙に胸の形を形作る……作った……かも、しれ、ない。


「…………」

「エルフィーさんはもっと太らなければダメね」

「うっ」


 やんわりと、アルフィーがフォローしてくれるが……フォロー?

 ビクトリアの険しい表情に、エルフィーはしょんぼりとする。

 あまり食べるのは得意ではないのだ。

 だが、余分な肉がなさすぎてもどうやら問題らしい。


「仕方ないわ、ドレスを胸開きでないのにしましょう。そこに詰めるのよ」

「最終手段ね」

「ううっ!」


 最終的になってしまった。


「腰が細いのは幸いだけど、細すぎてわたくしのドレスがダボダボに見えるわ。すぐ直して頂戴。飾りは白を」

「そうね、オリバーは群青と銀刺繍のスーツだから、合わせた方がいいわね」


 群青と銀刺繍。

 その色を纏った彼の姿を思い浮かべて、似合うだろうな、と目を細める。


「チッ……もっと時間があれば全部仕立てていたのに……!」

「仕立……!?」

「そうね。けど、オリバーの婚約者として出てくれる気になって良かったわ。あの子の体調を慮ってくれてありがとう、エルフィーさん」

「あっ……」


 モロバレだったらしい。

 カァ、と顔を赤らめると、ビクトリアも頬を緩める。


「あら、オリバーの片想いかと思ったけれど、意外とそうでもなさそうね?」

「え! いや、あの!」

「あの子が五歳の時に『夢で見た女の子に一目惚れしたから、将来は冒険者になって探しにいく』と言い出した時は頭でも打ったのかと心配したものだけど……」

「そうね、一族中で心配したわね」

「…………」


 本当に幼い頃から言っていたのか、アレを。

 そりゃ一族中で心配されるに決まっている。

 よく誰も引き留めなかったものだ。


「……あのね、エルフィーさん……私は、オリバーが冒険者になるのは反対だったの」

「!」

「最終的にギルドマスターになりたいのなら、町で学べばいい。この辺りだって多くの魔物が出るわ。たまに強い魔物も出る。ディッシュの下で、経験を積めばいい。無理にランクを上げる必要はない。……って、思ってたのよ。だって、旅って危ないじゃない? 最悪、死体が戻ってこない事も多いし」

「……あ……」


 そうだ、冒険者とは命の危険と常に隣り合わせの職業。

 親ならば心配だろう。

 ましてオリバーはソロ。

 単身で旅する冒険者。

 いくら強いと言っても……彼が旅立ったのは十五歳になったばかりの頃だった。


「でも、あの子は『なる』と言った。私の願いを振り切ってでも『なる』って。だから諦めたわ。私とディッシュの子だもの、言って聞くような性格じゃなかったのよね」

「…………」

「それに、あの子ってば本当に『夢の中の初恋相手』を見つけて連れてくるんだもの。もうなにも言えないわよ」


 そう言ってアルフィーは微笑む。

 少しだけ寂しそうに。


(お母様だから、心配なんですよね、とても……)


 他人の自分が心配なのだ。

 身内の……それも母親の彼女からすればオリバーの現状はそれはもう心配な事だろう。


「そりゃそうよね、ディッシュもアルフィーの足を治すと言って出て、Aランク冒険者にまで上り詰めて帰ってくるんだもの。血を感じるわ」

「え!」

「もう、そうなのよー! 一途というか、なんというか……。まあ、そういうわけだから、エルフィーさんも早々に諦めた方がいいわよ。大丈夫、うちの子そんな感じで一途だから。しつこいともいうけど」

「えっ!」


 それは、つまり……。


「で、ですが! でも、でも、あの、ですが……わ、私みたいな、骨張ってて、平でひょろひょろで、顔も地味で、取り柄も魔力もない……没落した家の娘なんて……彼には……!」


 相応しくない。

 分不相応だ。

 今まで自分が溜め込んでいたものが──溢れる。


「っ……」


 ポロポロと涙が溢れた。

 アルフィーとビクトリアは、驚いた顔をしたがすぐに微笑む。

 そしてアルフィーもビクトリアも、なんて事もないかのように「そうね」と頷いた。


「分かるわ。私もそうだったから」

「っ?」

「私、足がこんなでしょう? 生まれつき」

「わたくしも生まれつき魔力がないのよ。貴女もそうだったのね」

「!」

「でも、私たちの夫はそんな事気にしなかったわ。むしろ、余計意固地になって守ろうとしてくれるの。でも、それって失礼だと思わない? 私たちがなんにも出来ない、人形みたいじゃない」

「そうよ! わたくしたちは守られているだけの女ではなくてよ? ……貴女はそんな自分のままでいたいのかしら?」


 ブンブンと首を横に振る。

 あんな風に大切にしてもらって、真摯に愛を向け続けてくれた。

 そんな人に応えられる自信がない。

 それを零すと、ビクトリアが胸を張る。


「なら一つ一つ改善していけばいいわ。まずたくさん食べて太りなさい。コルセットや補正下着をつけていれば、増えた肉はあるべきところにつきます。顔が地味なのを気にしているようだけど、そんなもの化粧でどうとでもなるわ。見ていなさい。魔法のように変えてあげる」

「……え……」

「それと、所作もマナーもこれから努力して覚えればいいのよ。わたくしも昔は苦手だったわ。でも他に武器がなかったから、血が滲むように努力したものよ。顔のそばかすは今でも厚塗りで消してるしね」

「え!」


 ビクトリアの顔を思わず見上げてしまう。

 どこにもそばかすなど見当たらない。

 でも彼女は「うまく隠してあるでしょう?」とウインクする。

 目をパチクリさせた。


「け、消せる……ですか……?」

「ええ、わたくしの使っているお化粧を今度送ってあげるわね。今日消し方も教えてあげるから覚えて帰りなさいな」

「あ……」

「それにしてもこの野暮ったい眼鏡も外したいものね? 見えなくなるの?」

「あ……は、はい。それに、これは魔法耐性が付加してあるので……あの……オリバーさんが画面を外しても、これをつけていると、『魅了』にかからないって……」

「「…………」」


 顔を見合わせる姉妹。メイドたち。

 その空気に首を傾げる。


「魔法耐性があってもあの子の『魅了』は防ぎ切れるものではないわよ?」

「え?」

「そうね……称号付随スキルと言っていたから、『異常状態耐性』でないと防ぎきれないと思うわ。もちろん高ければ高いほど効果はあるけれど……エルフィーさんは魔力がないのでしょう? 魔法耐性も、この眼鏡分しかないのよね? それだけでは防ぎ切るのは無理よ。あの子、魔法攻撃力数値も高いもの」

「……あ……」


 確かにオリバーは魔法攻撃力の数値も高い。

 サポート系の魔法が得意と言っていたので、本来は魔法サポート系なのだろう。

 魔力がゼロのエルフィーでは、眼鏡ごときで耐えられるものではない。


「……でも、私は全然効かなかったのよね」

「え? え?」

「だって私、最初からあの子を愛しているもの。『魅了』なんて効かなかったわ。フェルトも、ディッシュも、お父様もビクトリア姉さんも」

「ええ」

「…………え……?」


 ふふ、と姉妹が笑う。

 メイドたちも、ニコニコと微笑む。

 車椅子が、エルフィーの側へと近づいてくる。

 アルフィーの手が差し伸ばされ、エルフィーから眼鏡を取り払う。


「今度眼鏡を取って、向き合ってみたらどうかしら。きっとあの子の『魅了』は貴女には通用しないはずよ」

「っ、そ……そんな……! でも、それじゃあ……!」

「貴女がお嫁さんに来てくれるのを、楽しみに待っているわね」

「!?」


 ドレスの前にお化粧よ、と鏡台の前へと促される。

 眼鏡がないので前が見えづらい。

 眼鏡は確かに魔法耐性も付加されているが、エルフィーは本当に視力が悪いのだ。

 メイドたちに手を引かれ、座らせられる。

 俯いていると、メイドに無理やり上向かされた。


(私……私……)


 眼鏡を取って、彼に向き合う。


(…………そんな事……だって、相応しくない……の、に……)


 なら、一つ一つ改善していけばいいわ。

 そのビクトリアの言葉が胸に熱く残った。

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