聖剣と霊槍
「で……でか……!」
「っ」
大都市の一つと言われる所以が、オリバーたちの目の前に広がった。
御者をクロッシュ家の使用人に任せ、オリバーとエルフィー、ウェルゲムは馬車を降りる。
別な使用人が頭を下げて出迎えるので、オリバーは一応装備一式を外して収納魔法に入れた。
身内とはいえ格上大貴族の屋敷だ、武装は無礼だろう。
「お久しぶりでございます、オリバー坊っちゃま。たった一年で『Bランク』に昇格なさったとか……。目覚ましいご活躍、皆様大変お喜びでしたよ」
「ありがとうございます」
「時にそちらの仮面は……」
「後ほど説明しますが、称号の付随スキルで外せません。お祖父様にはすぐご挨拶出来ますか?」
「いえ、来客中でございますね。後ほどお声がけいたしますので、まずはお部屋へご案内致します」
「分かりました」
「……坊っちゃま、敬語は不要でございます。ご注意ください」
「あ、そう……、……そうだったな」
「っ」
苦手なんだけどなぁ、と、ありありと顔に出ている。
しかしながら、ここから一歩進むと『冒険者』ではなく『貴族』として振る舞わねばならない。
先頭を屋敷の使用人が歩き、まずは玄関ホール。
それを真っ直ぐ進むと左右に片階段。
左の階段を上り、二階へ。
ウェルゲムの緊張した面持ちがあからさまに「うちよりデケェ」と出ていて微笑ましくなる。
安心して欲しい、このレベルの屋敷は、他に三つくらいしかない。
「先に湯浴みなさいますか?」
「そんなに時間がかかりそうなのか?」
「わたくしからはなんとも」
「……。まあ、まずは着替えるさ。ウェルゲムとエルフィーは、今日はゆっくり休むといい。ちょっと面倒くさそうだから」
「え? でも……」
「そうなさいませ。長旅でお疲れでございましょう。お客様にも後ほど担当の使用人がご挨拶に参りますのでお部屋でお待ちくださいませ」
「「え」」
担当の使用人?
と、いう言葉に目が点になる二人。
大貴族で、しかも数日滞在なので担当がつくのは不思議ではない。
このくらいで驚くとちょっと他の貴族に見下されかねないのであとで注意が必要だろう。
主にエルフィー。
「リドルフ、エルフィーは庶民出なので多少理解がある者をつけてくれ」
「もちろんでございます。そのようにお伺いしておりますので、メイド長をおつけする予定です」
「えっ! え、あ、あのっ!」
「ウェルゲム、この旅は俺が従者も担っていたけれど、この屋敷の中では担当の者がその役割を行うからそのつもりでね」
「お、おう! だ、大丈夫だぜ!」
「ところで父さんたちはもう到着してる?」
「いえ、明日のご予定と伺っております」
「そうか……フェルトは大きくなっただろうな……」
「それはもう、来られる度に美しくなられておられますよ」
楽しみだ、とほこほこしているオリバーの後ろで、エルフィーとウェルゲムが震えていたのは言うまでもない。
(とりあえず着替えてお祖父様には会っておこう)
と、部屋に入るなり冒険者用の服を脱ぐ。
これはリドルフに預けて洗濯してもらうとして、クローゼットにある服を手に取るとどれも新品。
しかし……いささかサイズが合わなさそうだ。
「坊っちゃまはずいぶん大きくなられていたのですね。こちらで用意した服は少し小さかったかもしれません」
「みたいだな……あ、でもこれは入りそうかも」
「大きめのサイズも用意しておりましたが、まさか一番大きなサイズとは」
「……まあ、ズボンの裾が足りない程度だから気にしないで。上着は平気だよ」
「恐れ入ります」
それは「気を遣ってくださり」の意味なのか「脚が長くなっていて」の嫌味的意味なのかどちらの意味だ、とじとり、見上げる。
もちろん無視だ。
「……で、客というのは?」
「好奇心、というわけではなさそうですね」
「まぁね。マグゲル伯爵やイラード侯爵も聡い方だから……俺もまったく調べなかったわけではないし」
「なるほど……さすがでございます。フェルト様はまだその辺り、学ばれておられませんからな」
「そういうのいいから。……『ヤオルンド地方』の使者かな」
「はい。……手伝いを」
「いや、いいよまだ」
着替えの手伝いを断り「やはり」と客の予想にズボンを履き、シャツを着てボタンを閉めながら溜息を吐く。
「少々キナ臭うございますね」
「らしいよ。あちらもすでにある程度その空気は出ていた。……まさか公帝陛下はご存じないのかな?」
「どうでしょうか。敏感な方だと思いますがね」
「まあ、とはいえ『ヤオルンド地方』は『イラード地方』から海を渡らなければならないし、準備していればすぐバレる。こっそりやるのは無理だろうけどね」
「そうでございますね。……それに、間もなく山脈に関所が完成致しますので……ご安心頂いてよろしいかと」
「……そう」
まあ、そうだろう。
リドルフの言うように、祖父は関所により動きを大きく制限される。
それはやはり、『クロッシュ地方』の反乱も増援も抑え込む意味となるのだ。
元々祖父は公帝と最低限の距離を保っていた。
どこがどんな動きをして、公帝国がどの程度の窮地に陥ろうと戦争を始めようと、手は貸さないだろう。
今回公帝が作った関所の壁は、公帝自身をも守ってはくれないのだ。
無論、やろうと思えば援軍を送る事は不可能ではない。
大幅に時間をロスするし、やりようによっては拠点、要塞としても使える。
あるいは、公帝が帝都を捨てて『クロッシュ地方』に逃れる事があればその守りともなるだろう。
問題はそれを祖父が是とするか、である。
「公帝陛下はご自分で首を締めたかもしれないな」
「そうかもしれません。……噂ですと、最近帝都に残っていた『霊器』を埋めたと聞きます」
「は? 正気?」
「……王国の面影はすべて消すと、仰せられたそうで」
「そう……。帝都に残っていた『霊器』といえば『聖剣イグリシャクラガ』だよね? ……はあ〜……」
それはさすがにオリバーも……というよりもこの世界では一種の祭りのようになっている、その中心アイテムと言っても過言ではない『聖剣』である。
まあ、しかし、その聖剣に関してはエリザベスが『見つけてくる』はずだ。
シュウヤならきっと引き抜けるだろうと言って。
(あれ、でも確かエリザベスが見つけてきた『聖剣イグリシャクラガ』は偽物じゃなかったっけ? ……まあ、今はどうでもいいか)
ブーツを履き、上着を着る。
最低限の身嗜みを整えてからソファーに座ると、リドルフがお茶を淹れた。
『聖剣イグリシャクラガ』はラノベのストーリーで『お祭りイベント』の中で出てくる。
いわゆる『真の英雄にしか抜けない剣』だ。
建国祭でそれを引き抜く祭りが、帝都では毎年行われている。
祭りを盛り上げるためにエリザベスは一時期行方不明だったその剣を見つけて、『聖剣の試練』を再開させた。
理由はキナ臭い気配を感じて国が増税し、その増税の不満から、人民の目を逸らす事。
だが結果的に彼女がシュウヤを見出して、彼を祭り上げるために『聖剣の伝説』を利用するのだ。
結果持ち上げられたシュウヤはエリザベスと公帝国のために、反乱を起こした『ヤオルンド地方』やルネーシス、アーネストと戦う事となる。
(そう考えるとエリザベスはやはり為政者だな)
シュウヤを実に上手く使ったと言えよう。
ただ、その行方不明がまさか陛下のご意向とは。
「……というか、『聖剣イグリシャクラガ』は抜けないんじゃなかったの?」
「噂ですと、十二年前のドラゴン帝都強襲時に本物は紛失しているとか」
「あの時に……! ……俺は小さかったからあまり覚えていないけど……そうだったんだ……?」
「本物は本当にまったく抜けなかったそうです。私や旦那様も若い頃『聖剣の試練』にチャレンジしましたが抜けませんでしたな。ハハハ!」
「…………」
そんな事してたのか。
(……しかし、今だと少し見方が変わる話だな……『聖剣イグリシャクラガ』……。抜けなかったのは人に『霊力』がないから?)
そういえば、とオリバーはリドルフを見上げる。
「うちにも台座から
「はい。クロッシュ家の家宝『霊器ウェンディ・ランス』。聖霊の宿るその槍は、聖霊を見る事の出来る英雄にしか抜けないと言われております」
「……、…………っ」
「? 坊っちゃま?」
不意に「ドラゴンの強襲は『霊器』を狙ったからじゃないよね」……と冗談にしても恐ろしい事を口走りそうになった。
ただ『抜けない』という一点から、公帝がせっかくドラゴンのせいで抜けた聖剣を埋めるなんて……と言おうとしただけだ。
あるいは、その土地に突き刺さっている事になにか意味でもあったのでは、と……そういう推測に繋げようとした。
だが、その理論だとドラゴンは『霊器』のある場所が明確な場所に現れるのでは、とも思えてしまう。
「いや、なんでもない」
「?」
そうだ、その気になれば、埋まっている場所ごと動かせる。
ドラゴンが帝都をピンポイントで狙ったのは未だ不可解とされているが、ドラゴンというのは天災そのものと言われている……そこになにかしらの意味を見出そうとするのは、無駄な事かもしれない。
(最近変な事を考えてしまうな……なんだろう、これ)
挟み込まれるように入り込む思考。
これは──
(……神様からの、メッセージかなにか、なのかな?)
それもまた考えすぎかもしれない。
だが、そうでなく本当に神様からのメッセージなら……無視は出来ない。
(悲しんで泣く人を見たくない。……今でも本当にそう思う。……戦争が起これば、たくさんの人が不幸になる……神様は、俺にそれを伝えようとしてるのかな? 止めろ、って……言ってるのかな?)
だから最近妙な思考が挟まれるのだろうか?
しかし、戦争を止めるとなるとそれは完全にラノベのストーリーへの介入……改変だ。
それは許されるのだろうか?
「…………」
「坊っちゃま?」
「あ、下がっていいよ。お祖父様が空いたら挨拶に行きたいから呼んで欲しい」
「かしこまりました」
リドルフを下がらせて、少しだけ覚めたお茶を見つめた。
(………………確かに……誰かが泣くところは……見たくないな……)
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