貴族冒険者【前編】


「やってしまいました」


 ゴッ。

 と、屋台の壁に思い切り額を打ちつける。

 あまりにも、嬉しくて、暴走した。

 自覚はある。

 それに対してズロンスたちはニヤニヤ笑いながら「いやいや、そんな事ないぜ」とオリバーの肩を叩く。

 完全に楽しんでいる声色だ。


「つーか、まさか『夢で見た初恋の女の子』を嫁にしたくて冒険者になって『マグゲルの町』を目指してたとか……嘘だと思ってた」

「うん、いや、マジでそれな」

「マジだったという衝撃の事実」

「本当だって言ってたじゃないですか! なんで信じてなかったんですか!」

「普通信じるかよそんな話! お前本当なんかもー色々おかしいよなぁ……生まれつきの称号といい、その称号のスキルといい、行動理由といい……全体的におかしいわ」

「むぅー!」


 称号スキルに至ってはオリバーの意思は関係ない。

 それを揶揄されるのは不本意だ。


「でもまあ、女を見る目は確かだな」


 とズロンスがオリバーの肩に腕を回してくる。

 他の冒険者たちも腕を組んで「うんうん」と頷く。


「ですよね! 可愛いですよね! 彼女!」


 それに満面の笑顔で振り返る。

 仮面越しでも嬉しそうな笑顔に全員が「うっ」と顔を赤くして目を背けた。

 彼の仮面に関してはすでに話を聞いている。

 だというのに、リッチ戦とミートウォール戦でまたステータスが上がったオリバーは、仮面の厄呪魔具があっても称号スキル効果が漏れ始めていた。

 本人はまだ、その事に気づいていない。

 せいぜい「最近体がまた楽になりました!」くらいなもの。

 無論、今の笑顔による効果はオリバーの感情が強く乗ったせいだろう。


「夢で見た時より痩せていて体調が悪そうでしたが……とても可愛いです! 実際会ったら、思っていたよりも違って気持ちが変わるんじゃないかなぁ〜、とか、ちょっと心配していたんですが全然そんな事ありませんでした! というより本物に出会えるなんて感激です! あああぁぁ、可愛い〜! どうしよう、あんなに可愛いなんて! 声も可愛い〜! 細くて折れそうで……色も白くて、控えめな感じが! もう思っていた通りで!」

「うん、分かったからちょっと落ち着け」

「それなのに俺ときたらあんな強引に……! やってしまった……! 変な人だと思われたらどうしよう。あんな怪しい奴と婚約なんて絶対嫌だと思われてたらどうしよう! どうしましょううっ!」

「落ち着け」


 ズロンスの腕から逃れてしゃがみ込み、頭を抱えて悶えたあと、ズロンスの胸倉にしがみついて頭を前後に揺らす。

『ミレオスの町』から澄ました顔で淡々と戦闘をこなす、冷静なイメージが大破した。

 いや、この少年の年齢から考えれば恋にあわあわとする姿は年相応だろう。

 それにしたってこの差はひどい。

 完全に恋する乙女のようになっている。

 ……恋する乙女なんて実際遭遇した事があるわけではないが。


「もう一人の娘は見目は良かったけどありゃ性格がな」

「ああ、ありゃ間違いなく性格ドブス」

「それに比べてオリ坊の選んだ娘は見目は改善の余地があるし、いかにも守ってあげたくなる感じだったな」

「お淑やかそうで、尽くしてくれそうな感じ」

「仕事で数日留守にしてても浮気とかしなさそう」

「「「分かる〜」」」


 冒険者にとっては町から数日留守にする事はままある。

 定住しない『傭兵団』以外の冒険者はお金を貯めてその町に家を持つ事も多い。

 そこで妻子を持ち、町の護りも務めるようになれば中堅からベテラン、といったところだろう。

 今回の調査メンバーの中にはそういう者もいたので、なにやら奥さんとの話が盛り上がり始めた。

 留守にしすぎて逃げられた、他に男を作られた、寝取られた……。

 まあ、ろくな話が出てこない。


「俺も金が貯まったから家を買おうと思うんだけど……嫁さんがな〜」

「え? ズロンスさんも結婚してるんですか?」

「いや、嫁に来てくれる子がいなくて、家を買うのに踏み切れずにいる」

「…………」


 そういう事も、あるのか。

 確かに家族が増えるのなら、家の規模も違う。

 奥さんがいるのなら子どもが増える事も想定して家を設計した方がいい。

 だがズロンスには他にも悩みがあるようで、頭を抱えていた。


「そりゃそうだろう! ズロンスは手当たり次第に声かけすぎなんだよ」

「そーそー、ギルドの受付嬢、事務員だけならまだ分かるけど、町の未婚女に全員声かけてよぉ」

「そりゃフラれるっつーの」

「もうこの際誰でもいい」

「顔! 顔! 顔がマジすぎんだよお前!」

「……な、なにかあったんですか?」

「バッ! お前聞いちゃ……」

「え?」


 なにが、と思ったらズロンスの顔が……。

 絶望感に染まり、この世の終わりのような事になっている。

 聞いてはいけない事を聞いたのだ。

 今更遅いが、仲間たちの顔にようやくそれを悟った。

 というか、それなら事前に教えておいて欲しいものである。


「よくぞ聞いてくれた。山向こうの『エンジーナの町』にサリーザって女魔法使いがいるんだけどな……」

「ああ、ロイドさんと婚約した!」

「ぐはあっ!」


 どさ。

 倒れた。

 仰向けで。

 察した。


「…………。俺、マグゲル伯爵にお手紙書いてきます」

「ああ、いってらー」


 メンバーと別れて『マグゲルの町』の冒険者ギルドへ戻る。

 腹ごなしも終わったし、まさかのタイミングで彼女に出会う事も出来た。


(ああ、本当に可愛かったな……)


 心がホクホクとする。

 本当は心のどこかで出会う事に恐怖心を持っていた。

 アニメやコミカライズで見た彼女はもう少し大人になっていたので、もしかしたらまだ幼い彼女に自分は気づかないのではないか。

 ないとは思うがその頃には恋人がいたり。

 もしくは仮面の男なんて怪しくて嫌悪されたり不審がられるのではないか……。

 だが彼女はさして変わらない。

 相変わらず世界の不幸を一身に背負ったような顔をして俯いていたし、ガリガリに痩せていた。

 目元も窪んでクマが出来ていたし、底と縁のある眼鏡で顔を半分隠しているかのようだ。

 きっと彼女は自分を美しくないと思い込んでいるだろうし、そうなる資格もないと思っている。

 とんでもない。

 彼女は美しくなれる。

 アニメ一期の最終回で、彼女が笑って主人公シュウヤに別れを告げるシーンは文句なしに美しかった。

 だが、あれ以降はずっと泣いている。


(……ずっと笑っていればいいのに)


 あの笑顔を自分が見たい。

 自分に向けて欲しい。

 自分が独占したい。

 だがそのためにも手順はしっかり踏むべきだ。

 主人公シュウヤに渡さないために、圧倒的正攻法でまずは挑む。


「すみません、手紙を書きたいんですが」

「はい、どなたに送られますか?」

「この町の……いえ、マグゲル伯爵に」

「え? えーと、どのようなご用件で……」

「面会の依頼です」

「……えっと、はい、分かりました。でも難しいと思いますよ?」

「分かっています」


 にっこり微笑み返すが、受付嬢は少し困り顔。

 それもそうだろう、いくら『Bランク』に昇格したとはいえ、一介の冒険者が面会を希望しても会ってもらえるわけがない。

 そもそも領主になんの用があると言うんだ。

 そんな顔だ。

 無論、オリバーもその辺りの事は織り込み済み。

 なので、冒険者証を外して左右を両手で持つ。

 捻ればカチリと音を立てて二つに割れる。


「ふふん」


 手紙には面会を希望する旨と、その面会理由……マグゲル家で働いているエルフィーへの婚約希望と、その申し込みに関する是非を問う旨を書いた。

 封筒にしたため、封蝋の紋章として冒険者証の片方に刻まれた判子を押しつける。

 ルークトーズ家の紋章だ。

 これで貴族からの正式な面会依頼となる。

 ついでに実家にも『初恋の人を見つけたので婚約を申し込むね!』的な内容の手紙を書いて、同じように閉じると受付へと提出。

 その際、受付嬢が貴族の紋章に盛大に驚いて椅子から勢いよく立ち上がったのにはいささか驚いた。

 なんにしても、手紙は聖霊魔具で今日中に送り届けられるだろう。

 返事は『マグゲルの町』にしばらくいるつもりなのでこの町のギルドに送ってくれていいよ、と書いてある。

 さて、では次だ。


「手紙の返事が来るまでこちらに滞在したいのですが、なにか俺が受けられそうな依頼はありませんか?」

「え、あ、え、ええと、は、は、はい、お、お待ちください!」


 貴族とバレるとこの対応。

 だから隠していたかったのだが……。

 それに、バレた瞬間案の定この町の冒険者たちが目の色を変えた。

 後ろから突き刺さる視線が痛い。

 まあ、さすがにそろそろ慣れてもきたが。


「今朝『Bランク』に昇格されたばかりなんですよね?」

「はい、そうですね」

「では、無理をせずCランクの依頼はいかがでしょうか? パーティーを組まれている方がいるのでしたら、Bランクの依頼もご紹介出来ますが……」

「いえ、ソロですので、そうですね……Cランクの依頼にしてみようと思います」

「かしこまりました、こちらからお選びください」


 ふむ、と束を受け取る。

 相変わらず視線は痛いが今更だ。

 貴族の坊ちゃんが権力を盾に『Bランク』にのし上がったんだろう、と思われている。

 実際そういう貴族が9.9割なのでオリバーが文句を言えるわけもない。

 それで割りを食うのは普通の冒険者たちなのだから。


(でもなんとなく、ここの冒険者たちの視線は特に痛いな。もしかしているのか?)


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