見上げるもの



「…………ん……?」

「お、起きたか?」


 ぱち、ぱち、火が燃える音。

 どこかぼんやりする中、目を開ける。

 すると、調査メンバーの一人が覗き込んできた。

 それでもまだ、頭はうまく働かない。


「あれ……俺は……」

「俺たちが魔物とやり合ってる間、部屋でぶっ倒れたんだよ。んで、ここまで運んできた。俺がな!」

「ざけんな俺だって背負ったぞ!」

「その毛布は俺が貸した!」

「いや、そんなら俺だって回復魔法を何度もかけたぞ!」

「…………」


 ゆっくりと上半身を起こす。

 空を見上げると満天の星。

 水の入った袋を突き出してきたのはズロンスだ。


「お前のおかげで誰一人欠ける事なく生還出来た。礼を言う」

「……あの、魔物は……」

「まあ、なんとかな」


 それを受け取り、一度キュアをかけて一口含む。

 あの魔物……ミートウォール。

 強さとしては『Aランク』。

 だが、オリバーの土魔法と聖魔法がかなりダメージを与えていたらしく、土塊から出てきた時には相当弱っていたそうだ。

 その上、オリバーがあの厄呪魔具を停止させた事で呪いの影響が解け、頭が冴えた。

 戦いに集中出来たおかげで、誰一人欠ける事なく『Aランク』級の魔物を倒せたのだ。

 先のリッチ戦、オリバーがほぼ一人でリッチを倒した事で彼らの体力、魔力が温存されていたのもあるだろう。


「なんにしても、お前の活躍が大きい。まさかあの場に厄呪魔具があったとは……どうして気づいたんだ?」

「まあ、明らかにみなさんの様子がおかしくなっていきましたから。そこで考えられるのは厄呪魔具でしょう。俺はこの仮面が厄呪魔具です。厄呪魔具同士は効果を阻害するか、相殺されます」

「なるほど……。……っていうかそれ、趣味でつけてたんじゃなかったのか」

「ち、違いますっ」


 なんて事を言うのか。

 オリバーの仮面は、つけていないと大変な事になるのだ。


「えっと、それであの厄呪魔具は……」

「一応持ち帰っては来ている。だが、誰がなんであんなところにあんなもんを? それに、あの魔物は……。普通の魔物じゃなかったよな?」

「…………。その事なんですが、皆さんの様子がおかしかったので記録を撮ってあります」

「なに!?」

「ギルドに戻ったら提出するので、回収した厄呪魔具と一緒に調べてもらってはどうでしょうか?」

「でかした! お前本当にやるじゃねぇか!」

「ど、どうも」


 バシバシ背中を叩かれる。痛い。

 しかし、そうは言ったがラノベのラスボスが相手だ。

 他にも危険なキメラを量産しているはず。

 まして身分は貴族……独立しているとはいえ伯爵だ。

 貴族相手では騎士団もおいそれと捕まえられない。

 しっかりと証拠を集めなければ。

 だが、あの男はそう簡単に証拠を掴ませはしないだろう。

 あの地下室も、オリバーが盛大に破壊した。


「こりゃ戻ったら『Bランク』昇格間違いなしだな」

「ようこそBランクへ」

「気が早ぇ!」

「がははは!」

「そういえばお前、『マグゲルの町』に行きたいって言ってたよな?」

「え? はい……、……!」


 そういえばここはどこだ?

 調査が終わったらその足でそのまま単身『マグゲルの町』へ向かおうと思っていた。

 彼らと一緒という事は、まさか……『ミレオスの町』へ逆戻り──。


「だと思ってよ、明日には着くぜ」

「え?」

「まあ、厄呪魔具はこのまま『ミレオスの町』の手柄にさせてもらうけどな。映像は全ギルドで共有出来るし、問題ねーだろう」

「俺たちも『マグゲルの町』でゆっくりしてから『ミレオスの町』に帰るさ」

「な」

「そーそー」

「……え、じゃあ……まさか皆さん……」


 ニヤリ、と笑う男たち。

 なんとも……粋だ。

 これぞ冒険者である。


「ありがとうございます……!」

「おら、つーわけで安心して寝ろ! 休め!」

「しかし惜しいな〜。用事が終わったらうちの町の冒険者になれよ、坊主」

「すみません、黙っていましたが俺、『トーズの町』のギルドマスターの息子なんです」

「「「え?」」」

「ギルドマスターの息子?」

「待て、じゃあお前貴族?」

「嘘だろ? 貴族って戦えねーだろ? 普通」

「自分から瘴気に突っ込んでいく貴族冒険者見た事ねーぞ? 冗談だよな?」

「マジです」


 マジかー!

 と、一気に騒ぎ出す冒険者たち。

 ……実に気のいい人たちだ。

『ミレオスの町』が『アルゲの町』にやっていた事は許せないが、それは悪い面だったのだろう。


(……そうか、スゴウさんも……こんな風にすごく複雑だったんだろうな……)


 なにかきっかけがあれば、町同士の関係は変わるはずだ。

 それがスゴウの帰還、温泉地としての発展ならば、携わった者の一人としてとても喜ばしい。

 だが、それは時間を要する。

 焚き火を囲みながら笑い合う彼が悪人だとは思えない。

 水にも、毒もなにも入っていなかった。

 それどころか、遠回りになるというのにオリバーを『マグゲルの町』へと運んでくれたのだ。

 つまり彼らは、仲間思いのいい人たちだった。

 だからきっと、近いうち町同士分かり合えるだろう。


(エルフィー……もうすぐ、会いに行きます)


 もう一度空を見上げてる。

 ようやくだ。

 ようやく彼女に出会える。

 web小説で気に入り、アニメを観てからコミカライズを購入。

 書籍版は四巻でエルフィーが去って以降、金欠も相まって買わなくなったが……それだけ彼女が「負けヒロイン」になったのは悲しかった。

 アニメでもコミカライズでもとても可愛らしく、しかし出番はあれだけ。

 ハーレムとは、すべての女の子が幸せになるから、ハーレムというのではないのか?

 どうしてエルフィーは「負けヒロイン」になったのだろう?

 もう一人の「負けヒロイン」に至っては死んでしまうので、エルフィーはまだ運がいいのかもしれないが……それとこれとは話が別だ。

 チーレムラノベの主人公ならいっそ全員幸せにしやがれと、何度もコミカライズを読み返してそう思った。

 彼女が涙で去っていく。

 そして、ずっと主人公シュウヤだけを想って生きていくのだ。

 そんな寂しいエンディング。


(この気持ちは多分恋じゃない。彼女を好きだという、ファン心理。……でも、本物に……もうすぐ会えるんだ……)


 彼女の結末を知っている。

 そして、それを救いたいと思った。

 思い出せば出すほどもう一人の「負けヒロイン」……いや、死んでしまうヒロインの事も気にはなるが、彼女はおそらくストーリー上に必要で亡くなる。

 それをきっかけに、主人公シュウヤは新たなチートを手に入れてスレリエル卿との最終決戦に挑むのだから。


(でも今思うとエマも助けられないのかな……彼女は笑って死んだけど……やっぱり生きて幸せになって欲しいよね。……うーん……けど、彼女の出番はラノベ開始から二年後……シュウヤにもあんまり関わりたくないしなぁ。……まあ、まずはエルフィーだよね。彼女に……俺の婚約者になってもらう! うん! まずはエルフィー!)


 胸がドキドキと高鳴る。

 ずっと憧れていた女の子に、やっと会えるのだ。

 これはコミケへ行く時の気持ちに似ていた。

 でも、出会えばどうなるだろう?


(早く会いたい)


 憧れは恋になり得るのだろうか。

 それとも、憧れは憧れのままなのだろうか?

 期待も不安もどちらもぐちゃぐちゃになる。

 でもやはり、喜びと期待が大きい。


(絶対、君の運命を変えるから……!)




 ***



『ヤオルンド地方』、某所。

 豪華なシャンデリアの下、晩餐会が開かれていた。

 その場には縄で括られた者、鎖に繋がれた者、檻に閉じ込められた者と様々な種族がいる。

 そして、晩餐会に招かれた客は皆、顔上半分を仮面で覆っていた。


「こちらのエルフはおいくら?」

「金貨百枚ほどとなっております」

「では頂いていきますわ。……まあ、ミスターS、本日はなにも買われませんの? 先程から見ているだけですけれど」


 真紅のドレスを纏った夫人が振り返る。

 革張りのソファーに足を組んで座る紳士……ミスターSと呼ばれたその男はゆっくり唇を歪ませた。


「いえ、私はもういくつか購入しておりますので」

「まあいつの間に? なにを購入されたの? 見てみたいわ」

「マダムのお気には召しませんよ。ただの人間ですからね」

「……あら、なんだ……じゃあいいわ。相変わらずミスターはよく分かりませんわね……魔物や人間ばかり買われるんですもの」

「まったくですな。たまには女を買ったらどうです? エルフの女はいいですぞ、反抗的で、凶暴で! それが堕ちていくところを見るのは堪らない! 実に支配欲が満たされる……」


 入ってきたのはぽってりとした腹の男だ。

 ジャケットは特注品だろう、あの突き出た腹がしっかりしまっている。

 そして仮面の眼元から覗く瞳のなんと濁った事だろう。

 ミスターエSは、そんな男にも柔らかく微笑む。


「確かにエルフは興味深い。いずれ購入したいとは思っています。その時はご相談しますよ、ミスターD」

「ははは! ああ、いつでも相談したまえ!」

「では、少々失礼致します」


 立ち上がったミスターSは、騒つくホールを去る。

 彼にあてがわれた部屋へ入ると、そこにはすでに購入した『商品』が届けられていた。

 ランプが灯る。

 そこに入っていたのは女、男、そして少年。


「どうも、お久しぶりですね、ローグ男爵。奥様もどうもどうも。息子さんには初めまして……ですかな?」

「……っ……」

「まあ、そう怯えないでください。取って食ったりしませんよ。奥様もね、私は妻一筋なので他人の妻には興味がありません。貴方方を買い取ったのは……まあ、コマが必要だったからです。私の研究にね……たくさん必要なんです。大丈夫、仕事を手伝ってくだされば、悪いようにはしません。ちょっとこの厄呪魔具を適当に人のいないところに置いてきてくれるだけでいいんですよ。それだけで、この厄呪魔具は『観測』を始める。まあ、それだけです」

「……『観測』? 君は、一体なにを……」

「…………」


 弧を描く唇。

 そこに手袋をはめた指が輪郭をなぞっていく。

 妖しく、艶かしく……その紳士はソファーに座り、足を組む。


「ドラゴン」

「っ!?」

「……と、言えばお分かりになりますか? ……大丈夫、置いてくればいいんです。そうすれば厄呪魔具が勝手に『観測』をする。置いて逃げてくれば仕事は終わりですよ。簡単でしょう?」

「そ、そんな……」

「怯えなくても大丈夫ですよ。ええ……なにも心配はいりません」


 彼らは逆らえない。

 奴隷紋章が刻まれ、主人の命令には絶対服従となっている。

 時代に感情や思考を奪われ、人形のようになるだろう。

 それまでの束の間の会話。

 震える夫妻のその横で、しかし息子だけは光を失わない目でミスターSを睨みつけていた。

 その瞳に感慨深そうに微笑むミスターS……スレリエル卿。


「さあ、今夜はもう寝ましょう。明日から忙しくなる……ふふふ」

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