『アルゲの町』【前編】



「え、すまん?」


 そんなに待たせてしまったとは。

 確かに町のゴタゴタで遅れはしたが、そんなに急ぎなら『ミレオスの町』に依頼すればいいのだ。

 わざわざ山向こうの『エンジーナの町』に依頼する必要はない。


「冗談じゃねぇ! 『ミレオスの町』の奴ら! この町の奴らの大半がドワーフだからって一体どれほどの無体を働いてきたか!」

「ああ、そうだったな」

「?」


 大変ご立腹。

 ロイドたちに事情を聞こうか、と口を開くまでもなく……ドワーフはベラベラと色々話してくれた。

 たとえばこの町の大半がドワーフなのをいい事に、この町で道具を安く買い叩く。

 人間種の国の中で点在する『他種族を受け入れた町』や『多種族が集まった集落』は扱いに差がある。

『アルゲの町』は前者だが、後者は『公帝国』の一部と認められず地図に村や町の名前が載らない。

 この町の町長はとても優しい、懐の広い人物だったらしく、受け入れたドワーフの家族や友人も呼び寄せて住むように言ってくれたのだそうだ。

 おかげでいつしか町の人口の半分はドワーフになった。

 だが、『ミレオスの町』からの嫌がらせはこれだけではない。

 親が亡くなった子どもを『アルゲの町』へ口減らしとして捨てるのだ。

 この辺りは見ての通り作物が育ちづらい。

 地下水は豊富だが土に栄養がないのか草一本生えないのだ。

 それは麓の『ミレオスの町』も同じ。

 なので一度食糧難に陥ると、『クロッシュ地方』以上に困窮する。

 他の町から食糧を買えばいいものを、『アルゲの町』にはドワーフの職人が多く武具や道具が高く売れるからと口減らしに子どもを置いていく。

 人情を重んじるドワーフにとって、それは到底理解出来るものではない。

『ミレオスの町』の人間種は魔物と変わらない、と口にする。

 かと思えば、この町のドワーフたちに仕事をやるから『ミレオスの町』に出張ってこいと通知が来るらしい。


「仕事ってのは、武具作りか?」

「いいや、関所を作るんだとよ」

「「「関所ぉ?」」」


 なんだそれは。

 と三人の声が重なる。

 曰く「ここ数年で貴族のやりたい放題が悪化してやがるんで、みんな『クロッシュ地方』や『ヤオルンド地方』に逃げようとしてるんだ」との事。


「っ」


 そして、人が集まるという事は、その地域が栄えるという事でもある。

 その地域が栄えるという事は、その地域を治める者に『王の素質』があるという事だ。

 つまり、現公帝のもっとも恐れる事態──反乱が起こる可能性が跳ね上がるという事。


「なるほど……それで人の行き来を制限するつもりなんですね」

「へ? なにが? なにが?」

「人の行き来を制限する? なんでそんな事するのよ?」

「あ、えーと……」


 普通に生活している人にはよく分からないらしい。

 仕方なくざっくりと説明すれば、ロイドとサリーザは困惑した表情。

 やはり平民には分かりづらいのかもしれない。


「ケッ、くだらねぇ! いっそ本当にクロッシュ侯爵やヤオルンド侯爵が反乱でも起こして、公帝とかいうのを倒しちまえばいいんだ!」

「いやぁ、さすがにそれは〜……」

「カルディアナ王政時代は良かった……! 聖霊がいて、俺たちにもその恩恵を与えてくれてよぅ……! 今じゃすっかり見かけねぇ! それもこれも貴族どもが少しずつ帝国と王国を腐らせていったからだ! ああ、あの頃みてぇに自由に聖霊の力が借りられたら……!」


 困った。

 オリバーとしては身内が絡むので頭を抱える。


(いや、けれど……あと三年もすれば転生してきた事をシュウヤが思い出す……そうなれば……)


 ラノベのストーリー通りならば主人公が記憶を取り戻し、『シュウヤ』と名前を変えて活躍を始めればこの問題も解決するだろう。

 ハーレムの中に公女エリザベスがいるのだ。

 彼女はシュウヤと行動を伴にする事で、公女として民と貴族を統べる者の自覚を持ち、立派な女公帝へと成長していく。

 女公帝となった彼女の一声でシュウヤは一夫多妻を認められ、この世界に一人だけのハーレムを作る。

 あと三年……ラノベの世界の時間軸を思えば五年以内に変化は起き始めるだろう。


「えっと、そういえばお名前をまだ伺っていませんでしたよね。あ、俺はオリバーと申します。こちらはロイドさんと、女性はサリーザさんです」

「ん? おお、そういやぁ自己紹介もしねーで愚痴っちまったな。悪ぃ悪ぃ。おれぁ、ゴリッドだ」

「ふむ。依頼人はあんたで間違いないんだな?」

「おうともよ。正確にはこの町のドワーフ族一同だが、おれが代表だ。この町の人間たちは最近体調が悪くてなぁ」

「体調不良? 人間だけ?」

「ああ」


 やはりそこに引っかかったのはオリバーとサリーザだけのようだ。

 顔を見合わせてから、目を細める。

 ドワーフが平気で、人間だけが体調不良を訴える……それは──。


「まずいわね、『厄石』の厄気が強くなって広まり始めてるんだわ」

「はい、早くなんとかした方がいいですね」

「え? 『厄石』のせいなのか?」

「アンタ仮にもギルドマスター代理でしょう!? なんでそんな事も知らないのよ!」

「い、いやぁ!」


 詰め寄るサリーザに、慌てふためくロイド。

 ゴリッドも「なんの事だ」と不思議そうなので、オリバーが説明を始める。


「『厄石』には『厄気』という瘴気の前触れが発生するんです。厄気が発生し始まると、Aランク級の魔物誕生のカウントダウンと言われています。現在確認されているAランクオレンジ以上の魔物で瘴気を放たない種はいません。つまり厄気とは前触れ。しかしそれでも魔力耐性を鍛えていない一般市民にとっては、厄気は毒なんです。微量でも吸えば体調を崩してしまうそうですよ」

「な、なんだと!? じゃあ、村長の体調が悪くなったのは……! お、おれらはなんで平気なんだ?」

「ドワーフ族は人間よりも魔力耐性が高いもの。微量ならへっちゃらよ。さすがに瘴気を浴びればただでは済まないでしょうけれど。というか、人間種が低すぎる、とも言われてるけどね……」

「「そうなのか……」」

「ロ、ロイドさん?」

「い、いやいや、知ってたぜ? ちゃんと! ……ただ『厄石』から厄気が出てそれが人間の体調に影響を及ぼすってのは初耳なような……」

「嘘よ。前にちゃんと説明したもの!」


「そうだっけ?」と唇を尖らせている。

 目は泳ぎ、両手を後ろに回しながらロイドは「いやいや! さすがサリーザだなぁ、やっぱりサリーザがいてくれると助かるぜー、ははは!」と彼女を煽ててごまかしていた。


「…………」


 しかしそれで今更ながら「はっ!」とする。

 ロイドはサリーザと一緒にいたいから、知らないふりをしたのだろう。

 彼女を煽てて褒めるために。

 そしてきっと彼女にこれを言わせたいのだ。


「まったく! 本当、ロイドったら私がいないとダメね!」

「いやはやまったくだな。アハハ!」

「…………」


 なんだろうこれは。

 犬も食わぬというやつか。

 オリバーは考えるのをやめた。

 しょうもなさすぎる。

 放っておこう。


(でもいいなぁ。俺もエルフィーに出会ったら……こんな風なやりとりをしてみたい。いや、エルフィーはそんなキャラじゃないから……)


 ほわほわと妄想を膨らませてみる。

 オリバーがロイドと同じ事をしてみても、彼女は優しく訂正するだけだろう。

 ではどうしたらいい?

 この旅で気づいた事はサリーザが意外と自己評価が低く、こちらの褒め言葉を社交辞令的に受け取る人だという事。

 ロイドのアレは、そんな彼女を褒めそやすのに最適な手段と言えよう。

 こんな風に、彼女自信満々に褒め言葉を受け取ってもらう方法……エルフィーも自己評価はとても低い。

 親しくないうちにこんなやりとりは出来ないだろうし、ではどうやって褒めて喜んで貰えばいいだろう?


(ストレートに好きなところを褒める、とか?)


 自己否定の塊のような人だ。

 ずっとウジウジしていてウザい、と言われていた。

 なるほど、ではオリバーが褒めちぎればよいのでは?


(改めて出会った時のシミュレーションをしておかなければ!)


 出会ったらまず褒める!

 一目惚れしました、夢の中で出会った初恋の人そのものです、絶対に幸せにするので結婚してください。


(これだ!)


 拳を握り締めて考えたセリフを反芻する。

 これを彼女に出会い頭で伝えればいい。

 最初は戸惑われるだろうが、頭の中がお花畑になっている状態のオリバーはそこに至らなかった。


(……いや、待てよ……もっと褒め言葉を増やした方がいいかな? エルフィーは紫色の髪と緑色の瞳……そばかすと眼鏡は、コンプレックスだとキャラ紹介に書いてあった気がする。なんでだろう? そこが可愛いのに!)


 ならばそここそが褒めポイント。

 父はよく母が「私、歩けないこの脚が嫌いだったのよ。でもね、あなたのお父さんが笑いながら『これで俺がアルフィーを抱いて移動出来るな!』『お前の足は綺麗だ』『俺がお前の足になるから大丈夫だ』っていうから、悪くないと思えるようになったのよ」と言っていたので効果はあるはず。

 コンプレックスを褒める。これだ。

 それに実際オリバーはエルフィーの容姿すべてが好ましいと思っている。

 ならば彼女に会った時、それをすべてぶちまけよう。

 そう心に誓う。

 きっといつか、遠くない未来で。

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