騎士団の光と闇【後編】
「最高、最高! 最高だよぉ! オリバーァ! これは、もう、大切に、大切に愛でなきゃ……君は、最高だよぉ〜」
「ひっ」
パキッ、パキッと音を立てて体を覆う氷の面積が増えていく。
関節部分、肩、太もも……さらに胴体へと迫る。
「大丈夫、絶対殺しはしない……本当は、もっと撫で回して可愛がりたかったけど……俺が明日から、ご飯をあーんって、食べさせてあげるから……心配しないでねぇ」
「…………」
「ふはっ! 不安そう! な、顔! 最高! ひっひゃぅ!」
明日、という事は……オリバーが駐屯地を訪れて、まだそれほど時間が経っていないと受け取れた。
どれほど気絶していたのかは分からないが、だとしたらクローレンスが来るまでどうにか、もっと時間を稼がなければならない。
(どうしよう……他に、どんな事をすれば……!)
ガチャ、と音がして、隣の牢屋からサリーザが連れ出される。
まずい、このままでは彼女が──。
「あっ……やめ……!」
「大丈夫、君の目の届かないところで躾直すだけだ。なーんにも心配いらないよぅ」
「やめろ!」
「大丈夫よ」
「!」
連れて行かれる直前、通路の明かりで照らされた彼女は……顔をすでに腫らしていた。
オリバーに微笑みかけ、気丈に振る舞っている。
(……女性に、手を上げた? ここの騎士が?)
新たな衝撃で言葉が出なくなった。
そんな事が、あるのか、と。
「大丈夫よ、ありがとう、オリバー。私はこんな奴らに屈しないわ」
「はは、強がってんなぁ、雌豚予備軍。さっさと連れていけ!」
「はっ!」
「来い!」
「っ!」
やめろ、と口を開く。
だが、今の自分になにが出来る?
(俺は……なんのために……)
あの神からもらった加護はなんの役にも立たない。
誰かが傷つくのは嫌だ。
そんなのはもう見たくないのだ。
きっと、心に永遠に残ってしまう。
体の怪我は治る。
しかしオリバーは見ていた。
前世の妹は、心の傷を治す事が出来なかったから。
「やめろ! 彼女に手を出すな! 俺が身代わりになるからー」
自分でもなにを言っているのかと思う。
だが他に思いつかなかった。
驚いた顔をしたサリーザ。
だがその視線は、オリバーとは違うところを見ていた。
「お待ちください! そこは──」
「よく申された! それでこそオリバー様である!」
「!? なんだ! 誰だ貴様は!」
赤い騎士服を翻し、真紅の髪を靡かせた絶世の美女が靴音を鳴らしながら現れる。
彼女を取り押さえようとした平騎士は彼女の連れた騎士に取り押さえられ、壁に押しつけられた。
さらに続々と入ってくる真紅の騎士服部隊こそ、第二騎士団
通称「クローレンス隊」。
「なっ!」
「なんだ、貴様は……だと? 私の顔を知らない? ならば名乗ろう! 我が名はクローレンス・ヴォフェニア! 栄えある公帝国第二騎士団団長だ!」
「っ──!」
「クローレンスさん!」
「オリバー様! 今お助け致します!」
「気をつけてください! この氷は厄呪魔具です!」
「!」
なぜそれを、と言わんばかりの顔でタックが振り返られる。
しかしその瞬間が命取り。
クローレンスが剣を抜くと、素早くタックが身につけていた腕輪を剣先にひっかけて器用に引き抜いた。
「なっ!」
「ふん、造作もない」
その手に弾け飛んだ腕輪が落ちる。
クローレンスは家の古さと、実力で女だてら騎士団長まで登り詰めた人物。
特に繊細な剣技の腕前は五人いる騎士団団長中トップ。
これに身体強化魔法が加われば、他の男の騎士団長でも差し違える覚悟がなければ倒せないと言われている。
「厄石がついている。これがその厄呪魔具だな」
「か、返せ!」
「貴様ごときが私に命令してよいと?」
「うっ……」
細まる赤い瞳。
オリバーの肌にもビリビリとした殺意が届く。 眼前で対峙するタックはそれを全身で浴びて、一歩、二歩と後退る。
その間にサリーザを左右から引っ張っていた騎士たちも、クローレンスの部下に取り押さえられた。
残るはタック、ただ一人。
「嫌だ……俺は、もっと、もっといろんな男の子に蔑まれたい……」
「? なにを言っている? ひっ捕らえろ! オリバー様に危害を加えた現行犯だ!」
「「はっ!」」
「ヤメロォ! 来るな! 俺は、俺は貴族だぞ! 貴族として、公帝国の騎士として、愚かな平民を公帝陛下に忠実になるよう調教していただけだ! 悪い事などなに一つしていない!」
「それはこれから調べれば分かる事だ」
クローレンスの魔力を注がれ、厄呪魔具が光を放つ。
すると、オリバーの体を覆っていた氷が消えていく。
ゆっくり地面に足がつくが、がくりと倒れ込む。
「オリバー様! 今、牢を開けます!」
「あ、はい……」
「サリーザ!?」
「ロイド!」
まだ抵抗して騒ぐタックを通り過ぎ、ロイドが助け出されたサリーザへと駆け寄る。
やはり彼も、約束通りギルドの冒険者たちを連れて突入してくれていたのだ。
驚きと喜び。
二人の表情は別物だが、クローレンスが牢の鍵を部下から受け取りガチャガチャと鍵穴に差し込む後ろで熱い抱擁が交わされる。
(え? あの二人……)
心からの喜びを浮かべたサリーザと、泣きそうなロイド。
思えばサリーザからロイドの名前が出た時、それは、深いロイドへの親愛に満ちていたようにも思える。
「オリバー様!」
「…………っ」
「すぐに治癒術師を呼んでこい! 駐屯地内を制圧したら、部屋を用意せよ!」
「「はっ!」」
情けない事に、クローレンスに抱き起こされても体は動かないままだ。
薬がかなり強かったらしい。
キュアを、と手のひらを胸に当てるが、助けが来た事で気が抜けたのか上手く魔力を引き出せなかった。
「大丈夫ですよ、オリバー様。このクローレンスが側におります……」
「あ……」
額を撫でられて、目を閉じる。
どんどん意識が微睡に沈んでいくようだ。
温かい。
膝枕と、頭を撫でられる心地よさ。
クローレンスは歳を重ねるごとに、オリバーに甘くなっている気がする。
***
「…………」
ゆっくりと目を開くと、天蓋が見えた。
少なくとも宿でも『トーズの町』にある自室でもない。
(頭が……すっきりしている)
薬が抜けているのだろう、体も特に異常はなさそうだ。
一応、ステータスを出して確認するが状態異常にはなっていない。
体力値、魔力値ともに満タン。
【オリバー・ルークトーズ】
総合レベル:288
物理攻撃レベル:35
物理防御力レベル:24
魔法レベル:56
魔法防御力レベル:49
俊敏レベル:24
総合運レベル:100
これにプラス、武具を装備すればステータスは変わる。
今は寝巻き姿。
素の状態のステータスがこれだ。
(やっぱり魔法の方が得意なんだよな、俺。ステータスを見る限り、俊敏も上がりづらいし……はぁ、ラノベの主人公のステータスを思い出すとその差に泣けてくるな……)
記憶の中の『ワイルド・ピンキー』の主人公シュウヤのステータス。
あれはもう、忘れるはずもない。
【シュウヤ】
総合レベル:585
物理攻撃レベル:99
物理防御力レベル:99
魔法レベル:99
魔法防御力レベル:99
俊敏レベル:99
総合運レベル:90
(運だけは少し低かったけど、それでも普通の人よりは圧倒的に高い。俺は神様からの加護で高すぎるけど……人間種のステータス最高値が『70』と言われているから、俺はそろそろ打ち止め……いってもそのくらいだと思う。くそっ……こんなステータスで、さらに【完全コピー能力者】とか、ホンットふざけてる!)
これだから俺TUEEEのチーレムラノベは!
と内心で毒づく。
とはいえ、だ……ステータスアップはしておいて損はない。
それに、スキルは増やせば増やすほど戦い方に幅が生まれるはず。
ステータスで敵わないなら、スキルをもっと覚えるしかないだろう。
たが、それも主人公シュウヤに会えば……コピーされてしまうのだ。
あとは武器、防具だが……公女エリザベス……ハーレム要員の一人であるこの国の公女である彼女を序盤で仲間にするため、国で一番いい職人にシュウヤは装備を無償でオーダーメイドする。
その後もそのチート能力で数多の魔物を狩り、その素材でどんどん強化していく。
やはりどう考えても絶対に会いたくない。
(そういえば『ワイルド・ピンキー』って魔物イコール素材の扱いだったもんな……旅先で女の子とイチャイチャするだけのストーリーで、時々現れる腐った貴族を倒して虐げられていた女の子と一夜を共にして……ハーレム要員のヒロインたちを連れて、そのまま立ち去る。SNSで『ヤり逃げ主人公』なんて呼ばれてたっけ……)
その『ヤる』に関して、前世の自分はよく分かっていなかったが。
今……オリバーはさすがに分かる。
それが理解出来る年齢になった、と喜ぶべきか。
まあ、ギルドで育つと冒険者たちから色々と、そういう下世話な話も聞く事があるのだ。
「…………」
窓の外を見る。
明るいので、起き上がってベッドを降りた。
昼間、のようだ。
そして目下に広がるのは鍛錬場……つまり駐屯地の中……建物の二階か、三階の部屋。
部屋を見回すとかなり豪華なので、貴族用の客間かなにかだろう。
とりあえず服を着替えて装備も整える。
そのタイミングで、扉がノックされた。
「オリバー様! 良かった、目覚められていたんですね!」
「えっと、おはようございます……? 助けてくれて、ありがとうございました、クローレンスさん」
入ってきたのは水の入ったコップを載せたトレイを持つクローレンス。
騎士団長がなぜ水を? と思わないでもないが、彼女がそれをテーブルに持ってきて置くのを待つ。
「オリバー様、具合の方はいかがですか?」
「はい、もう大丈夫みたいです」
「ああ、本当に良かった……貴方様になにかあれば、クロッシュ侯爵に顔向け出来ませんでしたから」
「……」
なぜだろうか。
その割に頰に手を当てて、ぽっ、と染めているのは。
(……あれ、なんか、そういえば去年からクローレンスさんって、態度変わってきたけど……まさか……? いや、まさかね? だって、剣の達人だよ? そんなはず、ないよね?)
背中がまた寒さを覚える。
しかし、今の自分には以前なかった『特殊装備』があるのを思い出した。
「少し失礼」
「?」
収納魔法からロイドにもらった仮面を取り出す。
それを着けてから、改めてクローレンスを見る。
「……なんですか? その珍妙な仮面は」
「あ、えーと、俺どうやら
へにょ、と笑いかける。
ブハッ、と吐血された。
「………………」
いや、吐血?
「ぐっぶっ、っふぅ……! きゃ、きゃわ……」
「…………(手遅れ……?)」
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