エンジーナの冒険者【後編】


(あれ? ロックバルーンは小物だよな? 図鑑にもDランクオレンジって記述されてたような?)


「え、なにかまずかったですか?」

「い、いや違う。うちの町には今、魔法を使える冒険者がいないんだ。山越えして『ミレオスの町』に移っちまっててな。おかげで討伐が間に合わなくて大量発生していたんだ」

「あ、そうだったんですか? でも、俺が遭遇したのは四、五体くらいでしたよ?」

「……オリバー、お前魔法が使えるって言ってたよな? 武器への魔法付与も出来たり……」

「出来ますよ?」

「!」


 ざわ、と明らかに酒のコップを置く冒険者が多数。

 おや? と思った時にはロイドが前のめりになっていた。


「なあ、今日これから予定がないならロックバルーン狩りを手伝ってくれないか? 報酬は弾むからよ」

「! 喜んで!」


 実績! 実戦経験! 集団戦! パーティー経験! ……大歓迎である。


「よし! それじゃあ今日は久しぶりにロックバルーン狩りだ! 武器への魔法付与を頼む!」

「なるほど、分かりました。任せてください」

「「「おーーー!」」」


 昨日よりも大きな雄叫びがギルドに響いた。


(これは、余程困ってたんだな……?)


 皆生き生き武器を持ち、やる気満々でギルドを出て行く。

 受付嬢が「書類作っておきますね!」とガッツポーズして、送り出してくれる。

 ロックバルーンが大量発生しているのは『ウローズ山脈』側の渓谷。

 人通りが多いわけではないが、渓谷の地下水から水を引いている『エンジーナの町』はロックバルーンが増えすぎて、町の井戸に汚れが目立つようになったらしい。

 これ以上水が汚れれば飲めなくなる、とするならば確かに死活問題だ。


「いたぞ!」

「!」


 小川の方に、これは、なるほど、という量のロックバルーンが跳ねている。

 その数、ぱっと見ただけでも百前後。


「付与します! 皆さん武器を掲げてください!」

「頼む!」


 魔法でひとまとめにして殲滅する事も考えたが、今回の目的は『集団戦を学ぶ』。

 他の冒険者実戦を見るのも重要な機会。

 それに、『トーズの町』の冒険者のサポートは慣れているか、他の町の冒険者のサポートは初めてだ。

 魔物もやはり近くの森とは別物。


「風の力を与えよ! フィールドギフトシルフ!」


 フィールドを展開し、その中にいる人間への『風属性付与』を行う。

 これで一定時間、冒険者たちの武器には『風属性』の力が宿る。


「よし! 今のうちに狩るぞ!」

「「「おおおおお!」」」


『エンジーナの町』の冒険者はハンマーや斧などの打撃系が多いようだ。

 ロイドも片方が斧、片方がハンマーという武器を持っている。


(あれ、なんていう武器なんだろう? お祖父様の屋敷の武器庫にもなかった)


 だが、戦い方を見ていると納得だ。

 ロックバルーンは殴ると破裂する。

 表面は硬く、剣では切りにくい。

 だが、打撃系の武器なら『潰す』事が出来るのでそのまま地面に叩きつけて破裂させて倒せるのだ。

 なるほど、と良い事を学んだオリバーは収納魔法から武器……棍を取り出す。


「! お前、メイスも使えるのか!」

「魔法を使うならメイスの方が……魔力値が高くなるので」


 ロイドが近くの一匹を叩き潰す。

 ぴょんぴょん跳ねているロックバルーンも、集団化している事で凶暴化しているようだ。


「群れの後方を始末します! 皆さんあまり前へ出過ぎないでください!」

「えっ」

「ギガント・ハリケーン!」

「は! わ、わあああぁ!」

「さ、下がれ下がれー!」


 後方に照準を合わせ、風魔法『ギガント・ハリケーン』を発生させる。

 だがその時に理解した。


(あ……詠唱って集団戦の時、仲間が逃げるタイミングを見計らう合図の意味があったのか……)


 ……と。

 せっかく立てたであろう陣形が、オリバーが不用意に放った魔法でぐちゃぐちゃにになってしまった。

 強力な広範囲魔法は多勢の敵に対して便利だが、集団戦において使用する場合詠唱があった方がよかったらしい。


「こらぁ!」

「すみませんすみません!」

「でも三分の一に減った! 叱りつけるのはあとだ! 畳みかけろ!」


 ロイドのフォローで、全員がオリバーからロックバルーンの方へ意識を向ける。

 オリバーも近くに飛んできたロックバルーンを地面に殴りつけた。


「オリバー!」

「ロイドさん」

「気にするな! それより、そろそろ付与をかけ直してくれ!」

「は、はい」


 五体ほどを倒した時、ロイドが下がってくる。

 すかさずフォローを入れて、横から飛んで来たロックバルーンを地面に叩きつけて潰す。

 付与バフが切れる頃合いを把握して声かけ。

 さらに先程の失敗に励ましの言葉も──。


(周りを見て、状況判断をして、失敗した仲間にはフォローを入れて……全部同時にやる……これが、ギルドマスターに必要な事……)


 同じギルドマスターの息子だというのに、こんなにも違う。

 これが経験の差というやつなのだろう。

 ふるふると顔を左右に振る。

 しっかりしなければ。

 確かに集団戦闘は初めてだ。

 だが、だからこそここで踏ん張って多くを学ばなければ。


「風の力を与えよ! フィールドギフトシルフ!」


 広がる『風属性付与』。

 攻撃が通りづらくなっていた者も、容易くロックバルーンを破裂させられるようになる。

 そうなれば皆、水を得た魚のようだ。


「いいぞ、大丈夫だ落ち着け! オリバー、治癒系は使えるか? ロックバルーンの鱗は石で出来ているんだ。破裂すると飛んできて、防具がないところに擦り傷が出来たりする。そろそろ傷だらけの奴も出始めるだろう。治癒系が使えるならかけてやって欲しいんだが」

「! 分かりました」

「よし、じゃあ連れて──」

「フィールド・ハイ・ヒール!」

「お?」

「おお!」


 先程は威力の高い攻撃魔法を使いすぎた。

 だが、この治癒魔法は無詠唱の広範囲で使ったところで問題はないだろう。

 ロックバルーンは殴れば一撃。

 回復したとて、冒険者の方が強い。


「っ……! お、おおぉお前広範囲治癒魔法まで使えるのかよ!?」

「……ヒールを練習してたら、進化して……」

「そんな事あんの!?」


 あるらしいのだ、これが。

 元々オリバーが教わったのは『ヒール』という典型的な小回復魔法。

 しかし、怪我をして帰ってくる冒険者も多かったので覚えてからは毎日「練習させて!」と頼み込み、無料で練習台になってもらっていた。

 するとどうだろう。

 ある日、治癒魔法欄の『ヒール』の横に『ミディアム・ヒール』、その後それは『ハイ・ヒール』と表示され、また更にそれを使い続けたら『エリア・ヒール』『エリア・ハイ・ヒール』『フィールド・ヒール』『フィールド・ハイ・ヒール』と分岐していった。

 どうやら『水属性』と『風属性』が得意な人間というのは、治癒・回復系が上達しやすいらしい。

 もちろん、ここまでぽんぽん覚えたのは日々の努力あってこそ。


(でも、ここまで覚えられても母さんの脚は治せなかったんだよな……。多分、生まれつき骨の形が悪いせいだ、っていうのは分かったけど……この世界の医療技術では……)


 思い出してしょんぼりとしてしまう。

 どんなに治癒魔法を学んでも、母の脚は治せない。

 あれはこの世界では、治す手立てがないのだ。

 それを思い知っただけで、オリバーはただ、無力感に苛まれた。

 母は幸せだと言っていたけれど、本当はもっと色んなところに自由に行ってみたいと思っているはずだ。

 好奇心旺盛な人なのだから……。


「小僧! さっきの失敗は帳消しにしてやるから、俺のパーティーには入らねーか!」

「へ?」

「ばっ! てめーずりーぞ! うちのパーティーに来いよ坊主!」

「やめとけやめとけ! うちのパーティーにしとけ!」

「カーッ! スカウトはあとにしろ!」

「…………」


 それからは瞬く間だ。

 残りのロックバルーンも叩き潰され、渓谷はバルーンの鱗まみれとなる。

 冒険者たちはその中から形の綺麗なもの、大きいものを選りすぐってアイテムボックスへと入れていく。


「いやー、助かった。やっぱ付与魔法がねーとこの数はキツいからな」

「ああ、途中のでかい魔法はテメェと思ったけど」

「す、すみません。集団戦闘は初めてで……」

「いやいや、あの『フィールド・ハイ・ヒール』は良かったぜ! で、うちのパーティーに入る件だけどな」

「バカうちだ!」

「なに言ってんだ、先に声かけたのはうちだぞ!」

「……あ、いやあの……俺、旅を……」

「治癒魔法が使える奴は貴重だからな。引っ張りだこになるのは仕方ねーよ」

「ロイドさん……」


 確かにそれは、オリバーも知っている。

『トーズの町』でも治癒魔法使いは人気だった。

 特定のいくつかのパーティーと組んでいたので、予定を合わせたり、譲り合ったりしながらやりくりする。

 治癒もそうだが攻撃魔法の使い手も人気が高い。

 オリバーはどちらも『風属性』が得意だ。

 他の属性も使えない事もないが、得意な順番で言うと『風』『土』『水』『火』。

 これは天性のものらしく、魔法使いによって違うのだそうだ。

 鍛錬を積めば苦手も克服出来ると言われたが、それこそ魔導の道を究める事を目標にせねばならない。


「けど、お前がCランクブロンズなのは間違いないな。初の集団戦でここまで貢献出来る奴はまずいない」

「ああ、そうだな。貴族だからって侮って悪かったよ」

「てっきり貴族様だから盛ったんだとばかり思ってたんだがなぁ……」

「……俺は実力に見合うランクなんでしょうか?」


 絶対に父の贔屓目のせいだと思ってきた。

 しかし、ロイドたちは首を縦に振る。

 かなり真顔で。


「経験不足は否めねぇが、そもそも攻撃と治癒の魔法を両方使える奴がそうそういるもんじゃねーよ」

「そうだぜ。しかもあんな高ランクの魔法。前にうちのギルドにいた魔法使いの姉ちゃんでも、あんなに高ランクは使えなかった」

「ああ、オリバー、お前はヤバイ」

「ヤバイ」


 まさか「ヤバイ」とまで言われると思わなかった。


「おーい、鱗の回収あらかた終わったぜー!」

「ん、よし、帰ろう! これだけあれば壁の修理にしばらくは困らないな」

「今日はうまい酒が飲めるな」

「バーカ、忘れるな。明日は……」


 ハッとする冒険者たち。

 オリバーも顔を上げる。

 明日は、騎士団の駐在所への潜入……オリバーが囮として、中を探るのだ。


「そういえば具体的な作戦は……」

「あ、えーと……大丈夫、ふわっとは決まっている」

「ふわっとは」


 これは行き当たりばったりになるかもしれない。

 空笑いを浮かべながら、不安で背中が冷えた。



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