エンジーナの冒険者【中編】



 というわけで、近くにある防具屋へと連れて行ってもらう。

 ロイドがオリバーの事情を説明して、仮面の製作を依頼してくれる。

 だが、防具屋の店主は難色を示す。


「なるほど、事情は分かったが……それなら山向こうの『アルゲの町』にある『厄石やくせき』を使うといいかもしれねぇな」

「『厄石』が出たのか!?」

「……っ! 『厄石』……を、使う……厄呪魔具ですね」

「そうだ。危なくって誰も近づけねぇと連絡が来ていてな、これからギルドに依頼しようと思ってたんだ。ちょうどいいじゃねえか」


 そう言って手紙を差し出す。

 そこには『アルゲの町』の側に『厄石』が現れた、というもの。

 これは放っておくと危険だ。

『厄石』とは、『聖霊石』と対なす魔石。

 放置すると周囲に魔物を呼び寄せ……最後はドラゴン級、『Aランクレッド』の魔物の核となる……と言われている。

 しかし使い方もある。

 魔物討伐の際に魔物の動きを止めるための厄呪魔具やくじゅまぐだ。

 オリバーのような称号持ちが、効果を抑え込むために使用したりもするが、魔物討伐用の方が一般的だろう。

 専門家の厄呪魔具師以外には出回らない代物である。


「……確かにこれからますます強力になりそうだもんなぁ、お前の容姿」

「容姿が強力になる、ってなんか変な表現ですよね」


 否定は出来ないのだが。


「よし、今回の件が終わったら『厄石』を処理しに行こう! おっさん、俺指定のクエストとしてギルド通しておいてくれ」

「え、あの、厄呪魔具が必要なのは俺なので──!」

「扱った経験は?」

「……ない、ですけど……」

「なら教えてやるよ。その頃には親父も帰ってるはずだしな」

「…………。じゃあ、あの、お願いします」


 お願いしつつも、警戒心はまだ残る。

 ──この人は本当に信頼していい人なのか。

『トーズの町』のギルドで多くの冒険者たちの話を聞いてきた。

 他の町のギルドに所属する冒険者と組むと、ろくでもない目に遭う、という話もよく聞く。


(でもロイドさんは、この町のギルドマスターの息子だって言ってたしな……他の冒険者よりは、うん……)


 それに、『厄石』の扱い方は話で聞いた事しかない。

 学べる機会を自分から棒に振るのは愚かだろう。

 なにより、この先もっと遠くに行くのだ。

 他の町の冒険者と上手くつき合えるようになっておかなければ、旅など出来ない。


「宿は?」

「取ってあります」

「そう、正解だな」

「? え?」

「自分の泊まってる宿をバラさない。正解だ」

「あ……、……はい、うちの町の冒険者たちに教わりました」

「あー、なるほどな。じゃ、明日またギルドに来てくれ。

「あ、はい」


『まだなにもするな』と釘を刺されてしまった。

 交差点で別れ、一人ポツンとなる。


(……そういえば仮面になってたんだっけ)


 フードをかぶる。

 銀髪の仮面少年はいささか恥ずかしい。

 フードをかぶれば多少はマシになるだろう。


(あ、そうだ……ギルドで魔物の素材を買い取ってもらおうと思ったんだ。……まあ、明日も行くんだし明日でいいか。夕飯は宿で食べればいいし……)


 途端にやる事がなくなる。

 まだ昼。日も高い。


(……『アルゲの町』ってどこだろう? 『ウローズ山脈』を越えた麓の町は『ミレオスの町』だったはずだけど……宿に戻って地図を確認してみよう)


 時間はまだある。

『ワイルド・ピンキー』で語られたエルフィーがウェルゲムと森に行って怪我を負わせてしまう事件は一年後。

 最短ルートで『トーズの町』から『イラード地方』、『マグゲルの町』まで二〜三週間程度のはずだ。

 そう、ここで多少の遅れが出てもなんにも問題ない。

 ゆっくり、実績を重ねてから行くつもりだった。

 彼女に会った時、どんな風に話しかけよう? どんな風に交際を申し込み、どんな風に説得して『トーズの町』まで来てもらおう……。

 今から考えるのは気が早いかもしれない。

 しかし、頭の中は段々進路よりも彼女に出会った時の事に占められてゆく。

 なにしろアニメで惚れ込み、コミカライズと原作にまで手を出すきっかけになったヒロインなのだ。

 周りに人気がなくっても、作者や主人公に蔑ろにされていても、オリバーの中では前世からただ一人のオンリーワン。


(エルフィーに会ったら……なんで声をかけよう? まずは自己紹介をして……それから、えーと、どんな話をすればいいのかな? 彼女の情報は元々あんまりないし……いや、それなら色々聞いてみればいいのか。で、でも初対面であれこれ聞いたら不審がられるかな? さすがに夢で見て、なんて言ったら怪しいよな? あ、一目惚れしました、っとかどうだろう? あながち間違いではないし)


 そわ、そわ。

 宿に帰る道すがら、妄想を膨らませる。

 彼女に会った時の事。

 どんな話をするか。

 無駄に磨いた料理のスキルで、なにか作ってあげたい。

『トーズの町』までお嫁に来てください、と言ったら、どんな反応をするだろう?

 嫌がられないように、まずはしっかり両想いになりたい。

 元々マグゲル家には生きるために身を寄せていたはずだから、ルークトーズ家にお嫁に来るのは問題ないはず。

 厄介なのはマグゲル家が彼女を手放すかどうか。

 その辺りは行ってみて、マグゲル家の人々の反応を見るしかない。

 冒険者としての実績があれば、信用は勝ち取れるだろう。多分。

 そしてそのためには、やはり冒険者としてクエストをこなし、実績を重ねる。これだ。


(彼女に会う頃にはBクラスぐらいに……! よーし、頑張るぞー!)




***



 翌日、ギルドに行くとロイドがカウンターの前で手を振ってきた。

 近づくと受付嬢たちは満面笑顔で集まってくる。

 そして始まる謎のジャンケンタイム。

 本日は昨日負けたうちの一人がオリバーを担当する事になったようだ。


「仮面つけてるのに……」

「もうこいつらは昨日の時点でお前の面を見てるから無駄だろう」

「んー……」

「本日はどのようなご用件ですか!」


 無視!

 もう諦めよう、と収納魔法を展開する。


「は?」

「え!」

「魔物の素材の買取をお願いします」


 カウンターに載せるのは、牙や皮、爪など。

 肉などは生物なまものなので、ここには出せない。

 それに、これからの旅で食糧として使いたいので売るつもりはなかった。


「しゅ、収納魔法!? お前収納魔法が使えるのか!?」

「(ラノベあるあるのセリフをまさか自分に浴びせられる日がくるとは……)実は祖父の家に収納魔法が覚えられる『聖霊石』があって……」

「っー! こ、これが『クラッシュ地方』の領主の孫の実力かぁぁ!」

「大袈裟な。ロイドさんだってアイテムボックス持ってたじゃないですか」

「収納魔法の方がすげーだろーがぁ!」


 しかし『ワイルド・ピンキー』の主人公シュウヤは『聖霊石』なしで収納魔法を最初から覚えている。

 その後もそうだ。

 称号【完全コピー能力者】で、一度見てしまえばその魔法も、武器スキルもなんでも覚える。

 それこそがシュウヤが転生時に与えられたチート能力……。


(俺もきっと、戦えば勝てない)


 だから会いたくない。

 シュウヤがエルフィーに出会う前に救い出したい、最大の理由だ。

 鉢合わせして、もしも戦う事になれば敵わないだろう。

 当然だ、相手は『ワイルド・ピンキー』の主人公。

 どんなランクの冒険者も、その称号スキルの前には膝をつく。

 本物のチートとはああいう事を言うのだ。


「買取額はいくらになりますか?」

「ひょぉあ! お、お待ちください! えーと……これ、もしかしてモーブの角ですか!?」

「はい。倒した魔物の中では一番マシだと思います」

「は、はぁ!? まさか一人で倒したとか言わないよな? モーブといえばCランクだぞ? しかも角って事は雄だよな? は? 雄のモーブはCランクオレンジだぞ? え? まさか一人で倒したとか言わないよな?」


 どれだけ大事な質問なのか。

 二回聞いてきたぞ。


「俺のランクなら倒せない敵ではないですから」

「……Cランク、ブロンズ……いや、でもマジか……ここに来るまでに、そんな大物を一人で……」

「でも魔法の方が得意なんですよ? 剣より槍や弓矢の方が好きですし」

「は? 魔法……? それに、え? お前複数武器のスキル持ちなのか!?」

「早く一人前になりたくて、ギルドに来る冒険者たちになりふり構わず教えを乞うていました。剣は今一番苦手なので練習中ですね。魔法は祖父のところでいろんな魔法の『聖霊石』を触らせてもらいました」

「…………」


 にっこり。

 仮面越しても分かる笑顔に、受付嬢たちが「はあああぁぁーん!」と甲高い声を上げて身悶える。

 ロイドは肩を落として、表情を痙攣らせた。

 もちろん、魔法は覚えれば終わりではない。

 そこから練度を重ねなければ、魔物との実戦には使えないだろう。

 なので覚えた魔法は最低限、必ず発動出来る程度には訓練した。


「……お前、下手したら俺より強くねぇ?」

「さすがにそれはどうでしょうね? 少なくとも実戦経験は、ロイドさんの方が上でしょうし」

「ま、まあ、そ、そうだよな?」


 咳払いして、ごまかしてはいるが「実戦経験は上」と言われた事に喜んでいるようだ。

 それにモーブ以外は小物の魔物ばかり。


「あ、マッドマウスの皮ですね」

「はい、この辺りでは確かロープやマントに加工して、山越えの際に使うんですよね?」

「はい! いくらあっても困らないので助かります。それに、これはロックバルーンの鱗ですね! ……え、ロックバルーン? ……え? た、倒したんですか?」

「? 俺、風魔法が得意なので……?」

「「…………」」


 なぜかシーンとなるギルド内。


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