黒呪術師の記憶

 会話中も、ロビンは手際よく部屋中のドレープカーテンを閉じて外への情報を遮断する。全て閉じきったのを確認すると、内開きのドアの前に立ってアナに脱衣を促した。


「ではお嬢様、呪術師殿に痣を」


「はい……でも……」


 アナは二人を垣間見て顔を赤らめ、躊躇した様子を見せる。


「あ、ご安心くださいアナお嬢様。こちらのシャケちゃんは一見分かりづらい体型をしてはおりますが、一応女性ですので恥じらう必要はございません」


「あんたん家の幻舞岩、全部水浸しにされたいの?」


「あ、いえ。では……」


 アナは背を向け、ドレスのホックを外す。そうして露わになった彼女の背中に浮かぶ呪痕を目にしたシャリィの表情は、何故かどんどん青ざめていった。


「う……う○こ○んち○――」

「すすすすいませんちょっと失礼しまーす!」


 思わずアナの背中に刻まれた文字を音読しようとしたナターシャの手を取り、シャリイは駆け足でロビンを押しのける様に退室する。何かに怯える様なその表情には、脂汗が滲んでいた。


「ちょっといきなり何す――」


「シャケちゃん、どうしましょう……」


「どうしましょうってシャリィあんた…………まさか?」


「はい……あの呪いの文字、思いっきり見覚えが……」


「!? あんたゴーモック家の人間に呪いかけるなんて何考えてんのよ!?」


「ちょ、ちょ、声が大きいですってば! だってあの呪い、ファーストネームと髪の毛さえあればかけられるんですよぉ。さっき話したお手紙で前金と一緒に送られてきたお仕事ですけど、そう言われてみればそんな名前だったような……どうしましょう? 私、呪い返しするって言っちゃった」


「どうもこうも無いでしょうが。あんたに返って来るんなら、とりあえず見えないお腹の辺りにでも貼っつけといて、帰って自分で解除すればいいでしょ」


「おお、さすが計算高き経済学者さん。人を欺き貶めるクレバーさに関して右に出る者はいませんねー♪」


「自分でかけた呪いで勝手に貶められそうになってる黒呪術師に言われたくないわよ」


「失礼。どうされましたかな?」


 素早くドアを開け閉めし、ロビンが二人の様子を窺う。表情は先程のままだが、声のトーンは一段低くなっており、その声には若干叱責の色が含まれていた。


「打ち合わせは結構なのですが、あまり長い事お嬢様をあの様な格好でお待たせしたく無いのですが」


「あ、すみませ~ん。もう大丈夫ですので……」


 シャリィは誤魔化し笑いを浮かべながら再び室内へと戻り、早々に呪い解除の準備に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る