モノクロームストラテジー/墜ちた魔王と黒翼の天使

阿桜かほる

第1話 墜ちる

 ――墜ちていく。


 全ての魔力と体力を使い果たした魔王、グラビテウスは成す術なく重力に従い、はるか高みの天空から固い大地へと向かって墜ちていた。


 厚い毛に覆われた三メートルを超える身体には、無数の深い傷が刻まれている。

 まともに動かすことはできず、分厚い城壁すらたやすく崩せた膂力も発揮できない。 視線を変えるのがやっとの有り様だった。


「まさか、魔王である俺の最後が墜落死とはな。笑えない冗談だ」

 

 死力を出し尽くした勇者との闘いの果て、自身にこれから訪れる末路に、皮肉げにグラビテウスは嗤った。


 ちらっと視線を自身が向かう地面に向ける。

 そこには数百個にも及ぶ大小様々なクレーターができていた。

 小さなものは数メートル程度の、巨大なものになると数キロに及ぶクレーター群。


 その全てが勇者と闘って刻まれた傷跡だ。

 民家もなくただ広いだけだった平野が、たった一日闘っただけでこのありさまだ。


「さんざんやって、さんざんやられてこの結果だ。悔いはない」

 

 ズタボロの状態だが、グラビテウスの心には一切の後悔もない。

 瞼を閉じれば、先ほどまで繰り広げていた激闘がすぐに呼び起こされる。


 激しい魔力と光力の応酬。魔族と人間という圧倒的な肉体の性能差にも関わらず、あらゆる知略と巧みな技の数で、魔王である自分と互角に渡り合う勇者。


 あの闘いを一言で表すなら「楽しかった」だ。永い刻を生きてきた魔王であっても、あそこまで血が湧き、肉が躍ったのは記憶している限り初めてだった。


「さて、次には一体どんな生が俺を待っているのやら」 

 

 墜ちながら、次はどこに産まれ直すか思案してみる。


 いつだったか、どれだけ遠くが見えるのかと遠見の魔法で見た、やたらと人間の多い地球という星にするか。


 それとも誰もいない名もない星にでもしてみるか。


 やはりこの星に別の種族となって生まれてみるか。


 次の生を考えるだけで自然と口が笑んだ。

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