星の軌跡

ぬーの

第1話 恋の声

 ロイが彼女について知っていることといえば、その声が魅せる表情の豊かさと悪戯なユーモアだけだった。


彼女、アリスは月面軌道上にある国際宇宙ステーションの管制塔で、ロイのような船乗りたちに指示を出していた。


ロイは初めて彼女の指示を受けた時からその声が好きだった。ユーモアに溢れた彼女とのやりとりは寄港の際の楽しみとなり、いつしかその声を聞くためにこのステーションへ寄り道するようになっていた。


しかし、ロイはしばらく拠点を火星に移すことが決まった。だから最後の記念にと思い、管制塔との会話の際に、冗談めかしてアリスを食事に誘ったのだった。


しばしの無言のあと、回線が切れた。やっちまった。これでもう、彼女の声を聞くことはないだろう。ロイは無限の天を仰いだ。


四方八方が天の宇宙でそんなことをしている自分が笑えた。自分はアリスのブラックリストに載せられ、次からはきっと男の管制官を割り当てられるだろう。しかし、まあいいか、とも思っていた。自分は遠くへ行くのだし。



 その時、プライベート回線から通信希望が届いた。ロイは息を飲んだ。画面上で明滅する見知らぬIDを見つめ、英数字の羅列に動揺する心臓を抑えなければならなかった。


承認ボタンをゆっくりとタップする。聞こえてきたのは、愛しい彼女の声だった。

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