第5幕 顔見世発表とハリウッドの逆襲
(1)
都座十二月「披露顔見世興行」製作発表記者会見が、川端二条にある、京都リバーサイドホテルで行われた。
壇上には、嵐山副社長、白川都座支配人、花園朱雀、鴨川朱雀、そして蹴上監督がいた。
今回の顔見世の目玉は、二つあり、一つは今歌舞伎界の風雲児とも云うべき、鴨川鯛蔵と花園朱雀女形の初共演である。
さらに、その舞台演出を「ライト男」映画で有名な蹴上監督が、舞台初演出をするのである。
話題満載であるため、三百名近くの記者、テレビ、マスコミ関係者が詰めかけた。
「蹴上監督にお伺いします。舞台初演出。しかも顔見世での演出です。今の心境をお聞かせ下さい」
「おそらく、この壇上にいる皆さんの中で一番緊張しているのは、この僕であろうと思います。いつもは、キャメラで撮る立場の人間が、こうやって多くのキャメラで撮られる。いやあ役者は大変だ。役者でなくてよかった」
一同から笑いが起きた。
「前々から、舞台演出はやりたいと思っていました。それを僕の大好きな京都都座で出来るなんて、本当に嵐山副社長には感謝いたします」
ここで言葉を区切り、嵐山を見て一礼した。
蹴上の言葉を聞きながら、数日前を白川は反芻していた。
朱雀との一夜の次の朝、すぐに再び上京して、嵐山に報告した。
「よくやってくれた」
嵐山はねぎらいの言葉を掛けた。
その後、雑談の中で、蹴上が撮影の時、舞台演出をやりたい話をした。
「それで、顔見世で蹴上監督に演出してもらうのは、どうでしょうか」
駄目もとで白川は、提案した。
伝統ある顔見世で、映画監督が舞台演出するなんて、おそらく、
「お前は馬鹿か。何考えているんだ」
と嵐山から恫喝されて、却下されると思っていた。
しかし、
「それはいけるなあ。面白いよ、それやろう。蹴上監督に顔見世で舞台演出をして貰おう」
あっさりと嵐山は、白川の提案を呑んだ。
嵐山の動きは早かった。
その日の内に蹴上を捕まえて、承諾させた。
この件は、嵐山の独断で行い、東山守には、事後承諾の形を取った。
「では、次に朱雀さんお願いします」
「私、顔見世は、六年ぶりなんです。久しぶりの都座です。蹴上監督と初めてお仕事をご一緒させて戴きます。よろしくお願いします」
次に鴨川鯛蔵である。
三年前、顔見世出演が決まっていたが、銀座で愚連隊との喧嘩に巻き込まれて、重傷を負った。
すでにまねき看板が上がっていたが、公演初日に、前代未聞のまねき看板おろしが行われた。
当時関西のマスコミが、この深夜の作業をカメラに収めていた。
「神戸は六甲おろし、京都は、比叡おろしが有名ですが、僕は、まねきおろしで有名です」
記者団から笑いが巻き起こった。
「今年は、楽日まで、まねきが降ろされないよう頑張ります」
と締めくくった。
「竹松としては、伝統ある披露顔見世で、新作。しかも映画監督が演出するとは、大変な決断と思うのですが」
この質問に対しては、嵐山が答えた。
「今でこそ、顔見世の演目は、よく出る演目が並んでいますが、昔は、それこそ懸賞小説を舞台化したり、新作を掛けたりしてたんですよ。
伝統を守るのは、良い事ですが、そればかりだと、マンネリ化してしまう。
竹松には、(ライト男)シリーズで有名な蹴上監督がおられる。蹴上監督も承諾してくれました。どんな舞台に仕上がるか、私も皆目見当がつきません。私も楽しみです」
嵐山は云って壇上からいつもの豪快な笑いをした。
記者団も釣られて笑う者もいた。
和やかな内に製作記者会見は、終了した。
嵐山から喫茶ルームに誘われて、白川は、蹴上監督と共に行った。
「僕の願いがこんなに早く実現するなんて、白川さん、嵐山副社長有難うございます」
「お礼は、白川でいいですよ。俺はそれを聞いて動いただけだから」
「それにしても時代を感じるなあ。都座と云う、演劇の殿堂に、しかも伝統ある顔見世。そこへ映画監督が乗り込んで、演出するとはなあ」
「実は、東山副社長を飛び越えてやったんだ。その時間がなくてねえ」
「大丈夫ですか」
「別に、深い意味合いはないんだよ」
と嵐山が云ったが、それは違うと白川は思った。
「竹松には、映画と演劇の二つの会社があると未だに云われるからね」
蹴上が云った。
「でも最近は、若手の人事の交流が盛んになって来ました」
と白川は説明した。
「映画にしても、演劇にしても特別な職種だからな。両方をやれる人間を育てるのは難しいんだ」
嵐山は弁明した。
「確かにそれは云えるなあ」
「俺は、歌舞伎だけでアップアップだな。おい白川、お前はまだ若
いから今からでも遅くない。映画の方も勉強したらどうなんだ」
「それは無理ですよ」
やんわりと白川は否定した。
「まあ両方出来るカリスマ経営者が出るのを待ちますか」
と云って蹴上は少し笑った。
「東山副社長は、何か云って来ましたか」
白川は尋ねた。
「ああ、驚いたって。今日の記者会見だって、俺は声をかけたんだぞ。でも親子とも臍を曲げて来やがらなかった」
「やはり、自分を飛ばして、直接に話がいったんで気に食わないんだろうなあ」
「性根が小さいなあ」
嵐山は呟いた。
「僕は、映画監督だけど、竹松と契約しているんだ。別に映画部と契約してるわけじゃない」
「監督からそう云って貰えると嬉しいなあ」
一同は、頼んだアイスコーヒーを殆ど飲まずに話し込んだ。
途中で白川は席を立った。
「じゃあお先に失礼します」
「おお御苦労だったな。じゃあまた連獅子の事で電話するよ」
嵐山は、そう云いながらウインクした。
一瞬、白川は、一体何を云っているのか理解出来なかった。
(そうか!東山親子の事を「連獅子」と呼ぶと決めたんだった)と思った。
「わかりました」
白川は、都座に戻った。
伝言のメモ見ると、和夫から二回も電話があった。
スマホと会社のパソコンそれぞれに、「カブク2」の件はどうなり
ましたか?とメール来ていた。
白川は、和夫のスマホに朱雀に拒否されたとメールした。
すぐに和夫からスマホに電話があった。
「やはり駄目でしたか」
白川が返事する前に和夫は云った。
「ですので、パート2の製作は無理ですね」
「いえ、そんな事ないですよ。役者を替えるだけですから」
和夫の撃たれ強い所が、いいところでもある。
それにしてもタフである。
「それ、当たりますか」
白川は疑念を抱いた。
「当たって砕けろ」
「砕けちゃあだめじゃないですか」
「シリーズ化で主人公が代わるのはよくある話です」
「でも、シリーズものなんだから、同じ主人公で行くべきでしょう」
「そりゃあ、それに越した事はありません」
「何も慌てなくても、少し時間を置いたらどうですか」
「いやあ白川さん、それは違いますね。今ヒットしてるからこそ、パート2製作決定のリリースすべきなんです」
すでに、全国のシネコンへ、
(特報!カブクパート2製作決定!)
と題した動画、パンフを製作して上映、設置を決めたそうだ。
すでに、公式ツイッター、ブログ、フェイスブックも稼働し始めていた。
この辺の動きの速さには、白川も感心した。
(2)
竹松株式会社は、現在八人の役員で構成されている。
清水利之社長
東山守副社長(映画)
東山和夫専務取締役(映画)
太秦常務取締役(映画)
嵐山副社長(演劇)
白川取締役(演劇)
百萬遍常務取締役(不動産・管理)
岩倉取締役(不動産・管理)
役員の解任は、出席者の三分の二以上の賛成で成り立つ。
つまり東山親子二人同時の解任決議は、残りの六人全員の賛成が必要なのである。
残暑厳しい九月初旬、白川は、東京本社に嵐山を訪ねた。
東山親子は、まじかに迫った京都インターナショナル映画祭の準備で、京都にいた。
それを確認したうえでの嵐山のセッティングだった。
副社長室には、太秦常務、不動産・管理部門の百萬遍、岩倉の三人が顔を揃えていた。
白川が座ると、
「百萬遍さん、岩倉さん日夜御苦労さまです。今回は、この嵐山からのお願いがあります」
「何でしょうか」
「東山守、和夫親子の解任決議に賛成して欲しいんです」
「おだやかじゃないですね」
百萬遍は、ゆっくりと口を開いた。
「解任させるには、それ相当の理由がいりますが」
岩倉が聞いた。
「それについては、私が説明します」
太秦が云い出した。
「東山和夫は、自分本位で映画を作り続けています。このまま放って置くと、竹松の映画部は、巨額の赤字を生み続けます」
「それから」
「秘書を四人はべらせています」
「それから」
「NINPО騒動における、顛末」
「それから」
「不正です」
「不正だと」
嵐山が声を張り上げた。
「そうです。NINPО上映の時、竹松のシネコンの数字不正です。
実際には、入ってないのに、他の映画の売り上げを横流ししてます」
「それから」
「これで充分じゃないですか」
太秦は云った。
「お言葉を返すようですが、映画製作にリスクはつきものです。彼も大入りを祈願して作っているんでしょう。たまたま、不入りが続いているだけでしょう」
「そのたまたまが、もう十年も続いています。酷すぎます」
「別に映画製作で、金を他の事に費やしたわけじゃない」
「でも、数字の操作してます」
「NINPО騒動で、でしょう」
「そうです」
「毎回じゃないんだ」
「それはわかりません、毎回なら、なおさらだ」
「父親にも連帯責任取らすのは、少し厳罰すぎじゃないですか」
「そうでしょうか」
「別に自宅に火をつけたわけじゃない」
暗に清水龍二前社長の事を引き合いに出した。
「何が云いたいのですか」
「解任は、その人の人生をも変えてしまいます。先ほども云いました様に、それ相当の理由が必要だと云っているんです」
「じゃあ、百萬遍さんは、現時点での解任は、すべきでないと」
「端的に云えばそうです。まして東山守副社長の解任は可哀そうすぎます。ドラ息子の責任までとらすのは、私は反対です」
「でも百萬遍さん!」
「もういい!」
嵐山がここで、会話を中断させた。
「岩倉さんも同じ意見ですか」
「そうです」
「いやあ本日は、どうも有難うございました」
にっこり笑顔を浮かべ、嵐山はすくっと立ち上がりドアの方に向かった。
「もういいのかね」
「はい、お帰り下さい」
あっさりと嵐山は、二人を解放したので、白川も太秦も何やら拍子抜けした感があった。
「今は、ありゃあ何を云っても駄目だ」
「大丈夫ですかね」
「何が」
「東山親子にご注進になりませんか」
「それは、すでに釘を打ってある」
嵐山の話によると、銀座竹松ビル30階高層ビルの半分以上が、嵐山の紹介のテナントである。
「垂れこんだら、即撤退だ」
不動産・管理部門の役員にとっては、テナント一〇〇%が使命である。
「まあ、事は解任手続きだ。説明聞いて、そうですか。はいわかりましたと云える代物でもない。そう云う問題じゃない」
「そりゃあそうですが」
太秦にしたら、もう少し嵐山がしんぼう強く説得してくれると思ったと顔に描いてあると白川は思った。
白川は、太秦と本社を出てタクシーを拾い東京駅へ向かった。
秘書が、本社付きの運転手と車を用意すると云うのを断った。
二人で、色々と相談したかったからだ。
「嵐山副社長は、本気なんですかね」
タクシーに乗り込むなり深いため息をついて太秦が云った。
「どう云う意味ですか」
「もし、仮に嵐山副社長が、今回の事を東山守副社長に話していたら、私は、即くびだ」
「幾ら何でもそれはないでしょう」
「そうですかね」
「第一それをして嵐山さんは、何の得にもならない」
「この業界は、狐と狸がうじゃうじゃいますからね。この頃、演劇と映画が急接近してますね」
「顔見世で蹴上監督が演出する事ですか」
「あんな事、今までの竹松なら、出来なかった企画です」
「あの企画、実は私が嵐山さんに云ったんです」
「そうだったんですか。部下の手柄を自分のものにしたんですね」
太秦が、ほっと一息つくのを白川は感じた。
「いや、実際蹴上監督を説得したのは、嵐山さんですから。横取りでもないんです」
「しかし企画を云い出したのは、白川さんだ」
「ええ、まあ」
小さな沈黙の後、
「和夫の最近の唯一のヒット作(子犬三兄弟)の企画は、実はあれは元々私の企画なんです」
白川を凝視しながらつぶやいた。
「本当ですか」
「ええ。和夫はよく、私を副社長室に呼んで、何か企画ないかと聞かれるんです」
「それは知りませんでした」
新幹線で、二人とも京都に向かった。
「来月に迫った京都インターナショナル映画祭の準備で、東山親子はずっと京都泊まりなんです」
「忙しいのに、よく東京に来れましたね」
「母親が入院したと嘘ついて来ました」
「なるほど」
「入院しているのは本当なんです」
京都駅で別れた白川は、都座へ向かおうとするとタクシー乗り場で桜子を見かけた。
「桜子さん」
白川が声を掛けた。
「まあ白川さん」
「お買い物ですか」
「ええ。これから枳殻(きこく)邸(てい)でお茶会があるんです。白川さんもご一緒にどうですか」
枳殻邸とは、渉成園とも呼ばれ東本願寺の飛び地境内で、京都駅から歩いて十分ぐらいの距離にある。
都心の中にありながら、池、樹木があり、オアシスである。
「私なんかが行っても大丈夫なんですか」
「もちろんです」
近場だったが、残暑の厳しさで、タクシーを利用した。
「この頃お忙しいんですね」
「ええ、今立てこんでまして」
「顔見世、びっくりしました。蹴上監督が演出するんで」
「よく色んな人から云われます」
「鯛蔵と朱雀共演で、蹴上監督でしょう。私、今年は夜の部絶対に見ます」
関西の演劇は、どうしても夜の部の客の入りが弱い。
そこで顔見世も夜の部に話題作を持って来た。
昼は団体動員が出来るが、夜が少ない。
茶室は、エアコンが効いていて汗がすっと引っ込む。
茶室から広い池と樹木が広がる。
残暑の日の光りが自然を照らしている。
お茶席は、二〇人ぐらいだった。
その中に、清水利之と女優の今出川恵美がいた。
「来ていらしたんですか」
利之の方から声を掛けて来た。
「京都駅で偶然お見かけして拉致して来ました」
桜子がにこやかに笑った。
「龍二さんはどうされたんですか」
「私と恵美が行くとわかると、急に用事が出来たと云って、来なくなりました」
「きっとばつが悪いんでしょう」
常菓子は、夏の季節らしく水色のゼリー状のものが表面を覆う。
「おいしい」
桜子も恵美もそう云った。
折角来たので、少し表を歩こうと出た。
樹木の木陰は、涼しかった。
「そろそろ年内をめどに、親父を東京に戻そうと考えているんです」
突然利之が龍二の件を切り出した。
「突然ですね。もっとゆっくりとすればいいじゃないですか」
「いつまでも白川さんの別荘で御厄介になるわけには、行きませんから」
「私はいいんですよ。別にあそこで住んでいるわけじゃないですから」
「ええお気持ちは、嬉しいんですが、いつまでも逃げるのは、よくないと思いまして」
「逃げる?」
「そうです。きちんと恵美さんとの結婚について、お話しようと思うんです」
「それがいいです。今すぐにでもなさって下さい」
「そのために、東京から恵美も呼んで来ました」
「嘘おっしゃい。本当は、東山親子に呼ばれて来たくせに」
と云って恵美は、白い歯を見せて笑った。
「例の京都インターナショナル映画祭の下見ですよ」
「和夫さん、えらく張り切ってました」
「カブクが興収十五億越えたんで上機嫌でしょう」
「そのカブク、オープニング上映にするって」
「公開中の映画を上映してもインパクトないでしょう」
「それが、その時にパート2の製作発表会兼ねているんです」
「どこまでも自己中心なんだな」
「まあそれが和夫の云い所であり、悪い所でもあるんだ」
(3)
四人で別荘に戻った。
すでに龍二は、いた。
龍二は、恵美の姿を見ると顔を強張らせた。
「あっどうも」
二階に上がろうとする後ろ姿に向かって、利之は、
「親父、ちょっと話があるんだ」
しかし龍二は、そのまま二階へ上がろうとした。
「お父さん、お話しましょう」
恵美が龍二の手を掴んだ。
白川と桜子はともに家を出ようとした。
「白川さんも桜子さんもいて下さい」
ぴしゃりと利之が云いのけた。
「何も話す事はない」
「私にはあります」
龍二は下に降りて、応接間に向かった。
「私、利之さんと結婚したいのです」
「あなたは、竹松の専属の女優なんですよ」
「わかってます。利之さんと結婚したら、竹松をやめます」
「引退するのかね」
「はい、引退します」
「それ相当の覚悟ですね」
「はい」
「しかし、その結婚は竹松にとって、大きな損失だな」
「それは昔の話です。今はもう私の時代じゃないです」
銀幕のスターともてはやされたのは、昔の話である。
そもそも、映画自体の存在が薄くなっている。
テレビ、ネット、ゲーム、ライン、フェイスブック等の出現により、映画界を取り巻く社会は、大きく様変わりしていた。
「もう好きにしなさい。私はほとほと、疲れた」
押し黙ったまま龍二は利之を見た。
「あなたの件で、私は、自宅に火をつけて、お手伝いさんを巻き添えで死なせてしまった。好きにやりなさい」
そう云われても利之は戸惑った。
「これ以上お前らと話すと、私はまた火をつけるかもしれないぞ」
龍二は利之を睨みつけた。
「親父、そんな冗談は、白川さんに失礼です」
「お前に云われる筋合いはない」
「まあお二人とも落ち着いて下さい」
ここで白川は、二人の中に割って入った。
「すまない、白川さん」
龍二は、ちらっと白川を見ると頭を下げた。
「白川さん、ちょっとお話があります」
「何でしょうか」
「連獅子の件です」
白川は、はっとして利之を見た。
「わかりました」
利之、恵美、白川の三人は別荘を出た。
恵美を蹴上のホテルに見送ったあと、七階のラウンジに入った。
利之は、ここの会員で、個室のラウンジに席を取った。
酒が運ばれた後、利之はおもむろに口を開いた。
「連獅子を二匹とも谷底へ落とす責務は大変です」
「嵐山さんからもう話を聞かれたんですね」
「ええ。私としては、これからも当分は、演劇は嵐山さん、映画は東山さんのトロイカ体制で行けると思っていたんです」
「嵐山さんは本気なんですね」
「太秦さんからの話を聞いてから独自のコネクションで映画部の事を調べているらしいです。すると使途不明金がかなり出て来ましてね」
「嵐山さんは、私には何も云ってくれなかったなあ」
「じゃあ私から聞いた事は内緒にしておいて下さい」
「わかりました」
「業者への映画の切符も半端じゃない額、枚数なんですよ」
「どれぐらいなんですか」
「一万とか二万とか」
「演劇も特販切符と云って、都座で年に二回程やってますが、百枚、二百枚の世界ですよ」
「演劇は単価が高いですからね」
「実は、今夜ハリウッドの二一世紀のラックス映画の日本支社長が話がしたいと云って来ました」
「あまり、いい話じゃないんですね」
「そうです。映画の事は東山副社長が担当だと云いましたら」
「云ったら?」
「その東山親子の事で話がしたいと」
それがどんな内容かは、翌朝のスマホでネットニュースを見て知った。
(竹松シネコンで不正疑惑!)
(21世紀ラックス映画、竹松を刑事告訴か?)
(東山竹松副社長は、完全否定)
(観客動員数の虚偽報告?)
等の文字が宿る。
それを見ていると、顧問弁護士の千本から電話がかかった。
「本当に告訴するんですか、ラックスは」
「ご存じでしたか」
「今、知りました」
「昼から、記者会見を本社でやります。ご足労ですが来てくれますか」
「映画だけの話でしょう」
「それが、嵐山さんが役員全員集めろと」
「嵐山さんがですか」
「そうです」
仕方なく白川は、上京した。
東京本社会議室には、和夫を除く役員全員が集まった。
すでに本社前には、マスコミ各社が集まり出した。
会議はマスコミを入れずに非公開で始まった。
司会進行は嵐山が行った。
「皆さんお早う。朝早くからご苦労さまです。早速ですが、東山副社長より事の経過報告があります」
すでに各自のテーブルには、レポート用紙が配られていた。
「息子の和夫は、千本弁護士と今朝もラックス映画東京支社に行っております」
報告内容は次の通りだった。
1 竹松直営シネコン映画館では、ラックス映画の動員数並びにそれに伴う入場 料をごまかし、虚偽の報告を行っていた。
2 数字のごまかしは、少なくとも過去10年に渡って行われていた。
3 ラックス映画は、それらを裏付ける確固たる証拠を持っている。
4 ラックス映画は竹松に対して、損害賠償請求を起こす準備を進める。
5 損害賠償請求金額は500億円である。
白川ら役員は、東山の説明を聞きながら、手元の資料を見ていた。
東山が説明を終えると、すぐに嵐山が質問を始めた。
「何でばれたんだ」
「どうもシネコン内部に内通者がいたようです」
現在、竹松も西宝も人件費削減にやっきになっている。
各シネコンは支配人のみ正社員であとは、アルバイトで経営していた。
「流し込みの昔の映画館なら不正も出来ましょうが、今は完全指定席制だから不正は出来ないはずですが」
百万遍が尋ねた。
昔、百万遍は映画館でアルバイトしていた経験があった。
「その指定席パソコンソフトをどうやら操作してたようだ」
「東山副社長、昼から記者会見ですが、竹松としては、どう云う立場で行きますか」
「不正は認めない。ラックスとの裁判かどうかは、今、和夫と千本弁護士に任せてる」
「厄介な荷物抱えたな。相手は訴訟大国アメリカの映画会社だ。とてつもない賠償金額を云って来たな」
ここまで云って、嵐山は天を仰いだ。正確には天井を見上げた。
「大筋では、本当なんですか。ラックス映画の入場料を誤魔化して、和夫製作の映画に流していたのは」
「私はなかったと思う。いや、和夫を信じたい」
「東山専務の指令が各シネコンにあったかどうかだな」
「息子は、そんな事はしない」
父親である東山副社長は、当然息子をかばった。
シネコンが台頭する前の映画館は、流し込みで数字の不正がまかり通っていた。
例えば「和夫」と「ライト男」二つの映画が同時に上映されたとしよう。会社としては、シリーズ物、ライト男の大入りを各映画館に通達する。そこで各館は数字の調整に入る。
本当は「和夫」100・「ライト男」50だったとしよう。
それを「和夫」70・「ライト男」80と30入れ替えるのである。
切符の半券に映画の題名なんか書いてないので、幾らでも出来た。
さらに、竹松は映画館のランクを社内でつけていた。
東京なら
1銀座
2新宿
3渋谷
4池袋
5上野
関西なら
1 梅田
2 なんば
3 神戸
と云うのだ。
例えば、ある日、渋谷の映画館が、銀座よりも多く入ったとしよう。その時は、両者の支配人の間で、数字の貸し借りが行われる。
映画の業界日報に数字を発表する時に、必ずこの順位が堅守された。
他の世界から見れば、下らない悪しき慣習でもあった。
一時間後、和夫と千本が帰って来た。
「どうだった」
「きついですねえ」
千本弁護士が説明した。
「ラックス映画は、証拠が何かは最後まで云いませんでした」
「当然だな」
「ひょっとしたら、はったりで証拠までは掴んでないかもしれません」
「かもしれないな」
東山がつぶやく。
「しかし、ここは裁判に持ち込むよりも、和解、お金で解決した方がいいと思います」
千本弁護士はそれぞれの役員の顔を見ながら云った。
「500億も払うのか!」
嵐山が吠えた。
白川は久し振りに聞く咆哮だった。
「いえ、こう云う訴訟の場合、ドーンとかなり現実離れした金額を最初に提示します。あとは両者での金額のせめぎ合いです」
「千本弁護士、最終的にはどの辺の金額になるんですか」
白川が質問した。
「そうですねえ。恐らく50から100までの間かと」
「百億かあ」
「高い買い物についたなあ」
「あと、ラックス映画は、今後五年間の竹松への映画配給停止も云って来てます」
「それは痛い!」
昨今、ハリウッド映画の力が弱火になったとは云え、ラックス映画は、人気シリーズの映画を何本も持っていた。
その映画が竹松のシネコンでかからなくなると大きな痛手だ。
「東山副社長、この件は安心してもいいかと」
「どう云う事だ」
「ラックス映画にとっても、日本市場は大きなマーケットです。竹松のシネコンで上映出来なくなると、それだけ上がり、お金が入って来ません。奴らはそんな馬鹿な事はしないと思います。あくまで私の個人的な意見ですけど」
「そうだな。後は和夫の人脈に望みを託そうかな」
和夫は竹松に入って、三年ほど、アメリカのシネコンを見学していた。
まだ日本に「シネコン」の黒船が上陸する前、「シネコン」と云う言葉もまだ日本になかった時代だ。
帰国後、和夫は父、東山副社長に、一刻も早くわが社もシネコンすべきと提言した。
「いずれ、シネコンの大波が来ます。ここで遅れたら竹松の映画は滅びます」と断言した。
竹松は、西宝、西映の映画三社の中で一番早くシネコンネットワークに乗り出した。
「裁判はやめましょう」
今まで黙っていた和夫が一言云った。
「駄目か」
「まず不正があった、なかったの件と、和解は切り離して考えましょう」
「どう云う事だ」
和夫は、マスコミ向けの記者会見では、あくまで不正はなかったと主張。同時進行でラックス映画と和解の話し合いを進める。
そう云う段取りだった。
これには千本弁護士も同調した。同時に役員会議の答えでもあった。
「父さん、昼からの記者会見は僕が出ます。父さんは出なくていいです」
「お前、大丈夫か」
「大丈夫です。僕と千本弁護士の二人で乗り切りますから」
二人は、記者会見の打ち合わせのために、和夫の部屋へ行った。
「では、役員会議はここまでで」
これで終わった。
「白川くん、(連獅子)の事で打ち合わせしようか」
白川は心臓に衝撃が来た。
(連獅子)とは二人で決めた、符牒で(東山親子問題)の件である。
まさか、東山副社長の目の前で云ったからだ。
(この人は、大胆不敵だ)心底思った。
白川は嵐山の副社長室に入った。
「本当に大丈夫なんですか」
「知らん。本当に、本腰入れて連獅子を谷底に突き落とさないとな」
あれ以来、この件について嵐山は、白川にメールは一切して来ない。徹底していた。
「ちょっと、ここで待っててくれ」
「誰か、来るんですか」
「ああ」
一時間後、バラバラに、百万遍、岩倉が入って来た。
「どうだ」
「今、出て行かれました」
「何処へ」
「和夫の部屋です」
「親としては、気になるんだな」
岩倉も百万遍もさっきまで、東山副社長の部屋で談笑していたのだ。
「会議終わってすぐ三人がこの部屋に入って見ろ。怪しまれるだろう」
嵐山は笑った。
どこまでも用心深かった。
「気は変わったか」
嵐山は百万遍と岩倉の顔を交互に見ながらつぶやいた。
「ええ、気が変わりました」
「私どもも、討ち入りに参加させて下さい」
嵐山は、無言で手を差し出した。
二人はその手に自分の手を合わせた。
そして最後に白川も手を添えた。
「ここで芝居なら、血判状だけど、指痛いからやめとくよ」
嵐山がつぶやく。
忠臣蔵の芝居の流れを知っている三人は大きく笑った。
(これで、一歩前進だな)と白川も思った。
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