第31話 おねだり

(1)おねだり


また、カナンデラと朝まで一緒に過ごした。呆然としていた頭が、シャワーで目覚める。


カナンデラは会社を持ちたがっている……

なんで俺様がカナンデラの言いなりにらなきゃならないんだよ……


カナンデラは知らないだろうけど、事務所を助けてやったじゃないか。


俺様はゴッドファーザーだぞ。此の街は市長が表のトップ、裏のトップは俺様なのに、カナンデラの奴……


カナンデラの奴、必ずセラ・カポネをぶっ潰して俺様にくれるって言うけど、本当に出来るのかよ……


あのアメリカ外道のカポネだぞ……


お前のタマの方がヤバいんじゃないのか……


あ……あいつがヤバかろうが何だろうがセラ・カポネの悶着が片付けばいいじゃないか……


危ない時はまた助けてやれば……



ガラシュリッヒ・シュロスで最後まで営業しているカジノは、朝までの客で賑わう。



ツェルシュはカナンデラと入れ違いに会長室を出て、会長室には誰も近づかないように命令した後、総務室のデスクで経理と全ての采配を済ませ、売り上げは総務室の金庫に一時保管した。


総務の金庫も大きい方だが、売り上げは押し込まなければ入りきらない。仕方なくカジノのディーラーに「負けが込んでいる客に少し勝たせてやれ」と言ったりする。



「うちはインチキはしないんで、どのように勝たせれば良いのか……負ける客は勝たせてやろうと思っても勝手に負けるんですよ」


「良いから。明日の暮らしに困りそうな客には、手を抜いてやれ」


「うちはそんな貧乏な客は入れませんけど……」


「適当で良いから、山でも当てさせてやれ。宣伝だ」



そう言って金庫に入りきらない金の一部を回す。残りは酒屋の仕入れ金として、夜中のうちに酒屋に前払いしておく。品物は開店前に届く。


それから、総務室のソファーで寝た。


魔の城ガラシュリッヒ・シュロスを襲う者はいない。長い廊下の突き当たりの壁から戦場用重機関銃に撃たれることになるからだ。此の街のマフィアだけでなく、世界中のマフィアが知っている事実だ。



1927年にはアメリカのラスベガスもまだ、砂漠だった。世界各地でカジノは合法化されておらず、ガラシュリッヒ・シュロスにはアラブの金持ちや世界の王族が連日カジノやレビューを楽しみにしてやって来る。


フランスのムーランルージュに負けない大スターを生み出すショーパブは、殺人鬼イサドラ・ナリスを一目見たかったという客で賑わう。


イサドラをステージに立たせることができるのなら、あるいは乾杯できるのなら億の金を出すと言う好き者もいる。愛人として囲いたいと言う金満家は10本の指に余る。



シャンタンは着替えを済ませて電話をかけた。



「車を回してくれ」



カナンデラに邪魔されなければ午後5時出勤、毎日、翌日1時には帰宅する。それが最近乱れて、カナンデラはソファーに眠りに来る。


微かな鼾を耳元で聞かされる羽目になるが、カナンデラの存在は映画より刺激的だ。自動小銃を奪って行った。次は何をするつもりかと訊くと

『お前にセラ・カポネをくれてやる』と言う。



痺れたよ、カナンデラ・ザカリー。

最高だ。


でも……あのバカ…… 


『シャンタン、シャンタン可愛い。とっても可愛い。でも俺様、会えない時は寂しくて寂しくて……』


『動くなっ。今度は何が欲しいんだ』


『好きだよ、シャンタン。俺様に会社をいっこ持たせてくれ。世界を変える第一歩にするんだ』



ツェルシュが総務室の金庫から札束をワゴンに山積みにして運んで来た。シャンタンは何気なく其の金を眺めて、ふと口走った。



「バッグに積めてカナンデラの事務所に運べ」


「か、会長ぉ。そこまで貢ぐなんて……」


「貢ぐ……違あああう。貢ぐんじゃない。会社を作るんだ。カナンデラに新しい会社を作らせる。何ならお前が手伝ってやれ」



俺様、貢ぐちゃんなのか……


いいや、違う。

違う、違う、違あああう。

セラ・カポネ問題が片付くなら会社のひとつやふたつ何でもないさ……


あの命知らずのカナンデラ・ザカリーのことだ。セラ・カポネの件は楽しみに待つことにするさ。



シャンタンがため息を吐く。



「何の会社ですか」


「わからない。けど、カナンデラはセラ・カポネを解体して新会社を設立したいと言っている」


「金だけじゃあ済まなそうですが……」



ツェルシュの脳裏にキーツの顔が浮かぶ。



確か二年前……

ザカリー探偵が警察官だった頃……



イサドラ・ナリスの微笑みに殺意を抱きながら、顔に出さずにエマルは退室した。 



奥様もフランスにご一緒されるかしら……

まさかフランスで奥様を殺したりは……

イサドラ・ナリスが稀代の殺人鬼だとしても、奥様には殺される謂れはないもの。

其の点だけはあのイサドラでも信頼できるわ。




ラナンタータが階段を駆け上る。



「お早う、カナンデラ」


「おお、悪魔ちゃん。お前の望みが叶うぞ。シャンタン坊やにおねだりしてきたからな。処で、何の会社を作るんだ。俺様、シャンタンに追及されて困ったぞ」






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