第19話 事件の影

キーツ・ナージはヴァルラケラピスに繋がる情報を引き出せなかったが、重要な周辺情報の幾つかを語らせることに成功した。


「セラ・カポネの7人会対抗戦略のひとつとして、中国古物の詐欺をやっていると言うのか」


「そうだ。古物の持ち主から品物を預かり、龍花に高く売り付けて持ち主には低価格だったと嘯くのさ。龍花にとっては店の評判に関わる一大事だが、美術品の手数料詐欺はチンピラの凌ぎにしてはかなりの金が動くからな」


今の日本円にして数千万の金はいつでも動かせる龍花は、格好のカモには違いない。


「成る程……セラ・カポネは其の凌ぎで大金をせしめ、金の力で幅を利かせて組織を受け継ぐことができたというわけか」


「まあ、其れには、ボナペティでの銃撃戦も……お宅らがうちの若頭を刑務所送りにしてくれたもんでな、セラ・カポネは笑いが止まらないだろうよ」


ケインズ・ファミーユのレストラン、ボナペティで、ジェイコバが死んだ銃撃戦のことだ。ジェイコバは希代の殺人鬼イサドラ・ナリスの信望者だったが、別件で撃ち殺された。


「へぇ、あの事件で送検された若頭か。今、もし、いたとしたら……どうなっていたと思う」


「そりゃ、今頃セラ・カポネは煮え湯を飲まされていただろうな……」


若頭不在も、パパキノシタの組織がカポネズ・ファミーユへスムーズに転換できた要因となった。


「若頭も詐欺事件に関わりがあるのか」


「とんでもない。俺たちは地元最大の組織パパキノシタの組の者だパパキノシタが仁義と任侠という美徳を重んじる日本ヤクザで、俺たちにも『義理を欠くな、人情を欠くな』と教え込んでくれたよ」


「何が義理人情だ、笑わせるな。お前らはアルビノを狙ったじゃないか」


「つい、な。つい、だよ。セラ・カポネに勝ちたくてさ。焦ったんだ。パパキノシタに認められたくて……」


「じゃあ、龍花の件だって」


「まぁ、待て。話してやるよ、天涯孤独さん。龍花は、俺たちパパキノシタ組が街の平和に貢献していることを知っている。其れで、パパキノシタ組を信頼して、古物を集める情報源として繋がりを持ったのさ。其れを、あの若造が、セラ・カポネが、若頭の不在をいいことに龍花の信頼を裏切ったんだよ。お前たち警察は偉そうな顔をしているけどな、セラ・カポネを叩きのめすことができなければとんだ笑い者だよ」


「笑い者か……龍花は若頭のオンナなのか」


「いや、知らない。しかし、事件は起きるさ。頑張れよ、天涯孤独」



アントローサ警部は早速、部下に指示を出す。


「キーツ、よくやった。皆、手分けしてパメラという女の消息を掴め。其れとセラ・カポネの台頭に纏わる裏を取れ。キーツ、お前は古物商の女を張れ」


「アントローサ警部、ロンホァチャイナのオーナーは若い女で、詐欺事件の被害者ですよ。見張るんですか」


「本人からセラ・カポネを通した元の持ち主を聞き出しても、其の持ち主が幽霊なら意味がないだろう。商売の邪魔にならないように動け。怪しい奴は引っ張れ」



シャンタンの手下は、カナンデラの忘れたボルドーのカシミヤをわざわざ届けてくれたのだった。おまけのつもりか、カナンデラがシャンタン詣での口実にしているアポステルホーフェを、リボンのように結えたカシミヤでくるんでいた。


「洒落たプレゼントだな。お宅のゴッドファーザーはセンスが良い」


「会長はカナンデラ様からの情報を楽しみにしております」


そのことから気を良くして、新聞読むふりをしながら一日中、あんなこともこんなこともとシャンタン妄想に心ウキウキと溺れていたカナンデラは、ラナンタータの冷たい視線についに気づいてしまった。


「お、ラナンタータ。何か言いたそうだね」


「聞きたいことがある。お前、サイレンサー付きの拳銃は何処で手に入れた。ボナペティの撃ち合いの時、ジェイコバに見抜かれただろう。あれ、私も欲しい」


「駄目よぉ、ラナンタータぁ。お嬢様の持ち物ではないわ」


両手で自分の頬を挟んで嫌々と身を捩るカナンデラを、ラルポアが失笑する。


「あの日だよ、ラナンタータ。ほら、イサドラ・ナリスが来た時に、多分、シャンタン会長の処で……」


「勘が良いね、ラルポア。ただのショーファーにしておくのは惜しい。君は大学に行ってアントローサ警部の後釜になれば良かったのにさ。警部も其れを望んでいただろうに。ああん、僕ちゃんお嫁さんになりたあい」


「勘違いするな、ラルポア。カナンはシャンタンと相当怪しいんだから。ね、カナン」


「お、ラナンタータ。お前は何で俺様とシャンタンが怪しいって思うんだ」


「だってこの前、ボナペティで言ってただろう。この世に男2人と女1人が生き残ったら、男を選ぶ男もいると……あれって、私よりもラルポアを選ぶってことだよな、恋愛の相手に」


神が人類に与えた選択権について、人間は自己選択の自由権を与えられたが、其れは人類の滅びを選択できるほどの究極のモノだ。責任を持たなきゃならないという話になった筈だった。


ラナンタータの何処でカナンデラとシャンタンが繋がったのか、カナンデラには理解できない。


「お前な、俺たちは従兄妹だろ。そんな恋愛なんていけないことは……」


「だからぁ、私ともご法度でぇ、ラルポアにも物凄く冷たく思いっきりフラれたからぁシャンタンに切り替えたのかなぁぁって……」


「え……あれ……」


ラルポアが笑いながらそっぽを向く。


「ええぇぇ、僕ちゃん、そんな物凄く冷たく思いっきりフラれましたっけ……身に覚えがありませんけどぉ」


「ラルポアがカマを掘られちゃうって心配したよね」


「あれはほんのジョークだよ、ラナンタータ。ラナンタータの場合はね、相手がラナンタータに殺されちゃうって心配するからさ」


ラルポアが吹き出した。


「話を逸らすな。ね、怪しいだろ、ラルポア。だって朝まで飲んでさ、此の素敵なボルドーのカシミヤをお洒落命のカナンデラが忘れるなんて普通じゃあり得んだろう」


「ううむ、成る程、成る程。そう考えた訳ね、悪魔ラナンタータは。僕ちゃん何も言えない。でもね、シャンタンは此の街のゴッドファーザーとは言うもののまだ18才のお子ちゃまだよ。俺様、お子ちゃまとは遊べない」


「惜しいね、シャンタンは金髪碧眼だけどイットガールのクララ・ボウに似てて可愛いのにね」


「ね。お前もそう思う……あっ……」


この時の会話は、後日、シャンタンの耳に入る。ラナンタータがシャンタンに『遊びじゃないんだって、カナンデラは』と皆の前で伝えるからだ。其の時のシャンタンの顔は、ラナンタータに対する親睦の笑みが貼りついたまま青ざめ、古株の側近も泡を吹いて卒倒する。






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