第12話  俺様をこんな気持ちにさせるなんてお前ってば罪な奴


シャンタン妄想で鼻の下を伸ばしながらムール貝をパクついていたカナンデラだが、ふと気になる視線に気づく。



「ラルポア、何と言ったかな、人肉好きのカルトは……」


「ヴァルケラピス……どうして」


「後ろを見るな。トイレに立ってチャイナドレスの女のテーブルを確認してくれ」



ラルポアは静かに席を離れた。



「私を狙っているのか」


ナプキンで口元を隠しながらラナンタータが訊く。


「多分」


「出よう」


「いや、却って此処が安全さ。まさかドンパチしてまでって考えはないだろう」



カナンデラは笑い話を始めた。



「此の星に異変が起きて、男二人と女一人が生き残った。男の一人が旦那になり、女は妊娠した。生まれたのが女なら良かったが、男の子だった。旦那はもう一人の男に言った。次はお前が旦那になって子供を作れ。もし、女が生まれたら俺たちの子供同士を結婚させるんだ。相手は答えた。俺はお前の女房には興味がないんだ。お前の方が良い」


「ははは。星が滅びようが関係無いってか。しかし、其れなら何故其の男は生き延びたのだろうね」


「ンだね。明らかに子孫繁栄の為では無い」


「神様が人間に与えた『選択の自由権』は、人類が自らを滅びに至らせることも可能という恐るべきものだってことじゃないの」


「恐るべき大戦があったからね」


13年前に始まった第一次世界大戦は4年続いた。ラナンタータは6才だった。戦争参加国ではなかったが、戦争移民受け入れや物質の供給等の支援国ではあったから、全く影響がなかった訳ではない。


戦後のバブルにも似た好景気によって世界中が沸き、狂乱の時代と呼ばれる1920年代。女性のファッションは身体だけでなく意識をも解放しつつあり、女性の参政権獲得へ繋がる。


子供だったラナンタータには、戦争は諸刃の刃と同じに映る。相手も自分も傷つく。そんな戦争を続けていたら人類は生き残れない。選択の自由処の話ではなかった。


まさか今から12年後に第二次世界大戦が起こるなどと、この時誰が想像しただろうか。賑わいの中でカナンデラが険しい目になった。


チャイナドレスの女の席から男たちが立ち上がり、ラルポアの向かったトイレの通路へ向かう。



「ヤバいな。ラルポアがカマを掘られちゃう」



真剣な表情で囁く。



「助けに行こう」



ラナンタータは素早い。立ち上がってカナンデラは「おっと」と、食いかけの皿から肉を立ち食いした。



色とりどりのファッションに身を包んだ男女が飲食を楽しむ店内の、ホールスタッフの邪魔になりながらトイレ通路に向かう。


店内から小さな入り口に入ると、先ず床のタイルの色が変わった。其の通路の片方から激しい音が響いた。連続してバキッ、ドカッと聞こえる。



「「ラルポア」」



ラナンタータとカナンデラがハモりながら男性トイレに走り込んだ。


チャイナドレスのテーブルにいた男の一人が床に倒れている。もう一人は洗面台に顔を押し付けられて、ラルポアに腕を捻上げられていた。呻き声が漏れる。



「ン、どうした」



ラルポアがラナンタータとカナンデラを見た。拍子抜けするほどの爽やかな笑顔だ。



「いや、何でもない。ね、ラナンタータ」


「うん、何でもない。カナンデラがオシッコしたいって……」


「オ、オシッコ……」


「ああ、何ぁだ。心配してくれたのかとちょっと嬉しかったけどな」


「カナンデラ、漏らす前にどうぞ」


「オ、オラ、オシッコ引っ込んだ」



カナンデラは、倒れている男の頬を叩いた。完全に気を失っている。ラルポアに押さえ付けられている男に向かった。



「お前、何でこいつを狙った。人質にでもしようと思ったか」


「うぅ……知らん。いきなりやられたんだ」


「嘘ぉつけ。殴りかかってきたのはそっちじゃないか。待ってたけどね」



ラルポアが男のポケットチーフで両手を器用に縛る。カナンデラは胸からサイレンサー付のスミス&ウエッソンを出した。男の唇をサイレンサーの銃口でなぞる。其れから其の銃口を男の股間に押し付けた。擦りすりする。



「な、何をする。止めろ……」


「お宅ら、何ていうの。名前。何処の組織。教えてくれたら貴重な銃弾お見舞いするのを止めてあげても良いのよねぇ。ね、ラナンタータ」



ラナンタータが男の脛を蹴った。



「はよ吐け」



後ろで意識を取り戻した男が呻く。カナンデラが振り返り様、素早く銃底でこめかみを打って、再び寝かし付けた。其れから股間に戻る。



「言う。言うよ。俺たちはキノシタ組の者だ。ヴァルケラピスの#贄__にえ__#の調達係りを知っている。其れだけだ」



男は吐き捨てるように言った。



「何故、キノシタ組がヴァルケラピスに手を貸す。はぁ」



キノシタ組はシャンタンの傘下の中でも力を持った組織だ。人口20万を越える地方都市の中で、200人を越す構成員を抱える組織はキノシタ組だけだ。



「パパキノシタは知らない。俺たちの単独だ」


「マジか。俺ぁパパキノシタを知っている。イタリアからの流れ者で極道界のサムライだ。お前らさぁ、ラナンタータがパパキノシタのお気に入りだって知ってたぁ。最近遊びに行かなかったけどね、此のアルビノ、警部の娘だから、パパキノシタと仲良しなの」


「カナンデラ。私の父はマフィアと繋がったりしない」


「そうね。でもね、ラナンタータ。パパキノシタはこいつらを殺してもあんたを守る。そんなサムライだからあんたもパパキノシタを慕っていたのよね。と、言うことだから、お前ら、他に何か言うことがあれば素直に吐け」


「す、済まん。ヴァルケラピスにはもう連絡した。此処に来るはずだ」


「ヴァルケラピスと連絡取れるのか。どうやって連絡する」


「そ、其れは国境付近の……」


「ウタマロよ」



ギャルソンが現れた。ギャルソンはラナンタータを見て口を手で押さえた。



「あら……嫌だ、こんな処にいるからお仲間かと思ったわ。此処は男子トイレよ。女子は向こう。ふぅ、お片付けが大変な感じ」


「ウタマロって何だ」


「ムッシュー、ふふふ。ウタマロは地下のショーパブよ。フランス国境付近にあるわ。此処から車で30分も走れば……」


「有り難う。此の次はチップを弾むよ」


「あらあ、いけず。今弾んで」



ハグする。ラルポアがラナンタータを引っ張ってトイレの外に出た。目の端にカナンデラがギャルソンの腰を抱くのが見えた。



「ラナンタータ、厨房から外に出て。アルフォンソを回すから、隠れていて。大丈夫」


「大丈夫。カナンデラはどうする」


「置いてきぼり食わせても撃ち殺しはしないさ。駐車場に行くから、誰にも見つからないようにね」



ラルポアは表のドアから外に出た。ラナンタータは厨房のドアを開けた。白服のスタッフが忙しそうに動いている。誰もラナンタータに注意を払わなかった。


狭い木立を走り抜けるように身体を斜めにしながら勝手口らしきドアに向かう。



「お客様、食い逃げは困りますよ」


「男に追われているの。助けて」


「ああ、其処は左手は危険な道だ。右手から大通りに出る」


「メルシー有り難う」


「ドゥリアンどういたしまして」



ラナンタータが勝手口のドアを開けると、チャイナドレスの女がいた。






カナンデラはギャルソンの腰に手を回して名前を聞いた。



「アラン」



下半身が密着している。



「アラン、厨房のセナルを知っているかい」


「あら、さっきも同じことを聞かれたわ。知っているわよ。今日はもう帰ったけどね」


「何だって。誰に聞かれた」


「警察官には見えなかった。多分、シャンタンの手下かも」


「何でシャンタンが動くんだ」


「お飾りが直接指示したのではないと思う。だってあれでしょ、7人会があるじゃない」


「7人会に牛耳られているのか、可哀想になぁ。誰だと思う、其の男の組は……」


「割と名の売れた奴だけど何ったっけ」


「チップな、チップ」



カナンデラは財布を取り出すと、イサドラから貰った紙幣のうち1枚を見せびらかした。



「足を引き摺っていたけどね、其の男……」



アランはついと指先で其の1枚を抜き取る。



「奴はね、Jっていうのよ。多分、フリーよ」


「Jね。聞かない名前だなぁ。」


「そりゃ、此処ら辺はシャンタン会長の縄張りだからね、好き勝手にできないわよ。こいつら、離してあげて」



床に転がっている男はまだ目覚めない。後ろ手に縛られた男がぼそりと呟く。



「Jは田舎に帰ったはずだ。何で今頃……」


「あら、キノシタ組でもJのことを知っているの」


「知り合いではない。パパキノシタから店を一軒買い取った男の同郷だとか何だとか」


「詳しく聞きたいなぁ、其の話……俺様をこんな気持ちにさせるなんて、お前ってば罪な奴……」



カナンデラは男のイチモツをぐっと握った。男は驚愕に身を捩る。



「ええっ、私じゃあないの……」



アランが膨れた。







ラルポアは駐車場から車を出す際に、ボナペティの表玄関に停まった黒いワーゲンを見た。黒服の男たちが降りる。



カナンデラは何をしている。まさか、あのギャルソンと良からぬ行為に及んでいるのではないだろうけど……



アルフォンソ13世は静かに裏通りに向かう。






「アルビノ、あんた、狙われているヨ。今出たら駄目ネ。奴らを引き留めるから、あんたは行くとこ左、良いネ、左、アッチ」



チャイナドレスの女が艶やかに笑った。



「ぇ、あなたは……」


「私は龍花あなた守る。10数えてから出て」



女は勝手口のドアを閉めた。



言われた通りにするほどお人好しではないつもりのラナンタータだったが、厨房スタッフが笑った。



「龍花は天使だ。良かったなぁ、お嬢ちゃん」


「あの中国人女性は何者なんですか」


「ははは、フランスからのお客だよ。中国陶器の店のオーナーだ。まだ20代なのに大きな店を構えている」



中国の陶磁器を販売する傍ら、アヘン戦争以前の中国古物の買い戻しを行っている龍花は、フランス国内ばかりでなく近隣諸国にもあしげく通い、此の街にも仮の宿を持っていた。


ラナンタータの頭の中で10のサインが出た。



「有り難う」



ラナンタータはこっそりドアを開けた。外に出ると、頬に夜風が冷たい。



左、左……



背後で大きな声がする。



「本当ヨ。私、陶磁器だけじゃないからネ。其の話しするヨ。此の店の人、物知りネ。陶磁器だけじゃない。中国古物持ってそうなお客を教えてくれるネ」



ラナンタータは忍び足で走った。左手の路地は長い。様々な店や住まいの小窓から明かりが漏れているが、足元は暗い。黒いフードマントのラナンタータは闇に紛れることができて安堵しながらも、早足で走るのは難しい。


ネズミが足元で鳴いた。三叉路が明るい。其処にアルフォンソ13世が静かに停車した。駆け込んで後部座席に乗る。



「ラルポア、カナンデラは……」


「捨てて行こう」



イスパノ・スイザのアルフォンソ13世は静かに走り出した。






カナンデラは食事に戻った。すっかり冷めたムール貝にバターがてかる。



「冷めても食える。ワインが足りないな」



トイレでラルポアと乱闘した男たちも何食わぬ顔でテーブルに戻った。ギャルソンにワインをオーダーしている。其処に黒い服の男たちが加わった。



カナンデラはギャルソンを呼んだ。勘定を頼み、レシートを持って来たギャルソンの肩を抱いて頬にキスする。チャイナドレスが戻ってきた。



「釣りは要らね。オイラ、アランが気に入った。情報くれたらチップ弾むぜ」


「お客様、有り難うございます。またのお越しをお待ちしております」



アランは女言葉を控えていたが、ウインクした。カナンデラは片手を上げて退出しかけ、ちらりとチャイナドレスのテーブルを見る。


黒服の男たちがカナンデラを見た。カナンデラは向き直って其のテーブルに近づく。



「やあ、ウタマロさんたち。いや、ヴァルケラピスかな。話しを聞かせて貰おうか」



気絶させられた男が苦々しい痛みの残る顔で睨む。もう少しで股間のものを握り潰される処だった奴が暗い表情になった。



「此の基地外には逆らわない方が身の為だ……」






イサドラは芋焼酎を頼んだ。東インド会社が日本から大量に買い付けた品物の中にはいろいろな酒もあった。独特な味わいで買い手の付きにくい商品が、イギリスから流れてくる。此の店ではそういう日本の酒類を揃えていた。


ステージでは何人目かのダンサーが裸にキモノを羽織っただけの姿で、股を扇でひらひらと隠しながらぎりぎりの営業をしている。さっきのダンサーは最終的にはオナ○ーをして見せ、男たちの間から「いくらだ」「いくらで寝る」と野次が飛ぶのを笑いながらに指先を立てて営業した。


其の女がイサドラの近くの席に座っていた。女は一杯の酒を呷って、金を出す男の中から相手を選び、店を出て行った。


気がつくと、キモノのダンサーがイサドラの目の前にいた。順番にテーブルを巡っているらしい。ヒールの足をジェイコバの太ももに乗せた。股間に挟んだ何かをジェイコバに出し入れさせる気だ。ジェイコバは財布を出して女の要望に応えることにした。


其の女の身体をイサドラが自分に向かせる。女はよろめきながら訝しげな表情になったが、直ぐに好き者を見る笑いになって、イサドラの前に股を広げた。


イサドラは女の股間からぶら下がっている男性器に似たモノを引き抜いて投げ捨てた。



「ぁ……何をするの」



イサドラは数十枚の札を手渡した。女の顔が固まる。



「今日は私があなたを買うわ」









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