第8話 新婚初夜の踊り

アルフォンソ13世で広場まで戻った。散り散りになった村人たちに声を掛ける。


「皆さん、此の村で起きたミステリーに終止符が打たれます。是非、広場にご来場ください」


柱に括った男は、馬で連れてこられた。村人も華やかな民族衣装のまま、何事かと集まって来た。夏の夜は長い。木立のランプの灯芯もまだ十分にある。雨で濡れた料理はとっくに下げられ、新しい料理が並んだ。まだ、飲み食いするつもりらしいことが見て取れる。



男を広場の中央の椅子に座らせた。此れから尋問して名前を吐かせる。ラナンタータが静かな声で男に聞く。


「ドレッポは何処……」


男はふいっと顔を背けたが、ラナンタータは一瞬の視線を見逃さなかった。


「言わないつもりか。お前に聞かなくても村人なら知っていることだ」


広場の隅のバイオリニストに近づく。ラナンタータはふと向きを変えて、年輩のご婦人に「此の方がドレッポさんで間違いないですか」と、バイオリニストを指した。


「ええ、此の方はバイオリニストのドレッポさんです」


ご婦人から満足のいく答えをもらったラナンタータは、カナンデラとラルポアにどや顔を向けて笑って見せた。


「あ、笑っていやがる。笑ったよな、今」


「多分、笑った……みたい」


 ラナンタータは陶器のような肌の片頬を吊り上げてバイオリニストに迫る。


「あなたがフォレステン夫人の不倫相手……ドレッポさんですね」



セホッポが叫んだ。


「兄貴、嘘だろ」


「そうです。私がフォレステン夫人の……」


目眩でも起こしたのか、バイオリニストの上半身が揺らぐ。


「でもあなたはファイアッテン未亡人とも……」


ラナンタータは意地悪そうに探りを入れる。


「いいえ、いいえ、其れは違います」


バイオリンのボーゲンを逆手に振りながら否定するドレッポの顔は、何処かに痛みを感じていることを示す。


「あなたの片思いですか。ターニャと此の男が話していたんですが、深い関係だと」


「僕は……確かに僕はファイアッテン未亡人に叶わぬ恋をして、ああ、そうなんだ。10才も年下の僕は貧しい出稼ぎ人夫だ。それでつい、フォレステン夫人と間違いを犯しましたけど、決して、ファイアッテン未亡人とは決して何もありません」


「其れは良かった。では、フォレステン夫人殺害はどの様に、誰が行ったのか、話して頂けますね」


「うう……」


「兄貴……何でそんな馬鹿なことを……」


セホッポが駆け寄る。


「済まん、セホッポ。……あの日、つい出来事心でフォレステン夫人のベッドに入った。フォレステン夫人はバイオリンの集いの常連で、優しい人だったから、誘われるままに関係に及んだんだ。だけど、何の悪戯か……其処に旦那が帰って来た。長いこと音信不通だと聞いていたのに……それで争いになって、思わず殺してしまった。悪夢を見ているような気分で茫然としていたら、ジェイコバが来て、幼なじみだから助けてやると……フォレステン夫人を森に……」


ドレッポは片方の膝をついた。肩が落ちる。


「ジェイコバ……其れが此の男の名前ですか。わかりました。あなたは期せずして殺人を犯し、ジェイコバに隠蔽してもらった。アルビノのラナンについてはどうですか。何か関わりがありますか」


「いいえ、全く。彼女はバイオリンに興味がなくて……イクタ・シンタと会っていることを薄々気づいていただけです」


「では、アルビノ狩りはジェイコバとターニャの共謀で行われたと」


「ジェイコバが犯人だと……まさか……ああ、ジェイコバ……何で……そんな……僕は気づきもしなかった。ジェイコバは今日の昼に来たんです。ターニャと。僕はダンスの間中ずっとバイオリンを弾いていました。そしたら雨が降って、あなたが濡れるのを見た……みんな広場からいなくなって、僕はジェイコバに、アルビノのあなたがラナン殺しの犯人に狙われる可能性があると、話してしまいました。まさか、ジェイコバが狙うとは思わなかったんです……ターニャが何処まで関係しているのかすら僕にはわかりません。幼なじみでした……」


「有り難う、ドレッポさん。あなたは私の身を案じてくれたのですね。最後に、あなたは罪に匹敵する罰を受けなければなりません。何か言うことは」


「出来心で人生を失うことがあると思い知った……痛い経験です。フォレステン夫人と旦那に償うことはもうできない。詫びても刈り取ってしまった他人の人生を戻せない。やり直せない。辛かった……辛かったんです、本当に。有り難う、此の村に来てくれて」




「印象深い結婚式になったね。君の従姉は残念だけど」


「ハウンゼント、偶然かもだけど、何かが導いたような気がするの。私の親友のラナンタータが此の村に来ることで、ラナン事件の犯人が捕まり、フォレステン家の事件も解決したのだから、私達の結婚が不思議な縁を呼んだような気がするの」


アリカネラがマリアージュフレールのお茶を淹れてアンナベラが運び、ラナンタータの喉が味わう歓喜を脳に伝えた時、カナンデラが口を挟んだ。


「まあ、何件も落着して此れで4人の旅人も揃ったし、大団円的終了かな」


ラナンタータが小声で「1人足りない」と呟いた。


ラルポアがイクタ・シンタに


「あなたは此の村で一生暮らすのですか」


と尋ねる。


「いえ、私は取り敢えずフランスに戻ります。私自身のアイデンティティを否定しない絵画を目指して、日本に帰る前に其れなりに頑張ってみます。其のために国を出たのですから」


「じゃあ決まりだ。4人の旅人が決まったことにして、ハウンゼント、旅人は初夜の晩に何をするんだァ」


カナンデラが張り切って言う。対してハウンゼントの答えは驚くほど単純だった。


「悪い領主をやっつけることを表して、此の館の周りを踊りながらぐるぐる回るんだ」


「「「え……」」」


ラナンタータを初め、カナンデラとラルポアも目が点になる。


……踊る……ぐるぐる廻りながら……


「いやぁ、子供の頃から村で結婚式がある度々に、此の館の周りをぐるぐる廻られてまるで目の敵にされているみたいに感じていたんだけどね。領主殺害の祭りだからさ。そうなんだ、一晩中だよ。館の周りをきゃいきゃい騒ぎながら踊り狂うんだ。其の風習が嫌いだった。けど、今回は僕たちの結婚式だからね、ふふ、楽しみだ」


「ふふ、一緒に踊りましょうよ。お義母様も濡れ衣が晴れて気分が良さそうだし、いかがですか」


「そうね。私はダンスが大好きなのよ。みんな知らないでしょうから此の祭宣言しておきますけど、ダンス好きでは此の村一番よ」


明るい笑いが起きた。


メリーネ・デナリーは過剰防衛で送検されることになるだろう。其の前に警察病院に収監される。


ドレッポは殺人罪。


ジェイコバは、ラナン殺害事件と自殺に見せかけたフォレステン夫人殺害事件とフォレステン爺さんの轢き逃げ事件で死刑は免れないだろう。


忘れてはならない。ラナンタータに対する誘拐及び加虐の罪に対してはラナンタータも法廷で証言する。アルビノの存在を世間に知らしめ、其の人権を守るべく世論を動かす。ラナンタータの望む人権擁護の平和な時代を望んで。




1901年に発売の最も古い蓄音機エジソンスタンダード型

がお目見えした。鈍い金のラッパが斜め上に音を吹き上げる。村の民謡ではないが、どんな曲でも、ベートーベンでも踊ろうとする村のダンス根性。


館の周りをぐるぐる踊りながら「どれだけダンスの好きな村なんだ」と、ラナンタータが愚痴る。


カナンデラは「いやぁ、楽しいなぁ。此の村にこんなお祭りがあるなんて知らなかったよ。お友達を連れて来たいなぁ」と艶やかに笑った。


ラルポアは見知らぬ女性と踊っている。常に絵になる。


村人が次第に参加して、何人の旅人かわからなくなった。バイオリンや小太鼓を担いで即席バンドまでできた。蓄音機とのジョイントコンサートに、木立にランプが吊るされ、いつの間にか広場のテーブルが移動してきた。


イクタ・シンタは、此の光景をいつか絵にしようと幸福そうな光に包まれて、微笑みのうちに誓う。


料理の皿の前に、ファイアッテン未亡人が座っている。アリカネラはファイアッテン未亡人の手を取りダンスに引っ張り出す。


記念すべき黎明祭になった。



其の頃、カナンデラ・ザカリーのオトモダチは、日本円で200万する絵画を眺めてため息をつき

「カナンデラ・ザカリーめ。今度俺様をおちょくりやがったら、あの絵のように穴だらけにしてやる」

と、宿敵の帰りを恋焦がれて心待ちにしているが、スミス&ウエッソン22口径リボルバーに、弾は一発しか残っていない。


裏社会の若き帝王シャンタンは、自分の運命を何も知らない。次にカナンデラ・ザカリーに会ったら間違いなく股間危うし手込め同然の濃厚なキスをされながら成す術もなくЖφ☆ωЫ?ゑ々∞§ё責めにされることを。




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