毒舌アルビノとカナンデラ・ザカリーの事件簿

藤森馨髏(フジモリケイロ)

第1話 狂人の恋



(1)花の妖精のようなサディの恋




ぼんやりと霧がかかった夢、老人の首を締める力もなく鼻口から血を流し、老人のガウンを汚して死ぬガーランドの姿が見えた。

行かなきゃ……夢だとしてもガーランド様の前に立つのは私……孤児のサディよ……



「誰だ、お前は……」

「サディにございます。花売の……総統様に拾って頂き……」

「おお、お前か。ガーランドの裏切りを知らせてくれた……花の妖精のように美」

「ガーランド様を始末するのですね」

「あやつに様付けなどするでない。あの裏切り者に此の国を牛耳らせてはならん。お前は高見の見物と洒落込めばよい。今までの働きに対して報償を与えようではないか」

「では、総統様のお命を……」

「何と。どういうことだ」

「ガーランド様は私の獲物でございます。が、総統様が横取りするのであれば等価の対価を頂きたい所存でございます。ガーランド様のお命と等価のもの……其れはこの世に総統様以外に存在しませぬ」

「お前はガーランドの復讐を果たすと言うのか」

「ふふふ……まさか其のような。お忘れなのでございますね。私が幼き日より総統様に献身致しました理由を……」

「献身……」

「私は愛する者の尊い血を私の手で流して生きてまいりました。愛する者の尊い血を、誰の眼にも触れぬようにこの世から消し去り、私だけの宝にするのでございます。其の時、死にゆく者の目には私しか映りませぬ。最後に私を見て死ぬのでございます。総統様……あなた様は私が長年服して参りましたお方でございます。此れ以上の血はごさいませぬ。此れ以上の目はごさいませぬ。此れ以上のお命は……」

「愛だと……そんなものは愛ではない」

「愛でなければ恋です。お分かりにならなくても私は寂しくはごさいませぬ。あなた様ご自身の血をあなた様に見せてさしあげまする」

「やめろ……」

「お命いただきまする……」

「あ、うう」


目が覚めた。


あぁ……夢だったのね……うたた寝してしまったのね。私が総統様をこの手で……うふふ、でも、ガーランド様は渡しませぬ。私の手で必ず……必ず葬ります。ガーランド様が最後に見るのは此の私でございます。私を見たまま死なせて差しあげるのでございます。


頬が内面から輝く。人知れず咲く花のように儚げな面立ちに潜む狂気。誰も気づかない其の危うさが、サディを淫靡な花のように息づかせている。





(2)7才



「では、たかだか7才の子供が犯人なのだな。単純な思考回路……お前には見えていないのだ、カナン……」


ラナンタータはネオンを反射して光る片目を閉じた。窓辺のカーテンを片手で開く。歓楽街のネオンが赤や紫に点滅してラナンタータの白い頬を照らす。白皙処ではない肌も、髪の毛や睫毛さえも真っ白なアルビノ。


時は1920年代半ば、第一次世界大戦が終結し、小さな国々にも電気が普及し始めて、暗闇から魔物が消えてゆきつつある時代。


毒舌さえなければ天使と見間違う美しさなのに……

カナンデラ・ザカリーはふっと笑みを漏らす。


織り地の細やかな模様に若干艶のあるスーツ、ネクタイを緩め中折れハットを斜めに被る。カナンデラが警察を辞めて25才で事務所を開いたのが二年前。一人掛けソファーに座り両膝の上で頬杖ついた洒落者の探偵は、窓辺に佇む黒マントの従妹を上目遣いに見た。


「ならばどう読む、この事件。サディは自らがやったと自供しているのだぞ。証拠もある」


「其の証拠とやらは、誰よりも先に犯行現場にいたならば手にすることができたはずだ」


ラナンタータは窓を背にした。カナンデラ・ザカリーは、此の若干19才のアルビノの従妹が痛く気に入っている。


「なるほど。だから自供に信憑性はないと……」


カナンデラは脚を組んでソファーに背を凭れた。腕を組み、片手の人差し指で顎を準る。


「愛の形……其れがサディの申し立てだな。7才の子供が生意気に」


ラナンタータがマントのフードを被って続けた。


「おませな子供の戯れ言に振り回されて猿になる気か」


横から運転手ラルポアが口を挟む。


「ラナンタータ嬢、其れは言い過ぎ」


窘められた黒マントのラナンタータが笑った。と、言っても真っ白な陶器の人形みたいな片頬が痙攣しただけだが。ラナンタータの足はドアに向かう。


「第一発見者は病院だな」


カナンデラも立ち上がって片手に洒落た色味のフロックコートを担ぐ。中折れ帽子を、きれいなオールバックの黒髪に片手でかぶり直した。


「生きているかな……」






(3)花屋



「目撃者が転落した三階の外階段は老朽化して一部木製になっていたが其処も腐っていたんだ。登るときは用心したはずだが……今は壊れて使い物にならない。花屋の三階はあの部屋と花屋の屋根裏部屋だけだが、壁で隔てられて行き来はできない」


イスパノ・スイザのアルフォンソ13世は王妃がスペイン国王アルフォンソ13世に贈った高級車だ。コンパーチブルの幌をかけた車窓から夜を眺め、ラナンタータが質問する。


「では、サディはどうやって保護したのだ。花屋の中から三階のアパートに上がれるのか」


「向かい部屋の窓から花屋のベランダに、身の軽い大人ならば飛び移れる。まぁ、そんな無茶な真似はしなかったがね。レスキュー部隊が頑丈な板を渡して命綱付けてサディを抱っこして渡ったのさ。花屋が植え木鉢を飾るためのベランダが役にたった」


組んだ脚の上で長い指先を遊ばせながらカナンデラが答えた。


「サディはさぞかし震えてただろうね」


ラナンタータの質問には意味がある。


「そんなことはない。7才でも殺人を犯すほどなのだから顔色一つ変えない。取り調べもスムーズに行われたとさ」


元同僚の捜査員から聞いた話だ。小一時間前に自身でもサディの様子を確認している。渡されたセルロイドの人形を撫でていた。


運転席からラルポアが口を挟む。


「あの子は5才くらいの頃からこの辺の飲み屋に花を届けていた。実の親じゃないのは皆が知ってる。可愛いから大きくなったら働きにおいでと、飲み屋でも娼館でも可愛いがられていたんだけどなぁ…あ、娼館に知り合いがいるんですよ、こほん……ま、サディは花屋の配達を……」


「花屋とは知り合いか」


「いいや。噂だが、花屋の女主人に子供ができずに、店の近くでの垂れ死んだ女の傍にいた子供を引き取ったんだ。其の子供も死にかけていたそうだ。心暖まる話しだったのに、何で育ての親を殺すのか……」


「手法は毒物だったな。何処から入手するのだ。子供に毒物が買える訳がない」


「主人夫婦が持っていたとか……怪しい薬等を扱っている連中にも花を届けていた様で……」


「なるほど。其れを7才の子供が使ったと……」


ラナンタータとカナンデラは顔を見合わせた。フランスに近い一地方都市の小さな繁華街を車で抜けた後は、田園風景が広がる。時は1920年代。新しい時代の幕開けの風潮にあるが、夜の田園地帯はただ暗く更けてゆく。


「病院ってセントナデリア医院か……」


「そうだ。あの悪名高き黒い病院だ」





(4)黒い病院



幾つかの民家や公舎が不規則に点在する田園地帯に、其の病院は建っていた。古びた教会にも見える病院は入院患者数がベッド数を上回る。廊下に敷かれたマットレスに寝かされた患者が、呻いている。そういう患者が廊下の片側にずらりと並ぶ。


「此れじゃあ探すのに手間がかかるな…」


「生きておれば良い」


「まぁそうだが……ラナンタータ、此処だ」


大部屋の開け放たれたドアの近くに名前が張り出されていた。急いで中に入る。カナンデラは大股に奥へ入り、ラナンタータはドアの近くのベッドを確認した。


意識のある患者は、アルビノのラナンタータを見て天使が迎えに来たと勘違いした。


「カナンデラ、この方だ。ぁ……息をしていない」


「何、死んだのか。医者を呼んでくる。此処で待て」


ドアから飛び出したカナンデラは、廊下を歩いていた白衣のナースを掴まえた。


「この方、どんな様子でしたか」


部屋の中に強引に引き入れて訊く。


「あら、付き添いの方はどちらに……この方は意識を失うまで誰かを呼んでいましたよ……ご家族のお名前でしょうか」


「其の他には……」


「いえ、私は此の部屋の担当ではないので……」


礼を言ってナースを見送ると、隣のベッドの呻き声が激しくなった。


「お前さんたち、ううぅ……其の人の知り合いか……あぁ……其の人はさっき死んで家族が葬儀社に連絡に行った……其の人は……あぁ、サディ、やめろ、サディ危険だ、サディ、やめてくれ俺は何も知らない、サディ……」


「そう言っていたのですね。サディ、やめてくれって……」


「ううう、お前さんたち……」




                 次回に続く

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