第十二話「野外営業」
「髪を切りませんかー! 銀貨一枚でカッコよくなれますよー!」
噴水広場の一角。地面に二畳ほどの布をが広げてあり、そこに置かれている折り畳み椅子と姿見。
手製の看板もあり『男性限定カット銀貨1枚』と書かれている。
すぐそばではキュリが大声で呼びかけて宣伝。
通り過ぎる者は興味を持って覗きはするが、誰もカットしていないと分かるとすぐに通り過ぎていく。
一人も客が来ないまま一時間が過ぎた。
キュリはしょんぼりとしてモリオの元へ戻ってくる。
「モリオー。誰もカットしてくれません! 頑張っていっぱい呼びかけているのに!」
「お疲れ。キュリはちょっと休憩しなよ」
モリオはキュリに水筒を渡す。
喉を鳴らしながら半分ほど飲み干したキュリは半眼で質問した。
「どうして男の人限定なんですか?」
「んー。一応これも作戦なんだ。男は適当でもカットしている人はいるからな。女性はもう少し僕の知名度が大きくなってからだ」
キュリは不服だった。前髪を作ったのはなんのためだ。と。
この日、夕方まで粘った二人だが一人も客は来なかった。
次の日もその次の日も同じように噴水公園で呼びかけたが成果は無し。
そして一週間が過ぎた。
この日も噴水公園で呼びかけをしているキュリだが、初日のような元気はなくなっていた。
「モリオー。水筒を取ってくださいー」
「ほれ」
キュリは敷いてある布にどでんと座って水分補給をする。
モリオはこの一週間ただ客を待っていただけではない。
呼びかけられた男性たちの表情や、遠目にこちらを見ているような人はいないかなど観察をしていた。
初日と比べて変わったことはいくつかあった。
まず、毎日ここを通る人がキュリのことを覚え始めた。
現在進行形でそれは起こった。
中年の男が休憩しているキュリに話しかけた。
「キュリちゃん今日も頑張ってるね! これお裾分け」
「ありがとうおじさん!」
キュリは男から野菜を受け取った。貰った野菜はパプアディッシュ一本。赤い根菜で大根に似ている。
するともう一人違う男がキュリの元に来る。白髪混じりの老人。
「キュリちゃん。そこで買った串焼き。あげるから食べなさい」
「ありがとうおじいちゃん!」
貰った串焼きは、肉と野菜が交互に刺さっている物。この噴水通りの名物。
キュリは嬉しそうにパプアディッシュと串をモリオに見せる。
「もらった!」
「良かったな! 串はあったかいうちに食えよ」
「うん!」
この流れはモリオの作戦通りであった。
名前を覚えてもらうため、キュリの胸元には名札を付けている。もちろんモリオ自身も。
他にも変わったことはある。キュリと同い年くらいの少年が噴水の陰からこちらを見ていることがあるのだ。
一人ではなく何人か同じような少年がいる。屋台の陰からの覗いていたり、ベンチの陰から覗いていたり。
キュリは美少女であることからモリオはすぐに理解した。
他には、呼びかけで立ち止る男性の反応である。
立ち止った男性は看板に目を通して、その後折り畳み椅子に視線を移す。そして立ち去る。
モリオはこの雰囲気を懐かしく感じていた。そして、モリオの感じた懐かしさが正しいものであれば、この一週間は無駄ではない。
串を頬張るキュリにモリオは言った。
「そろそろアレをやるべきだな」
「アレ? なんですかアレって?」
モリオは金の入れている袋から銀貨2枚を取り出した。
「お昼ごはんなら私が買いに行ってきますよ?」
「いいや。大丈夫だ」
モリオは鍛えられた洞察眼を信じた。
すこし離れたベンチに座っている男の元へと向かう。ずかずか向かっていくわけではない、自然に悟られないよう向かう。
男は警戒してモリオから視線を外さない。
モリオは間接視野で確認。そしてその男の前を通り過ぎた。
男はほっとして気を抜いた。
が、モリオはすぐさまその男の隣に腰かけた。
「はじめまして。僕はモリオと言います」
驚いた男は立ち上がろうとするが、モリオはすぐに引き留めた。
「そんな驚かないでくださいよ。ちょっとビジネスの話をしませんか?」
「び、びじねす?」
「ええ。僕はあなたにお金を払いますので、カットさせてくれませんか? 銀貨二枚差し上げます」
「ええ!? 俺に金をくれるのか!?」
「はい。三日前もここから僕たちの方を見ていましたよね? 一昨日も昨日も。本当はカットに興味があるんではないですか?」
「……バレてたのか。まあそうだ、かっとだっけ? 髪の毛を切って金を取るってのは初めて見たからな。興味はあったんだ。それにお前はあれだろ? 異世界からきたやつ」
「はい。僕の世界では美容師といって、一般的な仕事でして。――どうでしょう? カットしてみませんか?」
「時間はどのくらいかかるんだ? あんまり長い時間かかるなら見世物みたいで恥ずかしいからな」
「15分ほどで終わりますよ」
「たったの? 15分で銀貨二枚か。悪い話じゃねーな。興味もあったし」
「ビジネス成立ですね。では行きましょうか」
「お、おう」
モリオは男の前を歩いて戻る。悪い美容師の顔で。
串の食べ終わったキュリはモリオが男を連れてくるのを見て飛び跳ねる。
「モリオー! お客さんですか!?」
「そうだ。あとお客様な」
キュリは緊張の面持ちで男にぺこりと頭を下げた。
「い、いらっしゃいませ。こ、こちらのお席へどうぞ」
「お、おう」
キュリはモリオから教えられていた接客をした。
男が椅子に座るのを確認すると、キュリはすぐにモリオを見る。これは『私今のできていましたか!?』という確認だ。
モリオはキュリの頭を優しく撫でた。
そしてシザーケースからコームを取り出してくるくると回した。
「お客様、ご来店ありがとうございます。担当させていただくモリオです。よろしくおねがいします」
「よ、よろしく。ってか早くやってくれ! 恥ずかしいんだ」
男はキョロキョロと周りを見て焦っている。
「かしこまりました。カットは僕にお任せでもいいでしょうか?」
「分からないから何でもいい」
モリオは布のカットクロスを男に巻く。そしてコームで髪をチェックしていく。
男は金髪の青年。
髪は適当にカットされた状態。トップは周りの長さと比べてかなり長い。サイドは短く、襟足が長い。
男性の顔の形は面長。
モリオはバランスの悪すぎる髪型に悲しくなった。
面長をさらに強調するような状態。
モリオは鏡を見ながらすぐに似合いそうなスタイルをイメージして決めた。
霧吹きを使ってウエット状態にしてカットに移った。
長すぎるトップを少し短く。
すでに短いサイドはカットラインを整える程度。
長すぎる襟足は刈上げ。
全体のバランスを八面体に近づける。
前髪は眉に掛る程度に揃えて毛先を軽くする。
セニングを取り出して重すぎるトップとバックをすいていく。
そしてドライヤー魔法で毛くずを飛ばしつつ温風でスタイリングしていく。
時間にして10分程でカットが終わった。
モリオは手鏡を使い合わせ鏡で後ろを見せた。
「お客様どうでしょうか? 仕上がりはこんな感じです」
「お、お前のハサミ捌きはどうなってるんだ!? 早すぎて何しているのか全く分からなかったぞ!」
「ありがとうございます。では、スタイルの説明をさせていただきますね。まず、面長な顔に似合わせるため前髪を長めに下ろしました。上の毛は長すぎたので少し短くして流れが出るように。
襟足も長すぎると面長が強調されますので刈上げさせていただきました。全体的にひし形になるようカットしたことでバランスがとてもよくなりました」
「た、確かに、がらりと雰囲気が変わったな……まるで俺じゃないみたいだ」
男は髪を触りながら驚きの表情。
「それに頭がかなり軽くなった。風呂で洗うのが楽になりそうだし、なにより涼しい」
モリオはクロスを外して手で肩の毛を払う。
「ええ、全くすいていない状態でしたのでかなり軽くなったと思います」
「髪を切るってのはこういうことなのか。驚きだな。時間も嫁にやってもらうより何倍も速い! しかも、銀貨一枚で……。もっと金取った方がいいんじゃねぇのか!?」
「そう言って頂けて嬉しいです。ぜひお知り合いの方にご紹介して頂ければ幸いです」
「おう。また髪が伸びてきたらよろしく頼むぜ! それとさっき言ってた金はいらねぇ! しっかり銀貨一枚払わせてもらうぜ」
男はポケットから銀貨一枚を出してモリオに握らせた。
「ありがとうございます」
「じゃーな。頑張れよ!」
男は笑顔で立ち上がった。しかし、周りの状況を見て恥ずかしそうに走っていった。
モリオも久しぶりに仕事としてカットしたため周りの状況が見えていなかった。
先に目に入ったのは慌てているキュリの姿。
「モリオ! 人がたくさんいますー!」
モリオたちの周りを囲むように十数人の男たちがいた。
「あんちゃん! 次は俺の髪をやってくれ!」
「お前割り込むな! 俺が先だろ!」
モリオが感じていた懐かしさ。それは日本独特のアレである。
新しいラーメン屋がオープンして気になるが中に客が一人もいないと入りづらいというアレ。
でも、一人でも客がいるとすんなり入れるというアレ。
モリオの考えは正しかった。
だからサクラを雇ってこの状況を打開しようとしたのだ。
結果雇ったサクラから料金を貰いはしたが結果は出た。
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