第六話「観光」
一方モリオとアルガス。
二人は南区で海鮮料理を食べ終わり、モリオの希望で東区を散策。
噴水公園から入ったすぐの場所、家具店にいた。
「姿見は銀貨5枚か」
モリオは鏡を探していた。今見ているのは木製の額縁で150センチほどの姿見。横幅が細く家庭用の物。
「こっちのはどうですかい? 結構大きいですぜ」
アルガスは店内の奥でモリオに言った。
アルガスが見つけたのは壁面鏡。横幅が1メートルはある長方形の鏡。
モリオはすぐに値札を確認する。
「金貨3枚か」
モリオは三ヶ月の間に硬貨のことも聞いていた。
この大陸、クレイドラ大陸ではクレイドラ硬貨が使われている。
種類は銅貨、銀貨、金貨、大金貨の四種類。
銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。金貨10枚で大金貨1枚。
一般的な月の所得が金貨20枚前後。
このことからモリオは日本円に換算して目安にした。
銅貨100円、銀貨1000円、金貨1万円、大金貨10万円といった具合。
姿見は5千円。壁面鏡は3万円。
アモスに渡されていた小袋には金貨10枚入っていた。日本円で10万である。
モリオは太っ腹な爺さんだなと思っていた。
「しかし鏡なんて何に使うんだ?」
「美容室に必要なんですよ」
モリオは援助でラーン王国内に空き家を貰う予定である。美容室兼住居計画。
今は家具店を回って備品の下調べをしている。
モリオはこう考えていた。
――美容室は最低鏡と椅子さえあればなんとかなる。これでカットが出来る。
薬品の存在が分からないからカラーやパーマは今の段階では無理だ。
シャンプー台も欲しいが、今は無理だろう。温水の出る風呂場が宿にあったが、天井のノズルからお湯が落ちてくるシャワーだった。
美容室がないこの世界にシャンプー台はおそらく無い。
それにお湯はどういう原理でできているんだ。ボイラーのような湯沸かし器があるのだろうか。
アモスの家ではアモスが湯船に温水を水魔法で張っていた。
とりあえず今はカットをできる環境を作ることだ――。
「次の店に行きましょう」
「もうですかい?」
「ええ。文化にも触れたいですし」
モリオはその後も様々な店に入ってはすぐに出るというのを繰り返した。
気がつくと東区のさらに東側まで来ていた。
噴水広場の辺りとはうって変わってすたれた建物が増えてくる。
街行く人の服装も変化した。汚れたシャツや穴の空いたズボン。
肌も汚れていて、すれ違うだけで鼻を刺す臭いが漂う。
「モリオ。あまりこっちの方は行かない方がいいですぜ」
モリオはアルガスの言葉を耳に入れはするが好奇心が勝った。
ふと横道を覗くと古い店を見つけた。木製の檻のような物が外に置いてあるが、他の建物の陰になっていて全貌は見えない。
モリオはすいすいとその小道に入る。
モリオはこのときこう思っていた。
ペットショップかもしれない。魔物がいる世界だし、見たこともない生き物が見られるかもしれない。と。
「モリオ!」
呼び止めも虚しくモリオは歩みを止めない。
アルガスは仕方ないとため息を吐いて後を追う。
建物によって陽の当らない小道。
ゴミも落ちていて地面もシミなどで汚れている。
そして顔をしかめたくなるような異臭。
モリオは店の前で止まると、目を見開いて口を手で覆った。
それを見たアルガスは舌打ちをした。
「これ、は? なんだ……これ」
「だから止めたんだ」
木製の檻。
その中にいたのは人。少女だった。
汚れた布を被ってうずくまり、頭だけを出している。
焦点は合っておらず、殴られたような痣もある。
そして特徴的な紫色の長い髪。
「なんで人が檻に入れられてるんだよ!」
モリオはアルガスを睨んで声を荒げた。
「ここは奴隷商だ」
「どれい、だって?」
「奴隷商といっても普通人は売らんがな。少し知性のある魔物が売られているってのが普通だ。ただこの子は――」
アルガスが疑問を言おうとしたが、モリオの声を聞いた店主が店内から出てくる。
小太りの男で禿げ頭。
「お客さん。これ《・・》に目を付けるとはなかなかの癖をお持ちのようで」
モリオはなにも言わずに睨みつけた。
「まあまあ怒りなさんな。これは見て分かるように紫の髪だ。魔王の生まれ変わりと思って裏で保管してたんですがね、一週間前に魔王復活の知らせがあったので商品にしたんですよ」
アルガスが驚きの声を上げる。
「魔王が復活しただと!?」
「聞いていないんですか? 一週間前ですよ。しかし惜しかったですね、これが魔王だったら大儲け出来たかもしれないのに」
男は下衆な笑みを浮かべた。
すると、突如アルガスは男の胸ぐらを掴み上げる。
「お前! 勇魔条約を知っているだろう。もしこの子が本当に魔王だったら条約違反で戦争になったかもしれんのだぞ!」
「――ぐ、ぐるしい」
アルガスは放るようにして手を離す。男は震えながら尻もちをついた。
「で、でも、結果これは魔王じゃなかった。だ、だからいいだろ!」
「ちっ、下衆が!」
アルガスはモリオの手を引いてこの場を後にした。
噴水広場まで戻ってくるとモリオが口を開いた。
「あの子はこの後どうなるんでしょうか?」
「どっかの貴族が買うのではないか?」
「そうですか。そのあとはどうなるんですか?」
「さあ。俺もそのあたりのことは詳しく知らない。まあ、あんな檻に入れられているより金持ちの貴族の手に渡った方がいいだろう」
「そうですか」
「なんだ? そんなに気にかかるのか?」
「僕の世界で奴隷は禁止されています。当然見たこともありませんでした。授業で習うのですが、奴隷というのは理不尽な扱いを受けるという認識があります。人として扱われないのです」
「そうか……まあ話題を変えよう。深く考えてもどうにもならんだろう。何か他に訊きたいことはないのか?」
モリオ自身も滅入った気分を変えたかった。アルガスの提案に乗ることにした。
「そういえば勇魔条約って言ってましたね?」
「勇魔条約か。これは遥か昔に決められた条約でな、昔はヒト族と魔族の戦争が絶えなかった。お互いの被害は大きく、決着も付かない。ただただ疲弊する。そこで条約を決めた。
それが勇魔条約。お互いに代表を出して決着をつけるというものだ。この条約で無駄な争いは起きなくなった。
ヒト族代表が勇者。魔族代表が魔王。魔王は突発的に赤子で生まれる性質から、魔王が成人を迎えるまでは手出しをしてはいけない」
「ヒト族には不利な条約ですね。いつ生まれるか分からない魔王がいるのに、ヒト族は勇者を育てておかなければいけないなんて」
「そうだ、だからいつ復活してもいいように召喚するという手段になった。ただ今回は復活が遅すぎた。300年も経った。その間に龍族との戦争もあり、多くの召喚術師が亡くなり、文献も焼けた。それまでは長くても100年程で復活していたそうだ」
「召喚された勇者はどうなったのですか?」
「……元の世界に戻ったと聞いているな」
アルガスは申し訳なさそうに言った。
「あの子は髪が紫でしたね。この辺りの人は黒や茶、金ですが、あの子は髪を染めているのですか?」
「うーむ。前にも言ったが、髪を染めるというのがこの世界では無い発想だ。あの男も言っていたが歴代魔王がみな紫の髪色だったことから、紫というのは魔王の生まれ変わりとされている。
といっても、エルフ族は髪が緑だし、魔族に青い髪をしたやつや赤色のやつもいる。混ざって紫になることもあるだろうな。ただこのラーン王国にはほとんどヒト族しかいないから紫だったというだけであのような扱いは受けるかもしれん」
「そうですか。そういえばアルガスも紫ですね」
「ん? 俺は橙色だ」
「あ。獣人の髪というのはたてがみを指すのですね」
「当たり前だ。なにを言っているんだ」
アルガスはオレンジのたてがみを指で挟みながら言った。
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