第五話「会議」

 装飾の施された大きなベッドで目が覚めるモリオ。

 30畳ほどある広い部屋。高い天井に大きな窓。光沢のある石床。温水の出る風呂場。


 アモス行きつけの宿はモリオの想像を遥かに超えていた。

 日本であれば間違いなく一泊数十万はするであろうスイートルーム。しかも一人部屋。


 モリオは落ち着かなかった。

 日本にいたとき住んでいた木造のボロアパートはワンルームのこじんまりとした部屋。

 さらに狭い方が好きなタイプである。


 王への謁見は明日。今日はアモスが気を利かせてモリオに観光する時間をくれていた。

 アモスはこうも言った。

 馴染みのない世界でどんな援助を頂くかを考えるのは難しいじゃろう。じゃからラーン王国内を見て回って勉強してこい。と。


 身支度を終えたモリオはアモスの部屋を訪ねた。

 扉を開けたのはアルガス。無言で中に招いた。


 モリオが中に入るとアモスが小袋を投げ渡した。中身は金。


「これは?」

「金じゃ。物価の勉強もしてこい。それと朝飯は南区で食うとよいぞ。ここの海鮮は絶品じゃ」


 モリオは少し不安になった。

 一人歩きは苦ではない。しかし、ここは日本ではないのだ。


「アモスさんはこないのですか?」

「儂は行くところがあるんじゃ。一度城に行って先に報告したいこともあるしのう」


 アモスは不安そうなモリオの表情を察する。


「護衛としてアルガスを連れていけ」


 そう言うと最近殆ど無口だったアルガスが口を開く。

 

「アモスの護衛はどうする?」

「儂を誰じゃと思っとるんじゃ! 護衛などいらんわい!」


「しかし――」

「えーい! うるさいのう! モリオに付いておれ!」


 アルガスは仕方なさそうに腕を組んだ。


 こうしてモリオとアルガスは街に出ていった。


 モリオを見送ったアモスは深呼吸をして重い足取りで宿を出た。

 向かうのはラーン城。

 今回勇者を召喚出来なかったという報告に向かうためだ。


 ラーン城は城壁で囲まれており、中には王族の住む居住区や侍従たちの居住区、上級士官たちの居住区、ラーン魔法研究塔などがある。

 城は謁見や会議を行うとき以外は殆ど使われていない。王族の子ども達の遊び場となっている。


 アモスが城壁門を抜けると城の方が騒がしいことに気付く。

 普段は王族の子どもが落書きなどして遊んでいるが、今は各少佐や大尉たちが真剣な表情で待機している。普段彼らのような中級士官が城の前に集まることはない。


 アモスは魔法兵少佐のフィガロに話しかけた。


「フィガロ殿。これはいったい何の騒ぎじゃ?」


 甲冑の上に青いローブを羽織っているフィガロはアモスの顔を見るとすぐさま拳を胸に当てて礼をした。


「アモス・М・ワイス殿! お早いご到着で! お待ちしておりました!」


 この一声で周りにいた中級士官達は同じように礼をした。

 アモスはフィガロの発言に違和感を感じる。


「そう固くなるでない。何があったのじゃ?」

「は! 一週間程前にデミアス魔国から文が届き、魔王が復活したとの知らせがありました。……使いの者から聞いておりませんか?」


 アモスは驚く。魔王復活の知らせなど受けていない。


「儂はちょうど一週間前こちらに向かうために村を出た、どこかで使いとすれ違ったのじゃろう。中では何をしておる?」

「は! 王が大臣や上官たちと会議を行っております」


 アモスは会議室へ向かった。

 中に入ると口論が飛び交っていた。


 ラーン王であるゼベル・マウテッドは入室したアモスを見るなり大臣や上級士官を沈めた。

 ゼベルは25歳と若いが、民衆を想う王であり皆に慕われている。


「アモス殿がお見えになった。まずは彼の話を聞こうではないか」


 集まる視線。アモスは嫌な汗をかいていた。


「ごほん。魔王が復活したと聞いた。しかし、先日儂は勇者召喚に失敗した」 


 会議室は険悪な雰囲気になる。

 魔法兵大将のガウス・ローウィンが長い白髭をよじりながら口を開く。


「失敗したとはどういうことじゃ?」

「ヒトの召喚には成功したのじゃ。光型、風型の付与、言語付与も問題なかった。しかし、世界を繋ぐ術式がどこかで間違っていたようじゃ」


「光魔法が使えるのであればなんとかなるのではないか?」

「それが、繋いだ世界は魔物の存在しない世界での。武器を握ったこともないそうじゃ。歳も27で若くはない、今から鍛えたところでたかが知れておる。魔王は代々武術に特化しておる。いくら光魔法が使えたところで切り刻まれておしまいじゃろう」


 沈黙が流れる。

 皆召喚術にどれほどの魔力を要するのかを知っている。アモスの才能は召喚術が行えることではない。

 召喚術に必要な並々ならぬ魔力があるという才能。魔素の分母がけた外れなのだ。

 95歳となり召喚術に必要な魔素を蓄える時間が足りないことも理解している。


 沈黙を破ったのはゼベル。


「アモス殿。私は高濃度魔石という話を聞いたことがある。メンエル大陸にあるエルフ族が守っていると。もしこれを手に入れることが出来れば魔力の回復が早まるのではないか?」

「ふむ」


 話を割るように剣術兵大将のロアナ・レディックが立ち上がる。

 ロアナはゼベルと同い年の女性。若くして剣術を極めて大将となった。


「それなら魔力食品をいっぱい食えばいいんじゃねーのか? 魔力ポーションとかがぶ飲みして回復できんだろ?」

「ロアナ! お前は口を挟むな」


 ゼベルがロアナに強く当たる。

 同い年で仲が良いからではない。ロアナの脳が筋肉でできていることを知っているからだ。


「魔素の含む物を大量に口にするのはアモス殿には酷だ。魔力量を考えてもただの大食いでは済まないのだぞ! 例え若かったとしても無理なことだ。だから私は魔素濃度の濃い魔石を使って自然回復を早めることが出来るかどうか訪ねたのだ」

「フン!」


 ロアナはむっすりとして着席。脚を机に乗せて悪態をつく。


「確かにその魔石があれば儂の魔力回復が早まる可能性はあるのぉ。しかし、エルフ族とは仲が悪いであろう。それと魔石の存在も本当かどうか。おとぎ話だという魔法研究者もいるほどじゃ」


 樽のような体型をした大臣カルド・ボシュベルがハンカチで汗を拭きながら問う。


「話を割るようで申し訳ありませんが。魔国への返事はどういたしましょう。文が届いてから一週間が過ぎました。あまり遅くなると魔国側は勇者の教育が上手くいっていないと察する可能性があります」


 ゼベルしばらく考えて案を述べる。


「魔王の復活は一週間前だ。決闘は勇魔ゆうま条約で魔王が成人した時と決まっている。まだ15年ある。まだ考える時間もある。返事はこちらの状態を悟られぬようホラを書いておけ。こちらも若い勇者の召喚に成功したとな」

「かしこまりました」


「それと、ロアナ!」

「なにさ?」


「お前は兵を率いてパド大陸へ向かい、できる限りの魔石を集めてこい。気休めにしかならないかもしれないが、アモス殿の自然回復を早めるためだ」


 パド大陸はラーン王国のあるクレイドラ大陸から海を南に渡った位置にある砂漠大陸。

 魔石はこの世界の魔物全てが体のどこかに宿している魔素の結晶。


「パド!? まぁ仕方ないな。行ってくるよ」


 面倒そうに立ち上がるロアナだが、口元はニヤついている。

 後ろに立っていた側近を連れて会議室を出ていく。


「ガウスは私と共にメンエル大陸へ向かうぞ。エルフ族との交渉に向かう!」


 その場にいた全員が驚きの声を上げた。 


「王自ら向かわれるのですか!?」

「当たり前だ! エルフ族とヒト族の古き遺恨。私みずから解消し魔石の交渉を行う。部隊の編成を急げ」


 ガウスは礼をして会議室を出ていく。

 ゼベルは残った皆に指示出した。

 会議室に残ったのはアモスとゼベル。


「ゼベル王よ。召喚に失敗した儂を許してくれ」

「なにを言っている。誰もアモス殿を責めたりしていない。ヒト族のために一人研究をしているのは皆承知だ」


「すまんのう」

「気にするでない。皆で力を合わせよう」


「こんな状況で頼みづらいのじゃが、一つ話を聞いてもらえぬか」

「言ってみよ」


「召喚した者についてじゃ。儂らのいざこざに巻き込んでしまった平和な世界の男じゃ。元の世界に戻してやることもできん。じゃから――」


 アモスが言い切る前にゼベルは口を開く。


「分かった。望みをひとつ叶えてやることはしよう。あと、ラーン王国に家をひとつ与えよう」

「すまんのう。一国の王に尻ぬぐいをさせるとは……」


「アモス殿に掛る重圧を考えればこんなことは痒くもない。それと、あまり自分を責めないでくれ」


 ゼベルはそう言い残して会議室を後にした。

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