第三話「勉強」
モリオが召喚されて三ヶ月が過ぎた。
モリオは三ヶ月の間にこの世界の事を知ろうとした。
書庫の本を読んだり、アモスやアルガスに直接訊いたりして知識を増やした。
一番驚いたのは『ビヨウシとは何か?』と言われたことだった。
この世界には美容師が存在しなかった。
髪を切るということはするが、家族で切り合ったり侍従に切らせたりで、金を払って切ってもらうという文化がない。
このような文化であるため、女性は基本長髪。結ったり編み込んだりといったスタイルが基本となる。
男性も後ろで一本に縛る人が多い。他には乱雑に切って邪魔にならない程度の長さにする。しかし、長髪をまとめる方が顔に掛らないため、結うほうが多い。
もちろんヘアカラーやパーマなども無い。
モリオはアモスにこう質問した。
もし僕がラーン大国で美容室を開いたら客は来るだろうか? と。
返事は即答であった。誰もこないじゃろう。と
これを聞いたモリオは知り合いのことを思い出した。
知り合いは美容室が殆どない国で美容室を出店した。しかし半年もしないうちに日本に帰ってきたのだ。
理由は文化の違い。その国で女性は髪を伸ばすことが普通であり、短くするのは滅多にない。
一二ヶ月でカットの周期ではなく。一二年にカットの周期なのだ。これでは美容室で食いつなぐのは難しい。
美容室が殆どない国というのはきちんと理由がある。
モリオがラーン王国に出店すれば知り合いと同じ道を進む可能性がある。
しかしモリオは諦めたわけではない。繁盛する可能性もあるからだ。
モリオは美容一筋で生きてきた。
小学生の頃に妹の前髪を切ってあげたことがあった。妹は大喜びで跳ね回った。これを機に美容師に興味を持つ。
それ以来友達の髪を実験台としてカットしたりカラーしたり。
美容学校でも成績は優秀でコンテストにも積極的に参加した。
そして世界の広さを知った。
通う学校内ではトップクラスだとしても、全国的に見れば自分の技術は中の下。
就職して一年目は先輩に伸びた鼻を完膚なきまでに叩き折られ、客からはクレームも受けた。
それでも美容は大好きであった。お客様の喜ぶ顔を見てしまったからだ。いや、妹をカットしてあげたときにすでに知っていたのだ。
努力の甲斐もあり副店長まで這い上がり、指名数も伸びた。
今は数々の経験から自信もある。
このような想いからモリオは美容師以外で生きることは考えていない。
魔法のあるこの異世界。
美容室の存在しないこの異世界。
勇者や魔王の存在するこの異世界。
モリオはこんな異世界に美容文化を広めようと決意した。
そこでまず最初に始めたのがこの世界を知ることだったのだ。
これと並行しつつ魔法の事をアモスから学んだ。
アモスは最初に
魔型とは、個々が生まれ持った魔法の性質で『火、水、風』がある。
使える魔法は魔型に依存していて、火の魔型、火型であれば火の魔法を扱うことが出来るが、水や風の魔法は扱えない。
アモスは水の魔型を持っている。複数の魔型を持って生れる者もいるが稀な存在。
後から魔型を増やすということも出来ない。一生変わらない性質。
次に魔法の発動について。
基本はイメージするだけで発動することが出来る。
しかし、イメージだけでは出来ない魔法もある。
アモスは例として水魔法で説明をした。
水を出したり、触れた水を凍らせたりといったものはイメージで可能。
汚れた水を透明な飲み水に浄化するといったことはイメージでは不可能。
不可能を可能にするのが、詠唱または魔法陣である。
この世界では古くから魔法の研究が行われていて、不可能を可能にしてきた。
汚水を綺麗な水にするには、不純物を取り除いて殺菌する必要がある。
まず汚水内で細かい網目状の氷を生成して不純物を取り除く。そして、殺菌するために微細な氷を水中内で大量に生成して激しく振動させる。さらに、温度を上げて煮沸。
この複雑なことをイメージで行うのは困難であった。目に見えないほど小さな不純物を取り除く網目や微細な氷をイメージ出来ないからだ。
そこで研究者は魔法陣を開発。イメージ出来ない事柄を魔法陣に書いて発動させることで可能にした。
モリオはこの事をすんなりと理解出来た。化学を知っていたからだ。
つまり元の世界でいうフィルターと薬物消毒に煮沸消毒。
モリオの世界でいう化学をこの世界では魔法で解決してきただけなのだと。
そのため、この世界の者にとって魔型は重要視される。
生活に欠かせない水の浄化を行うことが出来るのは水の魔型を持っている者だけである。
このように生活と魔型は切り離すことは出来ない。
しかし、光の魔法は扱える者が勇者だけであるため、研究はされていない。
アモスはモリオ自身で研究するしかないと言った。
モリオは研究するために魔法を乱射した。
光の明るさを変化させたり、レーザーで文字を書いたりと思いついたことを片っ端から試した。
しかし3時間ほどで脱力感に襲われて吐き気を催した。さらに頭痛、指先の痺れも訴える。
アモスは『忘れておったわい』と慌てながらモリオを休ませた。
モリオは魔力枯渇の症状に陥ったのだ。
魔力。
これは体内にある
魔素は魔型によって魔法に変化される性質を持っている。
この世界は空気中など様々な場所に魔素が存在していて、少しずつ体内に蓄積される。
蓄積量は個々に決まっている。訓練によりある程度は分母を増やすことが可能。
枯渇した場合は時間経過、または魔素の含んだ物を口にすることで回復する。
魔素の含んだ食物は希少で高価なためアモスは持ち合わせていなかった。
そもそも魔力枯渇は幼少期に経験し、成長するにつれて己の限界を知っていく。
成人ともなれば滅多に起こさない症状であるため、魔力枯渇を発症するのは恥であるのが常識。
それでもモリオは日々魔力枯渇の症状が出るまで研究をした。
こうした三か月が過ぎて今日。
モリオはアモス宅の庭で風魔法の練習をしていた。
アモス宅は木造の平屋。周りを低い柵で囲んであり、柵の外は木々が生い茂っている。
柵内の庭には小さな畑がある。その横で薪を斧で割るアルガス。
風はなく快晴。薪の香りが漂う。
モリオが練習しているのは温風を出す風魔法。
この世界には電化製品がない。そもそも電気を利用するという考えがない。
モリオはドライヤーを風魔法で代用しようと思い付いて練習をしている。
温風を出し続けることは出来るようになったが、意識を逸らすと温度が下がってしまう。
モリオは無意識に温風を出し続ける練習をしているのだ。
家の玄関が開きアモスが出てくる。
「モリオ。明日ラーン王国に向かうぞい」
モリオは話しかけられたことにより風の温度が少し下がる。
「わかりました」
「一週間ほど掛かるからの。おぬしの言っていた自動車なる物はこの世界にないからのぉ。覚悟しておくのじゃ」
「歩いて向かうのですか?」
「まずナギナ村に寄って馬車を調達する。村までは歩きじゃの」
「ナギナ村まではどの位掛かるのですか?」
「二時間ほどじゃ。正確に言えばここもナギナ村じゃ。外れじゃがの」
「わかりました」
「ラーン王国に着くまでにどんな援助をしてもらうか考えておくのじゃな」
「例えば家を一軒頂くというのは可能ですか?」
「そのくらいであれば問題ないであろうな」
モリオは風を出しながら思考を巡らせる。
勇者として召喚された者に与えられる援助。
モリオは魔王と戦わないが、召喚させたアモスは援助の交渉を行うと言っていた。
モリオは援助の要望内容をすでに決めていた。
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