第二話「目覚める」

 老人は自宅の書庫でホコリの被った古い本を取り出し、目を細めて文字をなぞる。


 四方の壁際に並ぶ本棚。部屋の中央部にも背中合わせで置かれている。

 本は最近の物から持つだけで落丁してしまいそうな古い本まであり、全て召喚魔術について書かれた物。

 最近の物といっても150年前の物が最新である。


 老人は自分の失敗を見定める為に書庫に籠っている。

 男が倒れてから15時間の時が流れていた。


 家に男を運んでからすぐに治癒術師を呼んで見てもらったところ、ただの疲労と二日酔いと診断され老人とアルガスはほっとしていた。

 睡眠を取ればすぐよくなると言い残し、治癒術師は特に施しはせず帰っていった。


 今の時刻は朝の5時。老人は一睡もせずに文献をにらみ続けていた。

 その時書庫の扉がノックされる。 

 

「男が目を覚ましたぞ!」


 アルガスが扉の外からそう言うと老人は本を閉じた。 

 書庫を出てすぐ隣の部屋で男を休ませていた。普段は老人が使っている寝室。

 ベッドと小さい本棚に机、タンスのみの質素な部屋。


 老人が入室すると、ベッドで半身を起こしている男はあからさまに大きなため息を吐いた。しかし言葉を発しはしない。

 目の下の隈はしっかり無くなっている。血色も良い。

 

「おぬし。二日酔いと疲労で気絶とはとんだアホじゃの」

「…………はぁぁ」


 先ほどよりも数倍大きなため息を吐いた。両手で頭を掻いて自分の頬を自ら叩く。


「名はなんという。歳は」


 壁に掛けてあるランプの明かりが外の白みがかった明るさと混じり絶妙なコントラストを生む。

 揺れるランプの明かりがアルガスの紫をいっそう際立たせる。

 男の視線はアルガスに移った。


「……こんなリアルな着ぐるみは無いよな」


 アルガスは顔をしかめるが腕を組んだまま動じない。

 男は自分の手を見つめた。目に力が入っている。


「僕はモリオ。モリオ加賀美かがみ。歳は27」

「そうか。儂はアモスという。95の老いぼれじゃ。こっちの着ぐるみはアルガス。召喚されてから17年経つから17歳じゃ」


 アモスに着ぐるみと言われたアルガスは露骨に驚く。


「召喚された勇者はニ種類に分かれるのじゃが、おぬしはどちらじゃろうな」

「二種類? まず僕は勇者ではないですけどね」


「一つはこの世界に召喚されたことで大喜びする者。もう一つは元の世界に帰してくれと嫌がる者じゃ」

「僕は後者ですね」


「即答じゃのぉ。まあ、おぬしの気持ちは分からんでもない。向こうではどのような人生を歩んでいたのかは分からないが、突然見知らぬ世界に召喚されて魔王を倒せと言われれば……なんじゃそれはと儂もなるだろうな」

「だったら元の世界に戻してくれませんかね? ましてや勇者ですらないですし」


 アモスは申し訳なさそうに下を向いた。


「それは出来んのじゃ。儂は歳を取り過ぎた。戻す魔力はない。さらには戻すことのできる召喚術師は儂しかおらん」

「……死ぬまでこちらで生きろと?」


「そうじゃ。ただ放り出したりはせん。召喚された勇者には国からの援助がある。おぬしは勇者ではないが、儂の顔に免じて国にしっかりと伝えておく。おぬしを勇者扱いはせぬようにとな。援助もしっかりさせる」

「…………」


 モリオは目を閉じて沈黙した。


「では一つ、大喜びした勇者の話をしよう。まず召喚する際に魔法の使えない世界を選んで勇者を呼び出すのじゃ。理由は――今は置いておくか。まず魔法を使えるということで勇者は大喜びをする。この世界で魔法は身近なものじゃからその気持ちは分からぬが、使えぬ者が使えるとなると大層嬉しいそうじゃ」


 アモスはチラっとモリオ見る。依然目は瞑ったまま。


「魔型付与の術式はきちんとできていたからおぬしも使えるのじゃぞ? 覚えておるか分からぬが、ピカッと光らしたであろう? フワッと風も出せておったぞ。じゃからしっかりと風と光の魔型まがたになっていた」


 モリオは目を開ける。

 てのひらを広げて気絶前と同じように閃光を走らせた。

 モリオは目を見開いて手をじっくり見る。そして何度も光らせた。

 数秒おきに光らせたり、ストロボのように早い点滅。じんわりぼやーっと光らせたり。

 

「ほう。器用じゃのぉ」

「昔から器用さだけが取り柄みたいなもんでしたから。ただ、この光る魔法で魔王を倒せるとは思いませんね」


 アモスは自慢げに人差し指を立てる。指先には豆粒程の小さな水の玉がゆらゆらと浮かんでいる。

 口角をニタリと上げると指先をモリオに向けて振った。


 水の玉は緩やかな速さで飛んでモリオの顔に当たる。小さな水しぶきが舞った。


「冷たっ!? いきなりなにするんですか?」

「ほっほっほ。今のは水魔法じゃ」


「それくらいなんとなく分かりますよ! なぜ僕に当てたのかと訊いているんです」

「まあまあ怒るでない」


 アモスは再度指先を立てる。先ほどとは違った短い針のようなものを浮かばせている。


「これも水魔法じゃ。ほれ!」


 アモスは指先を壁に向けて振った。

 針は目にもとまらぬ速さで壁に突き刺さる。


「これは水を極限に細めて凍らせた針じゃ。同じ水魔法でも使い方次第で殺傷能力を生む」

「水は物体ですから強く打てば威力が上がるのは分かります。でも光は?」


「ふむ。光魔法というのは勇者にしか使えない魔型でな。儂は扱えぬし前勇者が使っているのも見たことはない。なにせ前の勇者が召喚されたのは300年前じゃからの。ただ文献は残っておる。前勇者は光の力で魔王を消滅させたそうじゃ」

「どうやって?」


「知らんわい」

「その前の勇者はどうだったんです?」


「剣に光を纏わせて魔王を消滅させたそうじゃ」

「えーっと。魔王ってのは光に弱いのですか? 例えば僕がさっきやったように光を出せば消滅するのですか?」


「知らん。文献に詳しくは書かれておらんのじゃ。魔族の手に渡ってしまったときのことを考慮しておるのか、先代の召喚術師は光魔法の詳しいことを残しておらんのじゃ」


 モリオは考えるようにして腕を組む。

 一分もしないうちに人差し指を立てた。


「いらない紙はありませんか?」

「紙? 余るほどあるわい」


 アモスは本棚から白紙の紙を一枚取り出してモリオに渡す。


「きっと出来るはず」


 モリオはぼそりとつぶやき、紙を左手で持つ。そして右手の人差し指を紙に向けた。

 すると指先から細い光が出て紙に当たる。当たった所は焦げて光は紙を貫通した。


「なるほど」

「おぬし!? なにをしたのじゃ」


「これは、僕の世界ではレーザーと呼ばれています。最初は教壇で使う指示棒のような役割でしたが、研究が進むにつれて威力を上げた兵器にまでなっています」

「れーざー、じゃと!? ……やはりおぬしは勇者なのでは?」


「僕は美容師です。魔王とは戦いませんのでよろしくお願いします。……ただ、二種類のうちの前者にはなれそうです」

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