[0][1] = "カレンダーコンポーネント異常終了事件{2}"
突然、私達の部署に新入社員が配属されたのは三日前のことだった。
「今日からうちの部署に加わってくれる御園君だ」
という部長の簡潔すぎる紹介で小さくお辞儀した彼は控えめに言っても怪しさの塊というしかなかった。全身黒ずくめの服装におよそエンジニアとは思えないような鋭い目付きを備えた彼は「よろしく」とだけいって私の隣の席に着いた。
「よろしくお願いします。私、
文化的で最低限度の社会性を有している私は自己紹介をしながら彼に謝った。
「すみません、何も聞いてなくって。研修とか教育とか不備があるかもしれないですけど許してください。わからないことがあったら、あそこにいる佐倉さんに訊いてください」
「ああ、大丈夫。研修とか要らないから」
「……それってどういうことですか?」
「教育も研修もなくても業務に支障は無いってことだよ」
ずいぶん傲慢な物言いに聞こえた。いくらプログラマーの三大美徳に「傲慢」があるとはいえ今時それをナイーブに信じてしまう人間には危うさしか感じない。
「あの、前職ではなにを?」
「探偵」
「探偵業向けのシステム開発ですか? 珍しいですね」
「いや、そうじゃなくて探偵だよ」
「ということは素行調査とか浮気調査とか……?」
「そんなつまらない仕事やってないよ」
「じゃあどういう?」
その問いに彼は「守秘義務があるから」と答えず、少し口許に笑みを浮かべただけだった。
純朴な私は彼の言葉に心の底から納得して質問を変えた。
「探偵の前は?」
「ないよ。僕はずっと探偵だった」
「質問を変えましょう。開発経験は」
「ない」
「ないことないでしょう。この部署に来たんだから」
「ないよ。まったくのゼロ」
「は?」
私は彼の姿をもう一度見返した。改めて見ると年齢の読めない男だった。二十代中盤のようにも見えるし四十を超えていそうにもみえた。いずれにしてもこれからプログラミングを覚えるような人間に枠を与える余裕はこの部署にはない。
(ただでさえ佐倉さんという育成枠がいるのに)
私は苛立ち紛れに頭をかいて立ち上がると、部長に直談判しにいった。
「なんですか、あの人は!? 私にあの人の面倒をみろっていうんですか!?」
部長は私の怒気をかわすように湯気の立ったコーヒーをゆっくりと口に含み飲み込んだ。
「まあまあ」
こういうときにまあまあというのは部長の口癖だった。
「社長が連れて来た人間だから。御園君は」
私は――。
こう言われるとなにも言い返せなかった。
社長はブラック企業で消耗し続けていた私をこの会社に引き上げてくれた恩人だった。この会社では仕事の特殊性もあってパブリックな採用活動は一切していない。私も部長も佐倉さんも全員社長が独断で引っ張ってきた人間だった。
「もちろん小林君の言うこともわかるし、俺単独だったら絶対に反対していたけど」
部長は続けた。
「社長が引っ張ってくるぐらいだからなにかあるんだよ。きっと」
その言葉は何よりも説得力があった。
小さく頷いて席に戻ると、あの男は佐倉さんと楽しそうに話していた。
「あ、ノズちゃん。すごいんだよ御園さん。前の仕事は探偵をやってて、これまで数々の難事件を解決したんだって。この前の銀座の事件とか」
私はぎろりと男の方を睨んだ。
「さっき具体的な仕事の内容話してくれなかったの、守秘義務があるからじゃないんですか?」
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