開発現場に名探偵がきた話
@iotas
[0][0] = "カレンダーコンポーネント異常終了事件{1}"
私の会社ではカラスを飼っている。頭から爪先まで真っ黒な衣服を身につけた彼は、昼頃にゆっくりと出社したかと思うと、真っ黒な帽子を顔に乗せてガアガアと大きないびきをかいて自分の席で眠り始める。そして夕方になって日が落ちると、夜の闇に溶けていくように会社からいなくなってしまうのだった。
彼が職場にいる間、プロダクトに貢献している様子はまるでないし、いや、それどころかコンピューターの電源をつけている姿すら見たことがない。実際、試しに彼のコンピューターの電源ケーブルを抜いてみたことがあるが、彼が出社してから退勤するまで、ケーブルは抜けたままだった。
――ひょっとすると今も抜けたままかもしれないな、と思って筐体の裏を覗き込んでみたらやっぱり抜けっぱなしだった。
「消えればいいのに。あいつ」
私がぽつりと呟くと、ほとんど間を置かずに背中の方から声が飛んできた。
「何をやってるのかな?」
振り向くと例のカラスが目を細めて睨む――というよりも単に眠そうな目で私を見据えていた。
――今いったこと、聞こえたかな。
そんな言葉が頭を過ったが、別に聞こえたってどうってことない、とも思った。私は彼が嫌いだし、逆に私が彼に嫌われたって何かが変わるわけではない。
「出社早いですね。まだ午後六時ですよ」
考える前に口から皮肉が出ていた。
「忘れ物取りに来ただけだよ」
「あの、電源抜けてますよ?」
「知ってる」
――そうですか。じゃあ話すことはなにもない。
私はできる限り軽蔑した目付きで彼のことを睨んだが彼はその視線を気にも留めないように、机にかけられた黒いステッキを手に取った。どうやらこれが彼の言う「忘れ物」らしい。
「あー、まだいた!」
その時、執務室の奥から、よく響く甲高い声が上がった。
声の主はキラキラと輝く大きな瞳で私達のことを捉えると、明るい色の髪を靡かせながら跳ねるように近付いてきた。
「もう帰っちゃったのかと思いました」
ニコニコと無垢に笑う彼女の顔は私の心を暗くさせた。彼女もまた私の苦手なタイプの人間の一人だったから。
「どうしたんですか。
「あ、ノズちゃんも一緒だったんだ。グッドタイミングだね!」
彼女は本当に嬉しそうに私をあだ名で呼んだ。
――やめてくださいよ。馴れ馴れしい。
そんなこと言えるわけもない。
私よりも二個上で「社会人の先輩」な彼女は、同性で仕事がソフトウェアエンジニアという以外に共通点が何もない私に妙に親しげに話しかけてくる。
「なにがグッドタイミングなんですか?」
「あのね。入ってからもう二週間になるし、歓迎会をしようって思って」
「誰のですか?」
「誰ってそれは――もちろん
そういって彼女は無邪気にこのカラスを指差した。そう、御園というのがこのカラスの名前だった。
「それで二人の予定を訊こうって思って」
私はなにも答えずに、御園の顔を見た。
断れ。断れ。断れ。
私はそう念じた。
いくらなんでも入社初日から仕事を一切せずに居眠りだけしている人間を歓迎する度量はない。
「面倒くさいな」
だから彼がそう答えた瞬間、私は心の中でガッツポーズをしたが、すぐに佐倉さんの次の言葉で打ち砕かれることになった。
「でも、この辺にスコッチの美味しい店あるんですよ。そこでやろうって思って」
「え……」
御園は目を逸らして頭をかく。
「参ったな。そこまで調べられてるとは」
「えへへ、社長に聞いてリサーチ済みですから。ついでに歓迎会のお金も出してってお願いしてきちゃいました」
彼女は仕事と関係のないどうでもいいところでだけ仕事ができる。
「で、来週の水曜日あたりとかどうですか?」
「ボクは構わないけど」
御園は意味ありげに私のほうを見て呟いた。
「
――は?
「そうなの? ノズちゃん」
「な、なんでそんなことわかるんですか!? 悪いわけないじゃないですかッ!」
言ってからすぐに後悔した。このカラスとの歓迎会に使ってもいい日なんて一日たりともない。年がら年中無休で都合が悪いに決まってる。
――怒らせるようなことを言って相手の口を滑らせる罠ってこと……?
だけど、御園は罠にかけたという愉悦感を少しも見せることなく、私を指差した。
「その日は来週新しくできる神田シアターに行くんだろ?」
その言葉にハッとなって私はデバイスのカレンダーで予定を確認する。確かにその日には丸どころか無駄に巨大な花丸がつけられていた。
「神田シアター? ノズちゃん、映画が趣味だったの?」
「いや、演劇とか舞台とかをやる劇場だよ。来週からこけら落とし公演が予定されている」
「な、なんで私の予定わかったんですか!? 私のカレンダー見たんですか!?」
「だって君、最近部長からなにか頼まれそうになると、必ず期限日を火曜日か木曜日に設定して、あからさまに水曜日を避けようとしてるじゃないか。その一方で今週や再来週以降は曜日による偏りは見られない。来週の水曜に何かあるっていうのは誰でも推測できることだよ」
「でも、予定の中身までは絶対に解らないはずです。だって少なくてもこの会社の中の誰にも言ってないんですから」
嫌悪感と恥ずかしさで真っ赤になりながら抗議すると、彼は小さくあくびをして言った。
「それはまあ。わかるよ」
「わかりませんよ!!」
「じゃあさ、気が向いたら教えるよ」
「今すぐ向いてください!」
彼は私の抗議を無視して、佐倉さんの方を向いた。
「来週はみんな空いてないよ。再来週の水曜日なんてどうかな」
「はあ、私は大丈夫ですけど。部長とノズちゃんがどうか確認しないと、それともその日は大丈夫ってわかってるんですか?」
「さっき言った通り、みんなの仕事の入れ方とか見てればなんとなく予想つくよ。ま、もちろん100%じゃないけどね」
私は御園の背中を小突いた。
「私、都合悪いです」
「君はその日は絶対に予定はない。見てればわかる」
――予定がなくても都合が悪いことだってあるんだよ。心の中でそう呪った。
その後、彼は佐倉さんと二言三言会話を交わし、ステッキを振り回しながら執務室から出ていった。
「御園さん、本当に名探偵だったんだねぇ」
緊張感を欠いた佐倉さんの声を聞きながら、私はここ数日のことを思い返していた。
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