「風見鶏」で待ってます。
Youlife
第1話 ナイショのお出かけ
1979年の早春、東北地方の小さな町。
厳しい寒さが緩み、春を思わせる陽気に包まれた穏やかな日曜日の昼下がり、この町に住むしがないサラリーマン・紺野博雄は、いつになく上機嫌であった。
この日新装開店したばかりの駅前のパチンコ店に朝一番に入り、元手の5倍近くを稼ぎ出した。
パチンコで大勝し上機嫌の博雄は、稼いだ儲け分をタバコやお酒に使おうと思ったが、この日は1人息子である光雄に、色々と好きなものを買ってあげようと決めた。
妻のさえ子は教育熱心で財布のひもが固く、光雄が欲しいおもちゃなどは殆ど買い与えなかった。
博雄はそんな光雄を不憫に思い、さえ子がサークルや婦人会で留守の日を狙ってこっそりと二人で出かけ、おもちゃを買ってあげていた。
この日はちょうどさえ子がママさんコーラスの活動日であり、博雄はさえ子が出かけたのを見計らって、テレビを見ていた光雄にそっと声をかけた。
「光雄~、パパと一緒に、ちょっと出掛けないか?」
「いいけど……ママはいいの?」
「ママは今、コーラスの集まりに出かけてるんだ。今から俺たちが出かけることはママには内緒だぞ。さ、行こう!な?」
「でもママ、すぐ帰ってきちゃうかもよ?こないだの日曜日だって、危うく見つかりそうだったでしょ?」
「そ、そうだな。一応は用心するかな」
そういうと、博雄は、光雄を連れ出し、自宅から歩いて5分の所にある、デパートに向かった。
デパートに着くと、博雄は妻に見つからずたどり着いたことに安堵したからか、大きく深呼吸した。
「あ~、ここまでママに見つからなくてよかった。さ、光雄、お前、今何か欲しいものがあるか?」
博雄がにこやかな顔で問いかけると、光雄は躊躇なく、学校のクラスメートの間で大ブームとなったスーパーカーの模型が欲しいと伝えた。
「おお、いいとも。じゃあ、早速おもちゃ売り場に行くか」
博雄は光雄の手を引き、エスカレーターで上層階へ昇ると、子ども服コーナーに併設されているおもちゃコーナーで、光雄とともに、お気に入りの模型を選んだ。
「あ、これがいい、パパ、これ買いたい!」
「どれどれ?よし、これだな?」
光雄はカッコいい真っ青なスーパーカーの模型を買うと、ずっと自分のから放そうとしなかった。
「パパ、ありがとう」
「ううん、いいんだよ。ママと一緒だと、欲しいものは買ってもらえないだろ?」
「うん、通知票でオール5取らないと、おもちゃは買ってあげないって言ってた」
「き、厳しいな。じゃあ、これ、そっと机の奥にしまっておけよ」
「うん!」
博雄と光雄は、お互いににこやかな表情で語り合いながらエスカレーターを下ると、多くの買い物客が次々と店内に入って来た。
家族連れ、若いカップル、学生……老若男女問わず、沢山の人達が店内で買い物を楽しんでいた。
そんな姿を横目に、博雄は、光雄の肩を軽く叩きながら尋ねた。
「光雄、ちょっとパパに付き合ってもらっていいかい?」
「いいけど、どこに行くの?」
「そこだよ、そこ」
博雄は、道路を挟んで斜向かいの建物を指さしながら、耳元で囁くように光雄に話しかけた。
「ああ、わかったよ。うん、いいよ!」
光雄は、博雄の指先を見ると、行きたい場所が分かった様子であった。
道路を渡り、デパートと反対側の歩道沿いに立ち並ぶ古い雑居ビルの一角に、喫茶「風見鶏」があった。
狭い階段を一歩、また一歩と足元に気を付けながら上がると、木製のドアが姿を現した。
ドアを開けると、鈴の音が響き、BGMのムード音楽と談笑する声が響き渡ってきた。
この日は日曜日とあって、デパートでの買い物帰りの客が店に多く詰めかけていた。
スタジアムジャンパー姿の大学生は、アーケードゲームの前に座り、テーブルの上に100円玉を山積みにし、ひたすらゲームに興じていた。
ダウンジャケット姿の若い男性は、お揃いのジャケットを羽織った女性とともに、コーヒー片手にテニス談話に花を咲かせていた。
制服を着た高校生らしき若い男性は、時折コーヒーを飲みながら参考書をめくり、ノートに鉛筆を走らせていた。
髪の長いちょっと怪しげな雰囲気の男性は、ソファーに腰かけたまま、BGMに耳を傾けつつ、目を瞑り、足でトントンと床を叩き、リズムをとっていた。
喫茶店は、7歳の光雄にとっては敷居の高い、大人の集う場所であったに違いない。
しかし、光雄にとっては、口うるさい母親の目を逃れ、普段はあまり一緒に話すことも無い父親の博雄と話をしながら過ごす、貴重な「隠れ家」のような存在であった。
しばらくすると、カウンターの奥でコーヒーを注いでいたお店の女性が、二人の存在に気付いて、声をかけてきた。
「おや、いらっしゃい、博雄さん。何だい、今日はやけに、にこやかだねえ?」
「悦子ママ、俺の表情みればわかるだろ?」
博雄は、白い歯を浮かべて笑うと、この店のママである悦子は目を細め、ニヤッと笑って首を上下に振って頷いた。
「ああ、そうか、なるほどね。おめでとう。で、いくら稼いだの?」
すると、博雄は、悦子の耳元に手を当て、何やらゴニョゴニョと話していた。
「わあ、すごい!それだけ稼いだら、仕事しなくてもいいんじゃない?というか、今度あたしに、真珠のネックレスでも買ってよ!」
「何言ってんだよ、今日、息子にちょっとおもちゃを買って、ここで美味しいコーヒーを飲んで、あとは来週の『軍資金』にするのさ。ママにも、うちの女房にもわたすつもりは無いからね」
「なんだい、ケチだなあ。あかね!博雄さんのコーヒーに、猫いらずでも入れてやんな」
「ば、バカいうなよ。あかねちゃん、悦子ママの言うことを真に受けちゃだめだからね」
すると、悦子の後ろで調理をしていた若い女性が、クスクス笑いながら頷いた。
そして、調理の手を止めると、光雄の存在に気付いたようで、光雄に近づくと、満面の笑みで話しかけてきた。
「あ、光雄くん?ひさしぶりだねえ。わあ、また背が大きくなったね~!」
「こ、こんにちは、あかねさん」
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