宮仕えの女 - 2

 私は炊き出しの列に並んだ。きょうのメニューは豆と廃棄肉のトマト煮。

太陽はまだ真上に来ていないが、今から並ぶともらえるのは日が傾く頃だろう。

それでも労働者が働きに出ている日中は物乞いができないため、暖かい食事を摂るにはこの闇市の行列に並ぶしかなかった。


「モハエナイミアのプッシャーから良いの仕入れられたんだけどよ」

「20シャルルでいいから貸してくれよ。2-3に張れば勝てるんだよ」


 身をすくめて耳を澄ませる。ドラッグの売買や賭博の貸し借り。

いつもと変わらない会話が雑踏を賑わせている。私は誰とも目を合わせず、誰にも興味を持たず、ただじっと時間をやり過ごした。


「ん?」


 しばらくそうしていると、少しだけ辺りが静かになった。その時初めて前に並んでいる男を見ると、彼は不自然に目を背け、明後日の方角を向いて押し黙っていた。彼だけでなく、周りの並んでいる人物は皆そうしているようだった。

 ほどなくして、汚水と安酒の匂いで満ちた往来に花のような良い香りが漂ってきた。そちらを一瞥すると、この場に似つかわしくない女性がバスケットを提げて歩いていた。

 小奇麗で健康的な肌の色。給仕を思わせるエプロンドレス。優しそうな双眸は、何かを探すように横流し品の数々を忙しなく追っている。


「宮仕えか」


 私はすぐに察した。何を捜しに来たのか知らないが、彼女は宮廷の人間だと。

彼女を捌くだけで何日分食べて行けるだろうか。そんな目で見ていたのは自分だけなのか、彼女はすぐ此方に気づき、柔らかく微笑みかけてきた。


(なんだこいつ)


 じっと睨み返していると、間もなく彼女は目当ての店を見つけたのか、視界の外へ消えて行った。


「嬢ちゃん、悪いことは言わん」


 その一部始終を見ていたのか、行列の後ろに並んでいた男に声をかけられた。


「長生きしたいならああいう手合いと目を合わせんことだ」

「私なら六秒あれば殺せる」

「そういう問題じゃないんだよ」


 煤けた顔の男はため息交じりに続けた。


「宮仕えとは関わり合いにならないことだ。奴ら俺らの事人間と思ってないからな。闇市の取り締まりという大義名分がある以上、目をつけられたら何されるかわからんぞ」

「そうでなくても明日には生きてるか分からない身だ」

「嬢ちゃん、アスピリのとこのストリートチルドレンだろ。ボウズはどうした」

「今朝"出涸らし"をゴミ捨て場で見つけたよ」

「ああそうかい」


 男は特に何も思っていないような口ぶりで応えた。


「何にせよあの女は止しておけ。嬢ちゃんや嬢ちゃんの仲間がボウズみたくなりたくなけりゃな」


 それだけ言うと、男は手にしていた古新聞に目を落とした。脅しや忠告ではなく、ただ真実を淡々と述べているといったような調子だった。

 私は鼻を鳴らすと、目の前の砂埃で汚れたガラス窓を見た。反射してかすかに映っている自分の姿は煤や脂に汚れ、とても女とは思えない身なりだった。あの宮仕えとはまるで違う。何がここまで差をつけたのか考える気にもなれず、私はすぐに窓ガラスから目を離した。



 その夜の物乞いは芳しくなかった。表通りに出て、金持ちが入りそうな飲食店の出入り口で数時間粘ってみたが、得た金銭は2ドカスと45シャルル。パンをひとつ買えばおしまいだ。

 『愛と勇気』というモハエナイミア産のドラッグならいくらか買えるが、今のところドラッグに頼らなくても生きていけるだけの気力があった。


「ヤクに手を出した奴から死んでいくんだ。アスピリもそうだった」


 街頭では『輝く刃』を名乗るカルト教団員どもが演説をしている。彼らは死こそ救いとし、オワテル国民を救済しようと日夜活動していた。なるほど確かにこんな国では死にでもしなければ救われないかもしれない。


「でも私は御免だ」


 日に日に独り言は増えていった。アスピリが死んだこれからはもっと増えるだろう。それでも自分はまだ大丈夫だと言い聞かせ続けた。自分はドラッグやカルトに負けたりしない。宮仕えだからって目を背けたりしない。

 自分はまだ大丈夫。私はまだ大丈夫。自分はまだ大丈夫。まだ生きていける。

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