おしまい国家

つくもしき

宮仕えの女

宮仕えの女 - 1

「──大丈夫ですか?」


 鈴を転がすような声で、彼女は訊ねた。男性には最早応える余力すらないのか、喉をひゅうひゅう鳴らすばかりだ。当たり前だがまだどこも捌かれていない。眼球も、内臓も、衣服も。

 ツキが回ってきたと思った。ここであの女を殺せば、二人分の死体と身ぐるみを得られる。それらをクリメリア公国の隊商に流せばかなりの収入になるだろう。夢がぐっと近くなる。希望で目の前が明るくなるかのようだ。


「あぁ……可哀想に。

けれど大丈夫でございますよ」


 彼女がそう言った直後、私はナイフを逆手に構えて動き出そうとした。





 今朝、ゴミ捨て場で知人の亡骸を見つけた。

壁に寄り掛かるような座位で捨て置かれたそれは、生皮を剥がれ、眼球を抜かれていた。


「見ないと思ったら」


 私はぽつりとつぶやいて、腹部の傷を押し広げて中を確認した。

案の定内臓は全て持っていかれていた。

念のため辺りを確認したが、衣服やベルト、靴なども全て無くなっていた。


「それはそう」


 ブツブツ独り言を言いながら、いつも通り死体を漁る。

彼は私と同じストリートチルドレンだった。

孤児院から抜け出し、私に死体漁りや物乞いのやり方を教えてくれた。

生前、彼は事あるごとに言っていた。

「俺達に未来はない。だから奪うしかない」と。

 未来なんて不確かなものが、まだ奪える程残っているのか定かではないが、

少なくとも彼が教えてくれた技術は彼の亡骸を漁る時に役立った。


「そういえば」


 めぼしいものはとりつくされている。けれど知人である私にしか知らないものがひとつあった。

腐りかけの顎を掴み、口を開かせようとする。硬直してうまく開かなかったため、已む無く頬をナイフで切開することにした。

 蠅のたかる肉を削ぎ落とすと、奥歯が見えてくる。

その中にひとつ、汚れとは明らかに違う黄金色の臼歯を抜き取った。

孤児院で暮らしていた時、彼は金歯を入れてもらっていた。

どうしようもなくなったら最後に売るんだと私にだけ教えてくれていた。


「あった あった」


 私は誰にも見られていない事を確認し、急いでそれをポケットにしまった。

肉はまだ残っているが、日が経ちすぎているため流石に食べられない。

数日も経たずこの亡骸は跡形もなくなるだろう。私は変わり果てた知人から目を離し、そのままできるだけ早くその場から離れた。

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