三.四  マハトレック・ルアン

 タイ中央部での雨季作の稲の直播種もそろそろ終わり、移植用の稲の植え替えが本格化する六月のある日――。

 朝からダラダラと雨が降り続いており、気温が下がったせいかビルの中は上着を着ないと寒いぐらいだ。

『すみません。沢村さんいますか?』

 左右田恒久が、事務所の入口近くの女性に声をかけた。

 日系の映像・音響機器メーカーのジャスト(JAST:JAPAN AUDIO SYSTEM TECHNOLOGY )のバンコクの駐在員事務所に所長の沢村和明を訪れた時のことだ。ジャストは、企業や銀行などのオフィスや高級ホテル・住宅などがポツポツと立ち並ぶ閑静なラジャダムリ通り沿いのリージェント・ハウスの六階に入居している。

《あー、この人が最近ジャストが雇ったナリサ・ムンポットジャーンと言う人なのか》

 と、恒久は思った。

 ジャストが、タナーナコン工業団地に入居を希望していると言う事で、当面の情報収集のための駐在員事務所の立ち上げを恒久が手伝っていた関係で、ひと月ほど前に採用したナリサの話を沢村と所長代理のピシット・リークパイブンから聞いていたからである。

 二人から聞いた話では、取り敢えずは大学出を必要とするほどの仕事は無いので、高卒程度で、気立てが良くてそこそこのコミュニケーションが出来れば良い位に考えていたが、面接に残った受験者は殆どが似たり寄ったりであったようだ。

 中には日本語が少し出来ると言うので、何処で勉強したのか聞いた所、なんと日本人相手のクラブが密集しているタニヤ街のカラオケ・クラブでホステスをしていて、週に一回店に来てくれる日本語の先生に教わったと言う人が、二、三人いたと言うのだ。

 確かに日系企業の中には、タニヤのホステスを、秘書や事務員に雇った強者がいたという話は聞いているが、恒久には想像も出来ない荒業だ。

 ただ、生活のために止むに止まれずにホステスになっているものの、何とか歯を食いしばって必死に一段でも階段を這い上がろうとしている人間に、道を閉ざすべきではないとは思っている。

 受験者のなかで、英語はまあまだが、日本語はまだ勉強中だと言いながら正確に話すし、読み書きもかなり出来そうな高卒の人がいた。それがナリサであったそうだ。高校生で、自分で独自に日本語を勉強すると言うのは珍しく、相当日本に興味を持っている証拠である。

 多くは、日本が好きだからと言うよりも、タイの企業と比べると日本の企業の方が、多少給与が高いからと言うのが本音であろう。

 ナリサの祖父が日本人と言う所も、沢村は何となく親しみを感じたようだ。確かに沢村の様に一人異国に送られてきて、日本人の血を引いていると言う様な日本との何らかの繋がりを心丈夫に思うのは自然であろう。

 ナリサの仕事は、受付、事務補助、その他雑用だが、給与は月額5千バーツと恐らく同じ高校の同級生と比べるとかなり良い方だ。その上、日本語の上達具合によっては日本語手当を、また主に通信教育だがラムカムヘン大学を卒業することが出来れば、資格を上げ業務内容も変えて、給与をアップする予定のようだ。

 沢村達がナリサに聞いた話によると、彼女はもともとナコンパトム近郊の貧しい小作の家の出で、彼女がジャストを受験するまでになれたのは、母親と母親やおじさん、大伯母や大叔母たちのお陰で高校まで出してもらえ、そのうえ中学からは無理を言って日本語学校にまで通わせてもらえたからだ。

 特に三つ上の姉は中学を出てから直ぐに、ドンムアン空港近くのランシットにあるタイ・レモンと言うタイ系企業の繊維工場の女工をして、家計を助けていたようだ。


 ジャストの前橋工場の工場長をしていた沢村は、単身バンコクに乗り込み、一九八六年四月にバンコクに駐在員事務所を設立した。実際にはその半年前の一九八五年十月からリージェント・ハウスに仮事務所を開設して、タイ系の銀行の営業係長であった三十歳代後半のピシットを所長代理として雇用して準備に当たっていた。

 ピシットは東京日本語学院と東洋経理専門学校に合わせて四年ほど日本に留学しており日本語と経理の知識が豊富で、日本人女性と結婚している。

 来年には現地法人の「ジャスト・タイランド」を設立する予定で、テレビ工場を、既に完成しているシーラチャーにあるタナーナコン工業団地の第一期開発区内に建設予定だ。 

 現在の駐在員事務所の仕事としては、数年後のノックダウンを含むテレビの現地生産の準備、タイにおけるテレビの市場調査、テレビなどジャスト製品の輸入業者との連絡などだ。

 本格的なテレビ生産にあたっては、ブラウン管、ICチップ類および一部の電気・電子部品は日本のジャストから調達し、ブラウン管はいずれ日系メーカーがバンコクに進出して来る予定なのでそこから現地調達に切り替え、電気・電子部品の大部分はすでに進出している日系メーカーからの現地調達に切り替える予定である。

 また、段ボールなどの包装資材は地場のメーカーから調達し、部品の組み付け、および最終アッセンブリーをジャスト・タイランドの工場で行うと言う計画である。


 ジャストの事務所に沢村を訪ねて、工業団地での工場建設や工業省への申請などの打ち合わせを行った翌週のある日―――。

 なんとなく空が怪しくなって来たので、ひと雨来るかなと思いつつ傘を持って、昼食に出遅れた時に一人で時々行くクイッティアオ屋(タイ風の麺屋)に向かった。

 ラジャダムリ通り沿いのリージェント・ホテル横のソイ・マハトレック・ルアン1を入ってしばらく行くと、行き止まりではないかと思わせる程に木々がうっそうと生い茂った場所に突き当たる。

 その木立の間に細い小路が続いているが、知らない人はなんとなく入って良いものか逡巡してしまうような路だ。熱帯雨林を思わせるような細い蔓(つる)が幾重にも垂れ下がった森の中の様な細いトンネルの中を数メートルほど進むと、数軒の屋台に毛の生えたような食堂が見えて来る。この一角にクイッティアオ屋がある。

 恒久がこの店で、バーミー・ヘン(タイ風汁なしラーメン)を注文して、ミネラルウオーターを飲んでいると、若い女性が「左右田さん!サワディーカー。憶えていますか?」と日本語で声を掛けてきた。まさか、こう言う極めてローカルな所で日本語を聞こうとは考えてもみなかった。

「あー、ジャストの沢村さんの所の……」

「すみません驚かせて。ナリサと言います。」

 ナリサは、急に声を掛けた事で恒久が驚いた顔をしているので、謝りながら自己紹介をした。

 考えてみれば彼女の勤めているジャストの事務所からは、目と鼻の先である。挨拶を済ませるとナリサはもといたテーブルに戻ろうとしていたが、どうやら彼女も一人の様であったので恒久は自分のテーブルに誘った。

 折しも、風が強くなって辺りが暗くなり、雷が鳴ったかと思うと激しく雨が降り出した。

 ナリサが恒久のテーブルにつこうとしたちょうどその時、彼女がもといたテーブルに二羽のスズメが舞い降りて、食べの物のかけらをついばみ始めた。ナリサはそれを見ながら、「可愛い」と言ってニコッと笑った。彼女のそうした物言いと仕草が、何とはなしに妹の香菜をふっと思い出させた。

「あれっ!砂糖は入れないんですか?」

 恒久が運ばれてきたバーミー・ヘンにクルワンプルーン(四種類の調味料セット)の調味料を緬にかけてかき混ぜていると、恒久の様子を見ていたナリサが言った。クルワンプルーンには店にもよるが、砂糖、粉唐辛子、生の唐辛子の輪切りが入ったお酢と、刻み唐辛子入りナンプラー(魚醤)がそれぞれ器に入っている。

 タイ人はバーミーに砂糖を入れて食べるのが普通だが、恒久にとっては、バーミー(中華小麦麺)やクイッティアオ(お米の麺)に砂糖と言う組み合わせはどうもしっくりこない。

「うん、甘いのは嫌いじゃないけど、バーミーに砂糖を入れる気がどうもしなくてね」

 恒久はそう言いながら、日本そばやうどんの汁って少し甘いよなーと考えていた。

 恒久がそう言っているそばから、ナリサはバーミー・ナーム(タイ風汁入りラーメン)に砂糖はもとより粉唐辛子をたっぷり入れて、スープを真っ赤にしてかき混ぜながら、唇にスープが付いてしまわないように上手に飲んでいる。タイ人もさすがに唇に唐辛子が付いてヒリヒリするのは願い下げなのであろう。

「ところでナリサさん日本料理は好きですか?」

 恒久は額の汗を、備え付けのどぎついピンク色の紙ナプキンで拭きながら聞いた。

「え?連れて行ってくれるんですか?」

 ナリサは嬉しそうにしている。彼女の歓迎会で沢村たちがドゥシット・ホテル内の高級日本レストランの鍾馗(しょうき)に連れて行ったと聞いている。

「えっ、うん、タニヤにある『大阪』ならそんなに高くないし美味しいから、そこで良ければ」

「はい有難うございます、どこでも結構です、ぜひお願いします」

 恒久は、あれ?日本料理が好きかと聞いただけなのに、なんか上手く食事に誘う様に誘導されてしまったかなと思ったが、相手はまだ子供みたいだし、妹の様な気もするし、なにより可愛いから良いかなと思っていた。

 ナリサはいわゆる美人タイプではないが、タイ人にしてはやや色白でぷっくりとしてあどけない所が可愛い。

 彼女は、家族の期待を一身に受け、ともかく勉強に励み、何が何でも社会の階層を一つでもよじ登ろうと、必死に生きて来たようだ。

 タイでは、社会階層の壁が厳然と人々の前に立ちはだかっている。かつて社会階層の低い所にいる者は、僧侶になる事でしか上の階層に登る事は出来なかった。今では、教育が社会階層の壁を打ち破ることが出来るのである。ただし、教育を受けられればの話しだ。

 ナリサは今、ジャストに就職する事で、運よく一つ上の階層に登ったと言って良いであろう。ただ、彼女自身はさらに上を目指そうと思っているようだ。


 後日、恒久は約束通りナリサを、タニヤの「大阪」と言う日本食レストラン連れて行った。タニヤ通りの両側の建物から、カラオケ・クラブやレストランなどの日本語や英語の看板が、これでもかと言うようにひしめきながら突き出している。タイ語の看板はほとんど見当たらない。

 中には、真っ赤なルージュを引いた、セクシーな唇だけが描かれた看板があり、何やら妖しげな雰囲気を醸し出している。ただ、ここは日本にあるような通常の飲むだけのバーだ。

 一体こ、の地区にこうしたカラオケ・クラブなどの店がどのぐらいあるのだろうか。ざっと見た所百軒は下らないであろう。どう見てもここはタイではない。まるで日本の租界のようだ。

 ナリサが驚きながら立ち尽くしているので、「初めて来たんだ」と、恒久が聞くと、「ええ、こんなだとは知りませんでした。実は、姉がここの何処かのカラオケ・クラブで働いていたことがあったんですが、よほど嫌なことがあったらしくて二、三日で辞めてしまったんです。姉からは決してここに近づかないように言われていました」

 ナリサはキョロキョロしながらつぶやくように言った。

 店に入ると、従業員達の語尾を上げた「いらっしゃいませー」の大合唱に迎えられた。入って直ぐにカウンターがあり、何人かの中年の日本人の男たちがそれぞれビールを飲みながら日本の新聞や雑誌を読んでいる。彼らは間隔を空けて座っていて、一人で夕食を食べに来ている単身赴任の駐在員のようだ。

 恒久たちは、左手奥のテーブルに陣取り、ナリサは前から食べてみたいと言っていた鯖の塩焼きと茶碗蒸し、焼きナスを頼み、恒久はビールに枝豆と天丼を注文した。他のテーブル席には何組かの日本人の客達が談笑している。恒久がビールを飲み始めた頃に、二人連れの男女二組が店に一緒に入って来た。男たちは四十才代のやはり駐在員のようだが、女たちは如何にもタイ人のホステスのようだ。

 二組の男女たちの席からはやや離れているので、話の内容まではよく分からないが、女たちはカタコトの日本語で、男たちはこれまたカタコトのタイ語で話しており、結構会話が成立している様だ。

「すみません、ジームさん……、アッ、ソーダーさん……。あのーすみません、ソーダーさんの笑顔が素敵なので勝手に私、ソーダーさんのあだ名をジームさん(笑顔さん)って付けてしまったの。すみません」

「はははは、そうなんだ。ジームさんね。有難う。じゃー、仕事以外ではジームさんで良いよ」

 恒久は、「ジームさん」と言うあだ名をつけられて面映ゆかった。

「それで、ジームさんはこの辺りのクラブによく来たり、ホステスとああして一緒に食事したりするんですか?」

 ナリサは、心なしか責める口調だ。

「うん、タニヤのクラブにはお客さんを連れて来るのが殆どだけど、ホステスさんと一緒に食事に行った事は無いよ」

 恒久は、やや弁解口調になっているのに気が付いた。

「もっと何かたのもうか?」

 ナリサがメニューをまた見ているのをみて恒久が聞いた。

「いえ、この次来た時にサバの味噌煮をたのもうと思ってみたんですが、メニューに載っていませんでした。サバの塩焼きは評判通り美味しかったので、味噌煮も美味しいのかと思って」

「そう、タイの人はサバが好きみたいだよね。それじゃあ今度来るときに前の日あたりにサバの味噌煮を作っておいてくれるように頼んでおいてあげるよ」

「いえ、でもそういう意味ではないんです。その、連れて来て貰おうと言う意味では……」

 ナリサは慌てて言い訳をした。

「うん、でも、今度味噌煮を食べに来きましょう。もしナリサさんが良かったら」

「ありがとうございます。是非お願いします」

 ナリサは飛び上がらんばかりに喜んでいる。

 こうして、二人は時々食事をしたりするようになった。

 ナリサが恒久のことをどう思っているのか分からないが、かなり好意をもっているのは彼女の態度から分かる。

 ある折にナリサが、私ってそんなに子供みたいですかと、やや気色ばんだ顔で聞いたことがあった。どうしてかと聞くと、だっていつも私の事をまるで子ども扱いして、一人前の女の人として見ていないみたいだからと言うので、その時は妹の香菜に似ているからねと答えておいた。

 ナリサを見ていると、何かのきっかけでふっと香菜を思い出すことがあったりして、何んとなく妹の様な気がしている。従って、いわゆる女性とお付き合いしているという感覚ではないのだ。

 実のところ、ナリサのいるような階層のタイ人と知り合いがいないので興味を持ったと言うのが正直なところだ。


 ある週末の夕方、恒久はナリサに誘われてバンコク中心部からやや離れた所にある東洋一大きいと言われる屋外のタイ料理レストランに来た。

 このレストランは全体が池の上に建っていて、屋根だけの東屋風の建物が幾つも廊下で繋がれ連なっている。レストランのほぼ中央にはステージが設えてあり、タイ・スタイルのダンスや歌謡、西洋のバンド演奏などをやるようになっている。

 いつも恒久に食事代を出して貰っているので、今日はナリサが出すからと言うことであった。

 世間話をしたりしながらあらかた食事が終わった頃、「あのー、きっと信じられないかも知れないけど、私のおじいちゃんって日本人なの」と、ナリサが意を決したように言った。

 恒久がそうなんだという顔で、「ほー」と言うと、ナリサは「信じられないでしょう?嘘みたいな話でしょう?」とやや自信なさげだ。信じてもらえないのではという顔で、恒久の顔を窺うように見ている。

「そうだね。でも、そうするとナリサさんは四分の一日本人ということになるね」

 実は、恒久はナリサの祖父が日本人らしいと言いう事は、ジャストの沢村から聞いて知っていたが、そんなことまで部外者の恒久に沢村が話していると知ったら、良い気分がしないと思って、知らないふりをしていたのであった。

「そうなりますね。で、お爺ちゃんの名前は佐藤孝信と言うの。昔の日本の陸軍の少尉で、日本軍が接収したナコンパトムの病院を守備していたの。愛知県のトヨハシと言う所の出身らしいわ」

 恒久が信じている風を見せたためか、ナリサは勢いづいて話し始めた。

「お祖母ちゃんは、ナコンパトム近くの村に住んでいたんだけど、太平洋戦争中に病院の手伝いに駆り出されて、そこで日本の兵隊であったお爺ちゃんと知り合って、大恋愛の末に母が出来たの。でもお爺ちゃんは、祖母のお腹に母がいる事を知ることもなく、ビルマに行ったきりなかなか帰って来なかったの。所が、ある時お祖父ちゃんが死んでしまったと言う話を聞いて、お祖母ちゃんはとても悲しんで、それがもとで戦争が終わって直ぐに死んでしまったの」

 ナリサの目が赤くなり始めた。

「へー、そうなんだ。お祖父さんが亡くなってしまったと言うのは間違いないの?」

「ええ、お祖父ちゃんと一緒にいた日本の兵隊がそう言っていたんだって」

「そうか、そのお祖父ちゃんの家族が日本にいるかも知れないよね。日本の領事館に問い合わせたのかい?」

「はい、母がまだ小さい時に母の叔母に連れられて日本の領事館に行ったんだけど、領事館のタイ人のスタッフが言うには、結婚もしていないのにその子がその佐藤と言う人の子かどうかも分からない。大体その人の親戚を探すなんてことは出来きる訳はないと言われたらしいの。

 小さかった母は、なにか自分が悪い事でもしたかのような錯覚に襲われたと言っていたわ。その話を聞いた時に、私もそんな気にさせられたわ。でも、確かに今になって考えてみると、当時、日本の兵隊と現地の娘との間に子供が出来たと言う話は結構あったでしょうしね。結婚でもしていなければ、兵隊と現地の娘と言うのは同じだけど……」

 下を向いたナリサの目から涙がこぼれた。

 恒久は何と言って良いか分からなかった。

「でも……」

 ナリサがまた話し始めた。

「でも、大叔母さんの話だと二人はとても愛し合っていたんですって。所が、急にビルマ(現ミャンマー)経由でインドの方に行くと言って行ってしまったんですって。でも、必ず帰って来るって約束したって。その、出掛ける前の晩に二人は初めて結ばれたらしいんだけど、私の母はその時の子供だったんだって」

 ナリサは耳のつけ根までも赤くしている。

 恒久は、何度も頷くしかなかった。

「戦争が終わって、日本の兵隊たちがビルマの方からいっぱい帰って来ていたので、お祖母ちゃんはお祖父ちゃんが残して行った写真を持って、あちこちの日本人収容所を訪ね歩いていた所、お爺ちゃんと一緒にいたと言う兵隊が、お祖父ちゃんは死んでしまったと言ったんだって。お祖母ちゃんはそれを聞いてからまるで夢遊病者の様になってしまって、生きる希望を失ってしまったんでしょうね、母を残して死んでしまったの」

 ナリサは、大叔母や母から幾度となく聞かされた話だと言いながらハンカチで涙をおさえた。

「戦争による悲劇と言ってしまえば簡単だけど、お祖母さんの気持ちを考えると……」

 恒久は言葉を詰まらせた。

 恒久はその話を聞いてから暫くは気になってはいたが、ナリサの祖母たちが結婚していた訳ではないので、相手の日本人の家族を探すのは難しいだろうなと思いつつ、その後はほとんど忘れたようにしていた。

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