繰れやダイス,狂わせ盤上 -巻き込まれ怪異探索奇譚-

小湊 水紋

第1ロール

「あなたは見知らぬ館で目を覚ましました。」


 誰とも知れない声が頭の中で響いた。

 その言葉と同時に目の前の暗闇がぱっと晴れていく感覚と共に重く視界を塞いでいた瞼が持ち上がっていくのを感じた。


 


 私が目覚めたのは硬い床の上だった。

 どうやら気を失っていた、らしい。


 周りを見渡す。


 アンティーク調の家具の揃えられた広い空間が印象的であるが部屋、というよりはホテルのエントランスのようなだだっ広い場所のようだ。


 私のほかに気を失っている男女が4人、高級そうなペルシャ絨毯の上に横たわっていた。


 私が彼らを視認するのが早いか、彼らも続々と目を覚ましていった。


 目を覚ました人々は皆狼狽えたり、困惑したり…ということもなく、辺りの状況把握やお互いの自己紹介を始めたりしていた。


 さすがに経験者が多いらしい。


 雰囲気に呑まれて挙動不審をかました自分をなんとなく恥ずかしく感じた。


 

「そーだちゃん♪」


 私が目の前で繰り広げられる『着々と形成されていくグループを前に段々と入りずらくなっていく雰囲気』を呆然と眺めていると、フッと頭上から声が降ってきた。


 声の主を見ると、鬱陶しいほど明るい茶髪の青年が顔をニヤつかせてこちらを見下ろしていた。


 いつものを彷彿とさせる髪色はそのままに、整った顔にはたいそうな傷跡が刻まれている。



「もう始まるよ?」


「うん」


「どうしたの?わた…じゃなくて、俺の顔何かついてる?」


「随分とかっこよくなったね、君」


 一瞬ぽかんとした傷跡の彼はにまーっと口角を吊り上げるとえへへ!と嬉しそうに笑った。


 八重歯をチラつかせて無邪気に笑う青年は傷跡が無ければ綺麗な顔立ちをしていたのだろうと伺える容姿をしているが、本人曰くそこがチャームポイントなのだという。


 正直、その顔だったらクールにしていてもらえるほうが絵になってありがたいのだがそれは黙っておいた。


「いこ、僕たち乗り遅れてる」


 たとえ慣れない環境に放り出されても、知人と共に行動できる事実だけで幾分か緊張も解れるものなのか…先ほどまでの不安は彼のおかげでだいぶ薄らいでいた。


 私は彼の手を引き、人の集まりの方を小さく指さした。


「そうだね、いこっか!」


 若い二人の青年は少しの緊張と期待を胸に探索者としてゲームを始める。


『ロールプレイを開始してください』


          


 ◇




 時は遡り、一週間前。


 しとしとと降る雨がいつもひどい頭痛をより一層加速させる昼過ぎ。


 果てしない業務からの一時の休みにふう、と溜息を吐く。

 どうしようもなく虚しい気分になるのは憂鬱な天気のせいか。


 いや、積みに積まれた仕事のせいに他ならないだろう。


 ひとつまた溜息を零して、さして美味しいのかも分からないパンを一口齧る。


草田ソウダちゃーん、黄昏てるけどどうしたの~?」


 やけににこやかな顔を張り付けた女が私に馴れ馴れしく声をかけてきた。


 同僚の風早 廸子カゼハヤ ユズコだ。


 こんな湿気った天候にも関わらず、ぐるぐる巻きの明るい茶髪もバチっと決まったゆるふわメイクも崩れを知らない顔をしている。


「わ...びっくりした」


 私は正直こういう見た目も表情もしゃべり方も、“いかにも“なゆるふわ系リア充女が苦手だ。




 苦手、のはずなのだが、最近は風早とつるむことが増えた気がする。



 そして、なぜかよく絡まれる。


 私と彼女の関係は決して友人といえるほどのものでは無いはずなのだが。


「課長に出した案件またボツくらったの。そのうえ、課長は早退するからって自分の仕事も私に押し付けて帰ったよ。それで今首回んなくなってるとこ」


 私は、はあっとわざとらしく溜め息を吐いてぶすくれて見せた。


 顎をクイッとやった先にはパソコンに大量の付箋が張られ、書類の山が所狭しと積まれた私のデスクと早退した課長の驚くほど綺麗なデスクが見えただろう。


「あらら…それはご愁傷様。だから昼休み返上して、そんなしょっぱいお昼ご飯してるんだ。お昼って時間でもないけど」


 作業疲れでしぱしぱとする目を凝らし壁掛け時計を確認すると、時計の針はもう午後4時に差し掛かろうとしていた。


 これは確かにお昼というよりは早めの晩御飯と言われた方がしっくりくるかもしれない。


「今日はオンラインに浮上できそうかな?」


「あぁ、残業は確定してるし終電で帰れるかもギリギリってとこ」


「うーん、大変そうだな~何か手伝おうか?今回のイベント今日の24時まででしょ?」


「いいよ、私が引き受けた仕事だし。」


「ところがどっこい、草田ちゃんが早く仕事終わらせてくれないと私だけではイベント完走する間もなく今日を終えてしまうので草田ちゃんの仕事を手伝うことは決定事項です!」


 してやったり、そう言うと思っていたとでも言いたげなドヤ顔で風早はひょいっと私が買った130円のチョコレートパンの袋から一個をつまんだ。


「人の貴重な昼ご飯を…」


「この一個我慢するだけで、今日中にお家に帰れる上にゆっくり晩御飯できると思えば安いでしょ?」


「そーですね…」


 なんとなく釈然としない気持ちを抑えつつ、仕事を終わらせる目途がつきそうで心の底で息を吐いた。


 風早はその後、冷やかし終わったとでも言うようにすぐに自分の持ち場へと引っ込んで行った。



 思えば、風早となぜ私はよく絡むようになってしまったのか。


 現に今、仕事を助けてもらっている相手に失礼なことではあるが、やはり相手の住む世界が違いすぎることを感じる度にふと考えてみたりもする。


 きっかけは恐らくゲームだっただろうか。


 同じオンラインゲームが好きで、たまたまフレンドの一人で、たまにゲームのことを話す、それだけだったはず。



 そして、たまーにこんな感じで軽口をたたきにくる。


 変な奴ではあるがおそらく悪い奴ではないのだろう、多分。



 袋に残った最後のパンを口の奥に押し込み、やはりまた溜まった仕事を片付けるために私は己のデスクに戻ることにした。






 気づけば窓の外はもう、暗い闇に包まれていた。


 風早の手伝いもあり、なんとか深夜帯に突入する間もなく残業を終わらせることができた。



 明日の朝日を拝む前に仕事を終えることができたのがすでに奇跡なのだが、それもこれも今回は風早の功績に拠るところが大きいだろう。


「うーん、頑張ったけど帰るころにはもうイベント終わっちゃいそうだねぇ」


「先に帰ってよかったのに…手伝ってくれてありがとう、これお詫びとお礼」


 私は社内の自販機で買ってきた甘めのカフェラテを風早に差し出した。


 風早はやった~好きなやつ!っと文字通り手放しで喜びながらカフェラテを受け取った。


「いいの、いいの。草田ちゃんにはまた次のイベントで活躍してもらうことにする」


「次は残業しないようにガンバリマス…」


「でもな~今回のイベント報酬欲しかったんだよな~。やっぱり、もうちょっと誠意ほしいな~」


 ちらっちらっとこちらに視線を送りつつ、察してほしいとでも言いたげな顔だ。


 私がやっぱり風早が苦手な理由、遜ると少し調子づくところがあるところ。


「ど、どうしろと」


「TRPGって興味、ある?」


一瞬、風早の目の色が変わった。


「あーなんかボードゲームみたいなやつ?」


「うーん、ニアピン賞!でも、まあ興味あるならよし」


 にんまりと満足そうに、何か企んでるのが手に取るようにわかるくらい目を爛々とさせて彼女は詰め寄ってきた。


「この前、VR対応のTRPGソフトが出たよね!」


「そう…」


「私は買ったの」


「そう、なんだ」


「買って♡」


「え?」


「だーかーら、草田ちゃんも買って一緒にやってほしいの」


「ええ・・・」


「ふーん、草田ちゃんの私への恩はそんなものなんだ」


「そんなものですよ」


 えー!っとふてくされるふりをして、風早はどさくさに紛れて私のスマホを手に取って遊び始めた。


 遊び、と言ってもパスワードを片っ端から入力して開錠できるかチャレンジくらいしかできることはないが。


「パスワード、教えて~」


「教えない」


「じゃあ、誕生日!教えて~」


「私の誕生日はパスワードではないです」


「わかった!草田ちゃんの推しの誕生日だ~」


「片っ端から入れてみれば?」


 うーんうーんと唸りながら、往年のスパイ映画の主人公のような面持ちでパスワードを慎重に入力していく風早を横目に私は帰宅のための準備を進めた。


 定期的にパスワードは変えているから多分、ノーヒントで破るのは無理だろう。


 パソコンの電源を落として、カフェラテの缶を開ける。


 カフェラテを飲み切るころには、パスワードの入力回数制限にいたずらを阻まれてスマホを返す以外の選択肢を無くしてくれることだろう。


「調子どうですか?解析班」


「ふふ、もう直に突破してみせるよ~」


 本当にスパイごっこをしている子供のように楽しそうに返事をする風早は、しばらくポチポチとスマホの画面をタップしていると思うと突然、あっ!っと声を上げて勢いよく立上った。


「司令部に報告!司令部に報告!無事セキュリティ突破成功しました!」



・・・うっわ



「…はいはい、おめでとう。そろそろ返して?」


 駄目だ、これは調子づく…


「さっき買うって約束したよね?」


「ゲーム…のこと?」


「代わりにポチっといてあげる!」


「わ、わかった!わかったから!買っとくから下手に触らない!」


 慣れた手つきで通販アプリAMAZONESの商品ページを開いてこちらに見せてくる風早から私はスマホを慌てて引ったくった。


「今度からはもっと複雑で難しいパスワードにしないと…」


 途中まで入力されていた個人情報の続きを記入し、ぽちっと購入ボタンを押下する。


 先ほど入力されていた情報を見るに常習犯のような手馴れ加減に少しの悪寒を感じながらも購入完了のページをさらさらと撫でる。


 配達予定は来週末、か。


 休日出勤の予定も確か、無かったはず。


「これで満足?」


「満足、満足~まあまあ、騙されたと思ってやってみなって~」


 もうこの状況が何かの詐欺にあったかのような気分なのだが、この目の前の女を侮りすぎた私にも非はある。


 頑張って貯めた貯金が少し減ったな~と残念な気持ちも少しあった。


 しかし、私は彼女の言う通りに騙されてあげようと思う程度には彼女への感謝の気持ちが一応残っていた。



 飲み干したカフェラテの缶を自販機のゴミ箱にシュートして、風早にいい加減帰るよと合図を送ると彼女も同じようにゴミ箱へ3Pシュートを決めてパタパタとこちらへ駆けて来た。


 一緒に帰ろうという意味ではなかったのだが…まあ女性一人を暗がりの中帰らせるというのも不親切というものだろう。




 その後、家が同じ方向だからと同じ電車に乗り、同じ駅で降り、同じマンションに来たと思うと、同じ部屋に入り込もうとしたため全力で拒否して帰らせたのは今後、彼女をより警戒させる新たな経験となった。















 _____________________________________

【ロールメモ】

 草田 一花 ≪ソーダ イチカ≫

 25歳、女性。ある企業のシステム開発部門に所属するエンジニア。

 何かと容量が悪く、都合よく仕事を押し付けられたり、自身の限界を見誤って無理を強いられがちな苦労性。性格は努力家な僻み屋。いわれもなくキラキラ女子を天敵としているが、風早には(半強制的に)慣れているためか、比較的砕けた会話が可能。FPSやRPGのオンラインゲームが好きで、ハマったゲームには全国トップに並び立つ腕前のものも。ネナベ常習犯。





























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