第59話

 ──ハレルヤ。


「……」


 ──ハレルヤ。


「……う」


 ──ハレルヤ。


「……うう」


 ──ハレルヤ。


「……ううう」


 ──ハレルヤ。


「……うう〜ん」


 ──ハレルヤ。


「……ね、眠う〜」


 ──ハレルヤ。


「……もうしばらく、寝ておくのですう〜」


 ──ハレルヤ。


「……おやすみ、なさあい」


 ──ハレルヤ。


「……ぐう」




「──そうは参りませんわあ!!!」




「ひいっ、まぶしっ⁉」



「さあ、企業お嬢様、朝ですよ! 年に一度のクリスマスの、聖なる朝でございます! さあさあ、いつまでもベッドの中に潜り込んでいないで、起きてください、企業お嬢様ああああああああああああ!!!」




「──朝っぱらからうるさい、この駄イドが! 一応異世界転生作品なのに、当たり前のようにして、『クリスマス』とか言うな! それに何なのです、『企業お嬢様』とか、最後の『あああああああああ』とかは⁉」




 12月25日の早朝、ホワンロン王国筆頭公爵家本邸内の、わたくしこと、アルテミス=ツクヨミ=セレルー公爵令嬢の寝室にて。


 昨夜の寝付きが悪かったのか、頭の中で繰り返し、どこかの世界の賛美歌が鳴り響き続けて、最悪の気分のまま二度寝をしようとした、まさにその時。


 あたかも某アニメ作品のお約束の冒頭シーンのように、いきなり窓のカーテンを全開にされてしまい、まぶしい光に強制的に覚醒させられたところに、メイド服を身に着けた、おかっぱ頭ボブカットの黒髪の可憐なる少女の怒号が鳴り響いたのであった。


「……うう〜ん、結局のところ第11話以降は、3月に放送延期になったはずでしょう? それまでは寝かせておいてよお〜。それから『搾○病棟』ネタは、まだまだ危険だから、やめておいたほうがよろしくてよ? ──それじゃ、おやすみなさあい〜」


「──ちゃんと、元ネタを知っているじゃん、この企業エンタープライズお嬢様ときたら⁉ あんた、三ヶ月以上も眠り続けるつもりか? いいからさっさと、起きてください!」


「きゃあっ⁉ さ、寒いいいいい!」


 こ、このメイド、自分が仕えるお嬢様のお布団を、引っぺがしやがった⁉


 …………あれ? 身体の一部──特に、腰から下が、妙に生温かいままなんですけど?




「「──なっ⁉」」




 これは一体、どうしたことでしょう。


 何と、その時布団が取っ払われてあらわになったのは、わたくしの腰元にしがみつくようにして眠り続けている、一人の幼い女の子だったのです。




 年の頃は、六、七くらいでしょうか、とにかく全身を覆うように長い髪の毛も、わずかに覗いている素肌も、すべて真っ白で、まるで雪の精霊そのままな、たとえようのない美しさでした。




「──いやいやいや、何でこの子、わたくしのベッドの中で眠っているの⁉ しかも、『ミニスカサンタコス』なんかを着込んで!」


「……お嬢様?」


「何よ、メイ、その人を完全に蔑みきった目つきは⁉ ち、違うわよ、わたくしお父様に、『今年のクリスマスプレゼントは、ペット代わりの奴隷の女の子がいいな♡』とか、絶対に長編連載の後半には、主人公陣営にとっての討伐対象となる、文字通りの『悪役令嬢』的なリクエストなんか、していないから⁉」


「そうですかねえ、確か去年も、人形のような幼女を、プレゼントしていただいていたのでは?」


「──あれは、『メリーさん』だし、そもそもプレゼントじゃなくて、あの子はこの部屋で、お知り合いと待ち合わせをしていただけでしょうが⁉」


 思わぬ濡れ衣に、わたくしが必死に弁明を重ねようとした、まさにその瞬間、




「──そうでーす、確かに去年、この私とここで、待ち合わせをしておりましたあ♡」




「「うおっ⁉」」




 突然、妙に馴れ馴れしい脳天気な声が鳴り響いたかと思えば、何とまたしても、部屋に備え付けられた暖炉マントルピースの中から、ミニスカサンタコスの女の子が、飛び出してきたのだ。


「……え、双子?」


「ざんねーん、三つ子でーす!」


 そうなのです、その少女ときたら、あたかも鮮血のごとき深紅の瞳以外は、特徴的な髪の色はもちろん、顔形に至るまで、いまだわたくしの腰元に抱きついたままの美幼女と、寸分違わずそっくりであったのだ。


「全身真っ白で、瞳だけ紅い三つ子って、聖レーン転生教団の教皇様を真ん中に挟んだ、精霊三姉妹さんではございませんか⁉」


「そのとーり! ちなみに私が長女にして、ロシア地方限定のサンタクロースであるジェド・マロースの孫娘、スネグーラチカだよ! ──そして、今現在あなたにひっついている女の子は、次女のアグネス=チャネラー=サングリア、つまりは、当の教皇様だよ!」


「「はああああああああああああああああ⁉」」


 続け様にとんでもないことを聞かされて、思わずハモる、わたくしとメアの悲鳴。


「神出鬼没なサンタさんの後継者であられるあなたはともかくとして、どうして現教皇のアグネス聖下が、わたくしのベッドの中で眠られているのですか⁉」


「それはもちろん、サンタクロースの代行者としてこの私が、あなたの願いを叶えて差し上げただけだよ?」


「わ、わたくし、クリスマスプレゼントに関する要望なんて、誰にも話していませんわよ⁉」


「あはっ、こちとらサンタクロースの孫なんだよ? 人の要望も見抜けなくて、どうするんだい?」


 何と、サンタクロースの関係者には、そんな力が備わっていたのですか⁉


 ……まあ、確かに、子供たちの要望がわからなかったら、サンタクロースはやっていけないか。


「でもわたくし、ミニスカサンタコスの教皇聖下が欲しいなんて、これっぽっちも、望んではいませんけど?」


「……うわあ、そんなにはっきりと拒否られて、アグネスったら、かわいそ〜。──いえね、あなたのリクエストって、アグネス自身そのものじゃ無いんだよ」


「アグネス聖下で無かったら、一体何だとおっしゃるのですか?」




「──『軍艦擬人化美少女』だよ、だからこそ、アグネスの身体が、必要になったのさ」




「ええっ、軍艦擬人化美少女、ですってえ⁉」


「うん、そうなの」


わたくし、深層心理において、そんなものを望んでいたのですか⁉」




「『そんなもの』呼ばわりは、ちょっとひどいんじゃないの? 何せ軍艦擬人化美少女こそ、どのような異世界においても、『最強』の存在となり得るのだからね」




「え、軍艦擬人化美少女こそが、最強の存在、ですって⁉」


「ここよりも科学技術が格段に進んでいる『あちらの世界の兵器』であるというだけで、とてつもないアドバンテージだというのに、その上に『人としての心』まで持っているなんて、まさしく最強の存在じゃないの?」


「……兵器って、心とかがあったほうが、高性能になるのですか?」


 何か使いにくそうにも思えるけど、いわゆる『AI』みたいなものでしょうか?


「う〜ん、機械として高性能になると言うよりも、『人としてフレキシブルになる』と言ったほうが正しいかな。いわゆる『自律行動が可能な兵器』なわけで、ほとんど注目に値しない普通の女の子の姿であることを活かして、どんなところでも侵入し放題で、しかも軍艦並みの攻撃力と防御力を持っているのだから、攻め込まれるほうはたまったもんじゃないでしょうよ」


 言われてみれば、その通りですわ⁉


「で、でも、別にわたくしには、戦争を起こしたりテロ活動に従事したりする予定は無いので、この子のようなハイスペックな生体兵器なんて、必要無いのですけど?」


「まあ、いわゆるこれも一つの、『ミリタリィ系悪役令嬢』作品に対する、アンチテーゼみたいなものよ」


「み、ミリタリィ系への、アンチって……ッ」


 まあたこの作者、余計なケンカを売るつもりだな⁉




「ミリタリィ系やバトル系の悪役令嬢作品て、主人公で実はゲンダイニッポンからの転生者であったりする悪役令嬢が、自分の身の安全や、貴族社会における立場や、家族等の仲間たちを守るために、強大な権力者や敵国等の軍隊を始めとする国家システムそのものを打破するために、ゲンダイニッポンの科学技術の知識をフル活用して、現代兵器を大量生産したり、手っ取り早く自衛隊その他の軍隊を召喚したりするといったパターンが目立つけど、これって作者や読者が期待するほど、異世界で無双できるわけでも無いのよねえ。なぜなら基本的に異世界って、剣と魔法のファンタジーワールドなのだから、使える魔法攻撃に限界は無く、やろうと思えば自衛隊なんて一瞬にして消し飛ばすことができるものの、それじゃWeb小説的に都合が悪いものだから、各作品ごとに各作者が勝手に制限を加えているだけで、けして最強の存在でも何でもないの。それに対して軍艦擬人化美少女たちは、基本的に『魔法的存在』でありながら、『物理攻撃』においても強大な力を誇っていて、たとえ単独で異世界に召喚された場合でも、余裕で無双できるって次第なのよ」




「ええっ、軍艦擬人化美少女が、魔法的存在ですってえ⁉」


「幼い女の子の身体に、軍艦そのものの攻撃力と防御力を同居させるなんて、魔法の類い以外の実現方法があるのなら、是非とも伺いたいんだけど?」


 ……た、確かに。


 各種軍艦擬人化美少女ゲームにおける『設定』では、ここら辺に関しては、一体どうなっているんだろう?


「いやでも、根本的な質問があるんだけど、どうしてアグネス聖下が、軍艦擬人化美少女ってことになっているの?」


 それこそ、そんな裏設定があったなんて、知らなかったのだが。


 ──そうなのである、その時のわたくしはあくまでも、至極当然な問いかけをしたつもりであった。


 しかし、目の前の『サンタクロースの孫娘』を自称する幼女は、いかにもおかしそうに宣った。




「何を他ならぬあなたご自身が、今更なことをおっしゃっているの、『海底の魔女』さん。アグネスが──つまりは、当代の『人魚姫』の憑坐が、どのような存在にでも変幻自在であるのは、すでにようくご存じのことではございませんか?」




 ……………………………………え。




 不意に突きつけられた、あまりに意味深な言葉の羅列に、思わず言葉を失ってしまえば、


 再び、頭の中で鳴り響き始める、聖なる文言。




 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。




 ──メシアよ、今こそ、すべての咎人の贖罪の山羊である、『悪役令嬢』に、祝福を。

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